毒で毒をやつける

 夫婦の薬屋があった。亭主が病気の診察と薬の処方をし、女房が亭主の処方した薬を客に出した。忙しい時は女房も薬の調合などを手伝っていた。

 ある日、一人の酒好きの男が酒を飲むと腹が錐にもまれるように痛み、我慢できずいつもの薬屋の先生に腹痛の薬を貰いに行った。男はこの薬屋の先生が何時も客に頭痛や熱を聞いたり、ひどい腹痛にはいろいろ聞いて、診断を誤り薬を間違わないように注意してくれるのを知っていたからである。だが、この酒好きの男が痛む腹をおさえ、やっと薬屋に来た時、ちょうど亭主がいなくて女房が留守番をしていた。

 女房が「どうしたんです」と聞くと、酒好きの男は「酒を飲んでいたら腹が急に痛くなったんだ、たぶん冷えて腹の虫が怒ったんだ」と言った。そこで女房は腹痛の薬箱を開け、薬をだしてこの男に渡した。ところが、女房は亭主が薬の入れ場所を替えていたことを知らなかったので、実は女房がこの男に渡したのは亜砒酸という毒薬であった。
 男は帰ると薬包みをろくに見もせずに飲むと、飲んだとたんによくなり、少しも腹が痛まなくなった。そして男は「あの先生の薬は本当によく効く」と言った。

 さて、薬屋の亭主は機嫌よく帰って来たが、女房が一人でいる時に何か間違ったことはなかったか心配で「俺のいない間に何かなかったか」と聞いた。女房は「あんたが出かけるとすぐ、町から酒飲みのお客が腹が痛いと言って来たから、あんたが調合しておいた薬を出したわ」と言った、「どの薬箱から出したんだ」 「あんたが調合した薬を入れてある何時もの薬箱から出したわ」
 亭主は慌てて薬箱を開けて見るや、飛び上がり、「しまった!おわりだ!俺たちは警察につかまる。お前が渡したのは亜砒酸だ、別に八歩斷腸散ともいい、飲んだら八歩のうちに腸が焼き切れてしまうというくらいだ。その人はきっと死んだ」

 女房は聞いてびっくり、「この店はおわりだわ、店をたたんで、逃げましょう」と言った。夫婦は急いで、持っていた金を整理し、門を締めて姿をくらました。こうして姿をくらましてから三年あまりたった。夫婦は逃亡生活で金を使い果たし、逃げ出したもとの店にはまだいくらか、金になる物があるからそれを持ち出そうと、こっそりもとの店へ帰った。

 帰りはしたが、すぐに自分の店には行かず、まず隣村の知人の家に向かった。そこで、あの亜砒酸を飲んだはずの男が死んだかどうか、告訴して警察が受理したかどうかを聞きださなければならない、ぼんやりしていれば警察に捕まり元も子もない。すると、途中でもとの自分の村に住む人に会った。この村人はすぐ「あんた何年も何処へ行っていたんだ、家の者が病気になってあんたの店を訪ねても、いなかたじゃないか」と聞いた。

 薬屋は警察から隠れていたとも言えず、いい加減なことを言ってお茶をにごし、知った者の様子や年寄り、若者の話しをひととうり聞きおわったが、じかに亜砒酸を飲んだ男のことも聞けず、ああだこうだといろいろ言いながら、遠回わしにやっとあの男の話をだし、「彼はどうした、まだ酒を飲んでいるかね」と聞いた、「ああ、あいつもとても元気だよ」 「本当にまだ生きているかい」 「あんたなに言ってるんだ、丈夫だよ」
 薬屋はあの男が死んでいないとわかり、急いで姿を隠していた所に戻り、女房を連れてもとの店へ戻った。

 薬屋夫婦が店に着くと、あの亜砒酸を飲んだ男が手に鳥、魚などの贈物を持って訪ねて来た。「あなたたちはこんなに長い間何処へ行っていたのですか、お礼をしょうにも来られませんでした」 「わたしにお礼って何ですか」 「わたしも普通の病気ならお礼なぞしません、あなたは私の命を救ってくれたのです」とこの男は話し始めた。

 この酒飲みの男は何時も酒を銅の酒壺に入れて飲んでいた。ある日、酒を飲みおわって、壺に蓋をするのを忘れていた。すると酒壺に一匹のムカデが入り込み、酒壺の中でふやけて大きくなり、酒を注いでも壺の口からでずムカデは毒を出した。男は酒壺の蓋を忘れたことに気がついたが、残った酒が惜しくて、この毒の酒を飲み続け、ムカデ中毒になったのだ。

 酒壺の中は真っ暗で何があるか見えない、それで酒を飲み続けて中毒になり腹が痛くなったである。しかし、男は自分がムカデ中毒になったとはわからず、いままで酒を飲んでもこんなに腹が痛くはならなかったので、この薬屋から薬を買って飲んだら治った。あとで酒壺の中を見て、大きなムカデがふくれあがっていたのを見てびっくり、男は毒の酒を飲んだのに死ななかったのはあの薬屋のお蔭だと分かり、この薬屋の先生に感動したのである。

 薬屋はこの話を聞いて安心し、医薬の本をあちこちひろげて、やっとその理由がわかった。亜砒酸はムカデ中毒の特効薬で、この中毒にはこの亜砒酸でなくては治らないのだった。  

           李占春故事選                                    1995・6・13

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