不精な先生
何事にも不精な学校の先生がいた。道はダラダラ歩き、何をするにも少しの力もださない。
さて、昔の学生は正月になると必ず学校の先生を招いたものだ。松の内十日は、こっちの家、あっちの家から、てんでバラバラに先生に招待の声をかける。
ある学生がほかの家と重ならないようにと正月十三日にこの不精な先生を招くことにして招待の手紙を出した。先生は毎日ほかからも呼ばれているので気にもかけず、すぐこの招待状を筆筒の中にしまった。
十一日、誰からもお呼びがない、先生はふとこの招待状のことを思い出したが、面倒くさいので招待状を筆筒から取り出さずズルズルとちょっとだけひきずり出すと“正月十一”の四文字が見えたので手をゆるめ「昨夜何も言って来なかったが、今に迎えに来るのだろう」と、今晩の旨い料理が食べられるように朝飯は少しにしておいた、しかし太陽が西に沈もうとするのにまだ迎えが来ない。
「わしが日にちを間違えたかな」と考え、また筆筒から招待状を少しひきずり出して見ると十一の下に“一”の字がついている「ああ、十二だったのだ、おそくなったから今夜は食べず、明日いっしょに食べよう」と言った、翌日、また晩まで待ったが迎えは来ない、おなかが空き過ぎてボ−としたまま筆筒まで這って行き、招待状をすっかり出して広げてみると 「あッ、十三だ」“二”の下にもう一本、横棒がある。今度は間違いないと、またまともな食事をせずに迎えを待った。
十三日昼おそくなって学生の父親が迎えに来た。家に入るともう料理が並べられ、酒も熱くなっている。食卓について酒を飲んでいると、まもなく餃子ができてきた。お客に出す餃子は家で食べる餃子より小さく、見た目も綺麗である。先生は腹ペコでお腹はグウグウ、のど元は小さな熊手のように餃子も料理も一口にかまわずかけこんでしまう、餃子は小さくてツルツルしているから噛まずに腹の中に入ってしまった。ついに腹一杯になって水さえ飲めず、食べたものはのど元までつまり、食べ疲れ眠くなって帰えることにした。
ところで先生は正月の初めから風が吹いていたので、長い袷の上衣を着て、礼式の帽子をかぶり、ステッキをついていた、歩いていると強い風が吹いて帽子が飛んだ、帽子は地面に落ちると風に吹かれてコロコロ転がる。先生は腹が一杯で走れないから、横目で帽子を見てドタリドタリと追いかけるが礼式の帽子はこっちにコロコロ、あっちにコロコロするばかり、やっと芝草を積んだ所で止まり先生は急いで行って帽子をステッキで押さえた。
押さえることは押さえたが食べ過ぎで、かがんで拾えず、先生は道を行く人を捜した。ちょうど前から中年の女の人が来る、先生はこの婦人に「奥さん、すみませんが、この帽子を拾ってくれませんか」と言った、この婦人はもうすぐ臨月である、心の中で『この人はなんて不精者なのだろう、大きな目玉はあたしが腰を曲げられないのが見えないのかしら』と思い、先生に向かい「あんた自分で拾ったら、わたしは急いでいるんです」と言った。
先生は腹が一杯でかがめないのだとは言い出せず、手で大きなお腹をパンパンと叩いてみせた、この婦人は学校の先生だと見抜いて「先生なのに失礼な人ね、わたしは確かに身籠もっているが、妊娠は人間の道理でしょう、あんた、わたしを辱めるの」と、くってかかり、拾ってやらず行ってしまった。
不精な先生はそれでも通行人を待った、いくら待っても一人も来ない。もう日が暮れる、しょうがない自分で拾おうとかがむと餃子がのどから七、八個とびだし、ちょうど礼式の帽子の中に入った、みると餃子はきちんと包まって皮も破れていない、それを拾って帽子をかぶり家に帰ると、熱い湯で餃子をよく洗い、今度は噛んで食べ始めた。
みなさん、この不精な先生は餃子を噛んで食べて、何と言ったと思いますか? 「あれ、今日御馳走になった餃子は本当に美味しい、牛肉と大根の具が入っている」と言ったんですって。
李占春故事選 1995・6・6