侍 医
三人の息子を生んだ老婦がいた。やがて息子たちが成人して夫が死に、老婦は生まれ故郷で農業を営む長男と三男と一緒に暮らした。次男は医学を学び、故郷を離れ異郷で医者になった。病気の診立てがよく、名声が上がり宮廷の侍医に選ばれた。
ある年に老婦は重い病気となり、二人の息子は何人もの名医に診せたが、何の病気かもわからず、どんな薬も効かず、老婦の病気は一日々々と重くなるばかりであった。
長男は「わしの弟は宮廷の侍医で皇帝の病気さえ診察するのだから、医術は申し分ないし、薬も揃っているだろう。二人で母を都へ連れて行こう」と三男と話し合った。次男を呼ぶのは次男が皇帝の家族の侍医で、期間もわからず自由に都を離れるのは、難しいだろうと考えたのである。そしてどんなに遠くても次男に母を診せようと決め、小さな車を用意してすぐ出発した、旅を急ぎ、何日もしてやっと都に着いた。
皇宮に着くと、侍医は五品官にあたる高い地位であるから、その肉親には宿舎が与えられ、まずそこに泊まるようにと通報された。次男は老母が病気で来たことを皇帝に上申すると、皇帝でも母子の情を否定することはできないから、時間があれば老母を診ることを許した。診ると老母の病気は深刻である。すぐ兄と弟に母が病気になってどの位たったかと聞いた、二人は母の病気がどのように進んだかを一通り話し、早く診断するように言った。自分の母親をいい加減に診ることができようか、丁寧に注意深く脈をみた。何回も手を替えて診たが病状はよくない。
二人の兄弟には本当のことを言わなければならない、次男は「母の病状はよくない、早く家に帰ったほうがいい、一刻の猶予もない、もしかすると旅の途上で死ぬかもしれない」と言った。次男は兄と弟がそれでもあきらめきれないだろうと「これは不治の病だ、仏陀の生まれ変わりでも治せない」言ってやった。兄と弟はこの病気は侍医でも治すことはできないのだとわかり、次男が出した旅費を受け取り急いで帰った、どうしても旅の途中で母を死なせたくはなかった。 老母の病状は日に日に悪くなった。
ある日、人家も何もない村に着いたが、車に横たわる老母は体をふるわせて苦しみだし、水を飲ませなければならない、仕方なく大海に落とした針を探すように水を求めたがどうしても見つからない、あちらこちらに行き、やっと荒れた墓場に、死人のしゃりこうべが仰向けになって、雨水がたまり二匹の赤い虫と二つの石が中につかっているのを見つけた。
これしかないと二人はしゃりこうべを持ち上げ、蓬の茎で二匹の赤虫と二つの石をとりだし、その澄んだ水を持ってきた茶碗に入れた、老母はこの水を気にもかけずにゴクゴクと飲むと元気になり起き上がって座った。またしばらく行くと、老母はおなかを空かせて「おなかが空いてたまらない」とつぶやいた、老母は長い間、何も食べていなかったのだ。
二人の息子は母親が何か食べたいとつぶやくのを聞いて喜んだが、すでに町を通り過ぎていたので、人家のある所へ急いだ。しばらく行くと山の麓に一軒の家を見つけ、あの家に行って食べ物を貰おう、食べたらお金を余計やればいい、母に御飯をたべさせることが大事だ、ちょうどいいあの家に行こうと話し合った。
この家には夫婦が暮らしていて、もうすぐ子供が生まれるのだが、産婆はまだ来ていない、夫は忙しく粟をとぎ、卵を煮ていた。やがて夫が炊けた粟を盛り、卵を一個々々殻をむいている時、兄弟はこの家の門を叩いた、兄が家に入ると、湯気がもうもうしていた「私の母が病気で、おなかを空かしています、食事を戴けませんか」と言った、臨月の妻が部屋の中でこれを聞き「お婆さんはおいくつですか、今何処にいるのです?」と尋ねた。
兄はそれを聞くと外にいた弟に母を連れて来るように言った。「あなたたちのおめでたの日に突然入ってすみません」この家の妻は「何処の家だって年寄りや子供がいます、構いません、構いません」と答えた、老母は粟の御飯を見て食べたくてたまらなかった、その間に妻は夫に粟粥をお椀に盛って来させ、卵を二つ入れるように言った。老母はこの粟粥と二つの卵を食べた、兄弟は千恩万謝の礼を尽くし、余分に銀貨を渡した。
老母は車を押して行くほどに元気になった、何日かして家に着くと病気はすっかりよくなっていた。長男と三男は「次男は皇帝の病気を治せるのか、自分の母親は不治の病だ、治せない、おくれれば、帰りの旅路で死ぬかも知れないと言った、しかし結果はどうだ、治療もしないのに家に帰ったらよくなった。侍医になったので親のことは心にないのだ」と怒り、二人は次男とけりをつけようとまた都へ行った。
次男は二人を見るといきなり「母の葬式は済んだか」と聞いた、兄と弟はこれを聞いていっそう怒り「お前は母は不治の病だと言ったが、家に帰ったら治療もしないのに治った、お前はそれでも侍医なのか」とずばりと言った、次男はびっくり「よくなった、この病気は治るはずがない」二人は「治らない、それが治ったのだ」と真っ向からたてついた、次男はすぐ「何の薬を飲んだのだ?」と聞いた、二人はまた何の薬も飲まないと話した、次男は信ぜず「何の薬を飲まずによくなるはずがないが?」といぶかると、兄と弟は次男の言葉をとがめ「母の病気は治るのか治らないのか」と迫った。
次男は仕方なく、本当の話をきりだした「病気は治るのだが、薬を探すのが難しいのだ」兄と弟はまた聞いた「どんな薬がいるのだ」 「どうしても“天河水”“二龍戯珠湯”がいる、そのうえ初めて子供が生まれる家のできたての粟粥と飼って三年の鶏が初めて生んだ卵を一緒に食べる、こうすれば治る、しかしこんな物を何処を探せばあるのだ?」
兄と弟は少しはわかったがまだよくわからず「母は何も飲まない、“天河水”“二龍戯珠湯”……だが旅の途中で……」としゃりこうべの水と産婦の家の粟粥のことを話した。そしてもう一度、ほんとうに何の薬も飲まないと話した、次男はこれを聞いて、はっきりわかりすぐ医薬書を兄と弟に見せた、しゃりこうべは天霊蓋といい、天霊蓋の中の水が“天河水”で、赤虫と石の入った“天河水”はつまり“二龍戯珠湯”なのだ。
それに旅の途中で子供の生まれる家のことを詳しく聞いて、生まれる子はその家の初子で、その家で飼っていた二羽の鶏が確実に三年、卵を生まず、子どもが生まれるちょうどその時、初めて卵を生み、そこへ運よく母が行き遇い、それを食べ病気が一日々々とよくなったのだ。
こうして事情のわかった三人の兄弟はもとのように仲よくなった。
李占春故事選 1995・6・25