貧乏神と福の神の賭け
ある日、貧乏神と福の神が出会った。貧乏神はちょうどいい機会だと日頃気になっていた福の神のありかたに文句をつけた。「あんたは思いがけなく良い事があった人間にその上またよく金を儲けさせ、貧乏人はほうっておくがあれは良くない。不公平だ」と言った。すると福の神は怒りもせず、落ち着きはらって「わしが不公平なのじゃない、人間には人それぞれに運というものがあるのだから仕方がない。運のいい人間は金運もいいのだ」と答えた。
貧乏神は納得せず「福の神は運の悪い人間にも公平に金運をつけてやるべきだ、世の中に金の欲しくない人間は一人もいない」と言うと福の神は「どう言ってもあんたには分かって貰えまい、どうだい二人で金運のいい人間とはどんなものか賭けをしてみようじゃないか」と貧乏神にしかけた。
その時、それぞれに荷物を沢山載せた車引きが二人、荷車をキイキイさせながらやって来た。「貧乏神、前から車引きが来ただろう」「うん」「わしはあの二人に金一両ずつ授けようと思うが二人には金運がないから拾わないよ、どう思うかね」と福の神が貧乏神に聞いた。「あの二人に金を一両ずつ授けたら拾うに決まっているじゃないか」「ところがあの二人には金運がないから授けても無駄なんだ、二人は拾えない」「どうしてだ、車引きは一日働いても幾らにもならないのだから有り難く拾うに決まってるよ」「いや、拾えない、嘘だと思うなら見ててみろ」と福の神は言ったが貧乏神は「俺は必ず拾うと思う」と言って二人の車引きを見ていた。
車引きが来る道には前に小さな川があり、やや広い橋がかかり人が往来して大きな車は通れそうもない。 福の神は二両の金を橋のたもとに置くと貧乏神に「見ててみろ、面白くなるから」と言った、貧乏神は「橋のたもとに金を置けば、車引きは頭を低くして車を引くのだから必ず金を見つけるさ」「ところが二人は見つけないよ」「見つける」「いや見つけない」と貧乏神と福の神は賭けをした。
さて、二人の車引きは面白おかしくお喋りをしながら車を引いてやって来た。「おめえ、車を引いて何年になる?」「おいらもう五十年になるさ」「嘘つけ、おめえまだ三十になったばかしじゃねいか。お袋の腹の中で二十年も車を引いていたとでも言うのか」「てめえこそ、何年引いているんだ」「俺ゃあ、生まれた時から引いているんだ」「それじゃあ、てめえの引いていたのは乳母車だろう」「何言ってやがんで、俺なんぞ目隠ししてたって車が引けるぞ」「そんなことおいらだってできるさ」と二人の車引きは笑いながら川辺まで来ると一人の車引きが「おいらがこの橋を目隠しして渡ってみせようか」と言うと、もう一方の車引きも「おおさ、おめえがやるなら、俺だってできる」「だが、自分で目隠ししたって、したことにはならねいから、二人の腰の帯をとって互いにしっかり目隠ししようぜ」と言って二人は帯を解いて互いに相手にしっかり目隠しして橋を渡った。
二人は無事に橋を渡り終えると目隠しをはずし、互いの車引きを褒め合いながら橋のたもとに福の神が置いた二両の金を見つけないまま車を引いて行ってしまった。 「どうだい、貧乏神確かに見ただろう、あれが二人の運だ」と福の神が言うと「あれは運不運じゃない、偶然だ」と貧乏神が言い返した。
すると、遠くから馬に乗った三十歳ぐらいの男が来た。それを見た福の神が「あの男はわしが金を授けるときっと取るよ」と言うと貧乏神は「そりゃあ、この橋はせまいからあの男が馬に乗っていても、下りて馬を曳いて行っても橋のたもとに置いた金はいやでも見つけるだろうさ」と貧乏神が言うと福の神は「そんならもっと見つけにくい場所ならどうだい、何処がいいかね」と言った、貧乏神は「それはいい」と言って、隠した金をいくら探しても見つかりそうもない道端のイグサが茂っている所を指し「あそこがいい」と言った、福の神は「よし、あのイグサの茂みにこの一両を隠そう、だがそれでもあの男はきっとこの一両を見つけるから貧乏神、大きな目を開けて見ててみろ」と言ってイグサの陰に金を隠した。貧乏神は「見つけるわけないさ」と笑った。
さて、馬に乗った男は橋のたもとまで来ると、なんだか尻がムズムズして用をたしたくなってきた。そこで男は馬から下りて、あちこち馬を繋ぐ木を探したが見つからない、ただ道端にこんもりと高くイグサが茂っているだけだ、男は手綱をイグサの茂みにくるりと回し、手でイグサの葉をひと掴みした、するとその下にキラリと光る物がある、よく見ると小判一両だ、男は喜んで金を懐にしまうと、用をたすことも忘れて馬に乗って走り去ってしまった。
それを見ていた福の神は貧乏神に「どうだい、つまり二人の車引きには金運がなくて、あの男には金運があったというわけさ」と言ったとさ。
李占春故事選