極楽貧乏

 毎年、夏になると新賓の西南の山里で、人々は何時も“雨なら酒を買い、晴れなら妻を売る”という鳥の声を聞くが、この鳥には伝説があるのだ、それを話してみよう。

 それは、昔のむかし、ある山のふもとに、お婆さんと息子の藍冲、嫁の慧勤が暮らしていた。嫁の慧勤は名前の通り、聡明で賢く働き者、毎日、お日さまの前に起きて、昼は畑を耕し、夜は糸を紡いでお婆さんとおしゃべりをして慰める。春は種蒔き、夏は土鋤き、秋は穫り入れ、冬は囲いと年中暇なしだが、みんな楽しく暮らしていた。

 だが、残念ながら息子は意気地なしの二十いくつかの男、遊び好きで食いしん坊、一日中町へ出かけて、酒を飲み、博打をする、拳を打っては罰盃で酔っ払い、家の事は何もしない、老母と女房が諫めたり、文句を言ったりしても効きめがない。藍冲はこんな風にして飲み食いの果てには大鼾、目を覚ませば遊びの金を欲しがった。
 慧勤が雨の日には糸を紡ぎ布を織り、冬は暇をみて刺繍して得た金もこの“怠け虫”に盗みだされ、酒や賭博できれいに使われてしまった。老母はこの放蕩息子を心配して食も細り、よく眠れず、年もとり、だんだん弱り半年ぐらいで眼を閉じて世を去った。

 慧冲は老母の柩を守っていたが、畑は荒れ放題、収穫もよくない、そのうえ病気になって日増しに悪くなるばかりだった。それなのに藍冲は相変わらずの“怠け虫”で雨が降れば酒を飲んで眠り、晴れれば町へ行って博打をする、勝てば酒を買って飲み、負ければ畑を売る、慧勤がどんなに言っても聞かない。とうとう、すっかり畑もなくなり、家を売り払い、住む所もなくなって山の中に草小屋を立てた。

 ある晩、藍冲はまた博打に負けてしまったが、もう何も“かた”にするものがない、相手の男を草小屋に連れてきて、寝ている慧勤を起こして「お前、あいつと行ってくれ、俺はもう“かた”になるものがないのだ」と言った、慧勤は自分が夫のために売られたことが分かると怒り、羞しく、いきなり崖に向かって走りだして死んでしまった。藍冲は女房が恨みを抱いて死んだのを見ると、面目なくて生きていけないと自殺した。

 藍冲は死ぬと一羽の鳥になり、夜も昼も人々に自分の過ちと悔恨を語るために、自分を罵りこんな風に鳴くのだ「あてもない、極楽貧乏」(沒出息、窮歓楽)と。それからこの鳥を“窮歓楽”(極楽貧乏)と呼ぶようになったのである。   

         中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻上                        1995・4・12

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