凧の娘
李家村に李三という青年がいた。李三には二人の兄がいたが早いうちに死んでしまい、両親も李三が十二、三歳になるまでに世を去っていた。それで李三は地主の豚飼いになって自分で食べるようになり、米や塩が足りなくなると叔母から借りて暮らしていた。
李三は小さい時から凧あげが好きで、毎年、春になると野原に行って豚をみながら、凧を上げた、李三の凧は人の凧より高く上がり、その凧も人とは違っていた。人はむかでやとんぼ、ちょうちょ、孫悟空、猪八戒の凧をあげたが、李三が毎年上げる凧は美人の姿であった。李三は市に行って色紙を買うと、その紙に美しい娘の姿を描き、竹で作った凧の骨組みに糊で張った、生まれつき器用で李三の作る凧はまるで生きている本当の人のようであった。
さて、今年の春も李三はやっぱり美しい娘の凧を作った。こんどは心を込め時間をかけて作ったので、いつもよりずっとよくできた。李三は凧の娘をながめ、心の中で、もしこの娘が俺の女房だったらいいなあと思い「ああ、俺はこんな貧乏だが、冗談じゃなく誰か嫁さんになってくれないかなあ−」とため息をついた。
李三はこんな独り言を言ったあと、町の外へ行って凧を上げた。李三の上げた凧はどんどん高く上がり、見ている人はみんなよく上がる凧だと言った。
凧は空を高く舞っていたが、突然、糸が切れて、あっと言うまに落ちてしまった。李三は駆けていって取ろうとすると、凧は風に飛んだ、李三が追いかけ、追いついて拾おうとすると、凧はまた風で飛んだ、こうして追いかけ追いかけして行くと南山の山の中で凧は見えなくなった。
李三が山の頂上に着くと、十七、八歳の美しい娘が座っている、李三は娘に見られて恥ずかしくなり、あっちを見たりこっちを見たりして、戻ろうとすると娘が「あなた、何を探しているのですか」と聞いた、「私は凧がこの辺に飛んだので探しに来たのですが、どうしたのか見えなくなったのです」と答えると、娘は「あなたここを探さないで、家に帰って見てごらんなさい、家に帰ったのかも知れませんよ」と言った。
李三は心の中で“この人は面白い人だ、見つからないなら家に帰ったのじゃないなんて、冗談を言う、凧は人じゃないし、道だって知らないのにどうして一人で帰れるんだ?”李三は娘の話なぞあてにせず、山の中を何回も探したが、どうしても凧は見つからず家に帰ることにした。
李三が家に帰って見ると、凧が本当に床の上にある。よく見てみると確かに自分が作った凧である。どうして山の上のあの娘の言う通りなのだろうと不思議に思ったがまた、どっちみち凧が戻って来たのだからいいやと、深くは考えず、また米がなくなったので、戸を閉め、叔母の家に米を借りに行くことにした。
諺に“山の虎は捕らえ易すいが、人に頼むのは難しい”と言う、李三は歩きながら、いつも叔母に米を貸してとは言いにくい、今日は何と言おうかとしばらく思案して……そうだ、今日はこう言おうと心に決めると、急いで叔母の家に向かった。
叔母の家に着くと、叔母は父も母もいない甥をみてやらないのは可哀相だと、すぐ李三にご飯を用意した、李三は二三度、断わるふりをしてから有難く食べた。
食べおわると、叔母は 「お前、今日は何の用事で来たの、何でも話してごらん、わたしができることなら何でも聞いてやるよ」 「叔母さん、今日は本当にいいことなんです」 「どんないいことなの」 「私は結婚したんです」 「本当かい、それはよかったね。すぐ馬車にお米や何やらを積んで、お前のお嫁さんに会いに行くよ」
叔母にこう言われると李三は叔母が自分の嘘を本当にするとは思いもしなかったので慌ててしまった。ひとりでにどこからか女房が来るわけがない、叔母が見に来ると言うのに、来させないわけにもいかない。仕方なく米を馬車に積むと、叔母は馬車に乗り、叔母の亭主が馬車を走らせた、李三も覚悟を決めて車の後の方に座った。
やがて、李三の家に着いた。
李三は捕まった小兎のように胸をドキドキさせ、こんな大嘘をついたことを後悔していた。しかし李三は叔母が馬車から降りるのを見ると、すぐに門に入って、ここは芝居をしよう、バレたらその時だと決め「叔母さんが来たよ、早くきて挨拶して」と家に向かって叫んだ。すると、家の戸が“カチッ”と音を立てて開き、家の中から綺麗に化粧した初々しい新妻が出てきて、叔母を迎え、「叔母さん、いらっしゃい、どうぞお入りください」と言った。
李三はびっくり仰天、驚いたり喜んだり、しばらく夢を見ているのか、本当なのかわからないでいたが、気を落ち着かせてよく見ると、出てきた新妻は南山の山で凧を探していた時に会ったあの娘だ。床の上の凧はなくなっている、これはたぶんあの凧が変わった娘だと心の中で思ったが、ともかく、まず叔母をもてなした後にしようと考えた。
可愛い妻は李三の言う前に食事の支度をてきぱきと始めた、一服している間に香ばしい匂いがして娘が料理を盆にのせてきた。叔母は甥がいい嫁を娶ったことをとても喜んで、食事がおわると「わたしは帰ることにしょう、これからあんたたち二人仲好く暮らしなさい、何でも足りないものがあったら、叔母さんの家にとりにおいで」と言った、二人は 「叔母さん、有難うございます」と言って、叔母を門から送り出すと、李三は娘に「あんたは戻って、俺は叔母さんをその辺まで送ってすぐ帰るから」と言った、娘は叔母に「叔母さん、暇があったらまた来てください」と言って家に戻った。
叔母は李三が遠くまで送って来るので「あんた、もういいから帰りなさい」と言ったが、李三は叔母を送りながら、夢にも嘘が本当になるなんて思いもつかなかったから、あの凧の娘の妖精か幽霊は何しに来たのだろうと、怖くて帰れなかったのだ、だが、叔母は李三が何を考えているのか分からず、何度も戻るように言ったので、李三もやっと覚悟して帰ることにした。李三は家に帰り、部屋には入らず、庭を掃除するふりをしていた。夜になってもまだ庭にいるので娘は「もう暗くなったから早く部屋で寝ましょう」と李三を呼んだ、「あんた先に寝てくれ」娘は何度も李三を呼んだが李三は部屋に入らず、娘は先に寝てしまった。
李三は昼間の娘の様子は妖精のようではなかったから、妖精が変わって、もう俺に危害を加えないかもしれないと勇気を出して家の中に入った。そして娘に目も向けず床に横になった。李三は眠くてしょうがなく、すぐ眠ってしまったが、二人は床の両はしに別れて寝た。その夜、娘は李三を食べも襲いもしなかった。
翌日の朝、娘は早くから起きて朝の支度を始めた。昼は部屋や床、外の掃除と忙しく家事をした。一日三回の食事にも娘は李三に丁寧であった。
日が過ぎても娘が李三に危害を加える様子はない。二人は本当の夫婦のようであった。けれども夜になると、李三はやはり別々に寝て娘とは一緒に寝なかった。十何日も李三は着物を脱がずに寝た。こんな李三を凧の娘は密かにいい男だと思っていた。
ある晩、二人はまた離れて床についた、すると凧の娘は着物を脱いで李三に近づき、「あなたはどうして自分の妻を抱いて寝ないの、わたしが嫌いなの」と言った、実は李三は娘と日を過ごすうちに情が深くなり、心の中で娘が好きになっていたのだが、恥ずかしくて言えなかったのだ、それが娘のこの一言でやっと「好きだ、好きだ」と言えた。「それならどうして着物を脱がずに寝るの、自分の妻のどこが怖いの」と娘が言った、これで李三は娘の心情が本当に分かり、娘が人でも幽霊でも構わない一緒に暮らそうと決めた。そしてこの夜、二人は本当に夫婦になった。
それから二人は相思相愛の日々を暮らし、近所の人々もみんな李三はよい嫁を娶ったと言った。だが、その後どうなったのかは知らない。
姜淑珍故事選 1995・5・30