何中立

 乾隆年間、蘇州城に何中立という書生がいた。
 ある年の春、北京で科挙の試験があり、何中立は父母に別れ、北京へ科挙を受けに行った。何中立は途中、夜道を急ぎ翌日の昼、ある村に着いた。付近に店はなく、目の前にただ墓地が広がっていた、何中立は疲れ、そのなかの大きな墓石の上に横たわり、目を閉じてまどろむと、墓の後からゆらゆらと三十前後の白衣の女人が出て来るのを見た。

 女人は何中立のそばに来ると立ちどまり、ゆっくりと細い声で何中立に「あなた、お名前は、ここを通って北京の科挙を受けに行くのですか」と尋ねた。何中立はこの荒れた郊外の墓場から出て来た白衣の女人は十中八九幽霊だと思うと頭の毛が逆立ち体中に鳥肌が立ってきた。

 けれども肝を据えてじっとこの女人をもう一度見直すと容姿端麗で話し方も優しい、幽霊じゃない、そう思うと何中立の緊張はほどけ心は平静になり体ももとに戻って“白衣の女人”に一礼し「私は何中立と申します、科挙を受けに参るところですが、非常に疲れたものですから、ここでひと休みしています」と挨拶した。すると女人は「えっ、何(河)中立ですって、河の中に立つていてどうして濡れないのですか」と聞いた。

 何中立は突然、同音異義のことを言われて 「え−と…え−と…」としばらく口ごもって何も言えられなかった。白衣の女人は「ほほ」と笑って「あなたは本当に書物ボケね。いいわ、わたしが教えてあげる、科挙に行って万一また人に同じことを聞かれたら、こう答えなさい“前から帝の光、後から日に照らされて何中立の衣は永遠に濡れません”とね、覚えられましたか」 「覚えました、あなたの教えに感謝します、しかしこれはどういう意味ですか」と何中立ははっきりした意味を聞きたかったが、白衣の女人はすでにいつの間にか影も形も見えなくなっていた。何中立は不思議に思いながら、目をこすって眠りから覚め、はて白日夢だったかと思わず苦笑し、頭を振って起き上がるとまた歩き始めた。

 何中立は科挙を受け、しばらくして結果が発表されると、何中立は一位で状元に合格していた。
 一日、乾隆帝は何中立に即刻宮廷に参上せよとの宣旨を下した、新状元を接見するのである。宣旨を受けた何中立は直ちに宮殿に登ると、乾隆帝は玉座からゆったりとした声で、「新状元、汝はなんと申すか」と聞いた。
 「わたくしは何中立と申します」 「お−、何中立、河中立なのになぜ濡れていないのだ」 何中立はこれを聞いて思わずわが耳を疑った、不思議だ、帝の質問は墓地で見た夢のあの女人と全く同じだ、そう思うと白衣の女人が教えてくれた言葉を思いだし、慌てずに「前から帝の光、後から日に照らされて何中立の衣は永遠に濡れません」と答えた。
 乾隆帝はこれを聞き大満悦で、何中立を誉め、「よし、妙答だ、何中立は必ず清廉潔白、悪に染まらぬ汚れなき官僚になれ。予は本日、汝を八府巡察に命ずる、直ちに任につけ」 「有難き幸せ」

 何中立は八府巡察の任を終えると、家に帰り静かに任官を祝ってから、輿に乗りかっての墓地を訪ねた。何中立は輿から降りると、あの墓に香をたき夢の中で教えてくれたあの白衣の女人に丁寧に拝礼した、しばらくして何中立は傍らにぼうぼうと白髭をのばした老人に気づき「御老人、お尋ねするがこの墓はどなたのお墓ですか」と聞いた。「巡察大官、あなたはこの墓が誰のだか知らないで、拝んでいるのですか、教えましょう、この墓は普通の人の墓ではありません、宋の時代のあの有名な才女蘇小妹の墓です」
 何中立はそれを聞き、翻然として、あの白衣の女人が聡明だったわけを知り、あわててまた蘇小妹の墓にひざまずき何度も拝礼し、人に命じてこの墓を修復し、寺を建て碑を立てた。

 後に、何中立は官僚として蘇小妹の期待にそむかず公明正大で人々の深い信頼を受けたということである。

           譚振山故事選                                    1995・9・17

<注> 蘇小妹…宋代の詩人蘇東坡(1037〜1101)の妹で、聡明でユーモアを解し即興詩に長じていたというが、           虚構の人である。(中国歴史文化事典による) 

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