顔を見て尻を見ず

 若い夫婦がいた。女房は顔が広く、男や女とも冗談や笑い話などおしゃべりが好きで、くだけた話、堅い話なんでもした。そして何時も周りをにぎやかせ、亭主がこなせないことでも笑いながらやってしまう。

 亭主は金を使うだけで、ろくな稼ぎもないくせに、女房が自分にできないこともできるのは、何処かに情夫がいるからだと疑い、本当に不貞があったかどうかも確かめず、女房を責め口争いの大騒ぎをした挙げ句、離婚だと、「この売女め、俺はもうお前はいらない、すぐ荷物を持って出て行け」と言った。

 女房は実際に道をはずしたことはしていないので、勿論出て行かない。亭主は怒りにまかせて「お前、出て行かないのか、お前が出て行かないなら俺が出て行く」と言って本当に出てしまった。残された女房は金の入るあてもないまま、そこに何時までも暮らしてもいられないので実家へ帰った。

 何年か経って、実家の両親は嫁に出した娘を何時までも住まわせるわけにはいかないと、「お前が亭主を怒らせて、こうなったのはお前が自分でしたことだ。わしらはもうお前を養っていかれないから、自分で暮らすことを考えたらどうだ」と下話しをした。

 女房も「兄弟姉妹のなかで、自分だけが両親のもとでこうして無駄食いをしているわけにはいかない」と考え、本当に困ってしまった。亭主は怒って三下り半も書かずに出て行ったから、再婚しようか、いや帰るのを待とうか、だがもう何年もたっているから、待っていてもしょうがないなどと、いろいろ思いを巡らしてから、両親に元手を借りて小さな宿屋を始めることにした。

 この女は生まれつきのしっかり者でやる気があり、嫌なことは忘れてお客を迎えるからお客はみんな満足して、あの宿屋はいい宿だと言うようになり、一人の客が十人、百人となり、二年もしないうちに繁盛し、たまった金で客室を増やし、商売もおいおいに大きくなり、宿の評判も遠くまで届くようになった。

 さて、家を出た亭主はと言うと、家を出て何年もほかの土地にいても、家を忘れられず何かと言えば家を思い出し、ただ女房の所に戻ることだけを考えていた。それに自分でも女房に浮気の何の証拠もなかったのに俺の思い過ごしだったと後悔して女房への想いは募るばかり、もう帰ることのほか何も考えられず、身の周りを整理してもとの土地へ戻ることにした。そしてその夜、女房の開いた宿屋とも知らずにこの宿に泊まった。

 そこで夫婦は出会ったわけだが、男は別れた自分の女房だとは気がつかない。人は三十を越すと顔かたちも変わるものだし、女も宿屋を開くなぞ苦労が多かったせいで人より少しふけて見えたからだ。
 だが女はすぐ昔の亭主だとわかり、心の中で“あんたはあたしが浮気したと思っていたのに、今になってあたしの所に戻って来たりして、どっちが純金白玉のように潔白だったか、わからしてやる“と、すぐ部屋に引き返すと男に変装した。

 亭主だった男の晩飯がおわり、女も宿の主としてやらなければならない片付けがおわると、男の身なりのまま男の客室に入り、おしゃべりを始め、やがて身の上話となった。
 この女は男のあしらい方がうまいから、男に昔の話をさせずにはおかない、やがて男は自分のことを話し始めた。「私は初めからことの真偽も確かめずいきなり家を飛び出してしまったのです、それから十年人間らしい暮らしもできず、金もたまらず最後にはまた妻が恋しくなったんです、恥ずかしい話ですよ」

 元の女房はまるで他人のようにふるまい、顔色もかえず「あんたは昔はやたらに人を疑い、何年も家族をほったらかし、何も持たずに帰るなんてよくないね」 「お金は簡単に稼げませんよ」 「稼げないと思うから稼げない、稼ごうと思えば稼げるさ、話を聞けば可哀相だから、お前さんにいい商売を世話してあげよう」と言った。

 何も知らない男は喜んですぐ「何の商売ですか」 「この宿屋で客の夜の相手をするのさ」 「ご主人、冗談でしょ、私は女ではありませんよ」 「いや、宿には何人かのおとくいに男色の客がいるんだ、格別高い金を出すよ」高い金と聞いて男はもっと喜んで「いくらくれるんです」と聞いた。「ひと晩に少なくても銀貨三両」
 女は男が恥ずかしそうにするので「あんたも、いくらかの銀貨を持って帰れば、あんたの女房の前で株が上がるというもんだ」と言ってやった。
 男は家を出て何年もたっているのに金もない、それをひと晩の客の相手でそんなに金をくれるのなら、相手は人間で化け物じゃないのだからと考え、やると返事をした。女はそれを聞くと、部屋を出て一回りして来ると「残念、今晩はその客が来ていないからあんた一日待ってくれ」と言った。男は翌日宿を出て行くつもりだったが銀貨が欲しくて承知した。
 晩になると宿の主がきて「あんたって人は真面目な人だね、本当のことを話そう、実は俺も一人では寝られない変な癖を持っているんだ、それに相手は男がいい、もしあんたが俺と一晩でなく、長くいてくれるなら俺はあんたに財産の半分わけてやる、どうだい」と言った。男はそれは銀貨三両よりずっといい話だと承知した。

 男のなりをした宿の主の女は夜、人が寝静まってから酒と肴を持って来た、二人は客室で飲みながらしゃべった、夜中になって二人は床に入ることになった、男は恥ずかしいし、宿の男の主人が着物を脱ぐのを見るのもまずい、急いで着物を脱いで床にもぐりこんだ、そして何も言わず、ただ宿の主が声をかけるのを待っていた。

 しばらくして、女は「あんた寝たら下着を脱ぎなさいよ」と言った、財産が半分貰えるんだ、しょうがない、脱ごうと男は下着を脱いでまる裸になると、女は靴を持って男の尻をひっぱたいた。男は痛くて小さな声で「私はあんたの言う通りにしているのに、なぜ叩くのだ」と言うと「何言ってのよ、あんた、あたしを誰だと思っているの」と言って灯をつけ女の姿を露にした。

 男はここで自分の妻に会うとは思ってもいなかったので、大きな口を開け、お尻をだしたまま、ぼんやり立っていた、それを見て女房は「あんたはあたしが浮気をしたと疑っていたわけがやっとわかたわ、あんたって言う人は顔を見て下を見ない人なのね、フン」と言ったとさ。  

           李占春故事選                                    1995・8・17

はじめに戻る