恩に報いる人

 これは明朝時代のことである。山海関の城壁の外に、黄という人がいた。年は六十を越え、妻は五十八、三人の息子とその嫁の三人、孫を加えればみんなで十二人、畑は三百ム−、屋敷は正房四室、側房六室、それに円形の門、ラバ六頭と二台の荷車で不自由なく暮らしている。ちょうど年の暮れで豚や羊の肉の用意もできた。

 さて、この黄家から四里離れた所に四家子という村があり、ここに羅という夫婦と子供五人の七人家族の家があった。羅は遊び人で賭け事ばかりして真面目な仕事にもつかず、もう三十になろうというのに女房や子供たちに苦労させていた。家の食べ物もわずかで肉や魚の生ものは少しもない。
 子供たちも「父ちゃん母ちゃん、近所の子は豚や鶏の肉を食べ、新しい着物を作って貰えるのに、あたいたちは何にもないの」と言う、羅夫婦は子供にこんなに言われていい気持ちはしない、ましてや父親の顔は丸潰れである。
 そこで羅は子供にきっぱりと「今晩、隣村の黄さんの家に行ってこよう、あの親爺さんはとてもいい人で、肉も小麦粉も凍み豆腐も正月の饅頭もくれる、明日の朝は餃子が食べられるぞ」と言った。気持ちは決まった。黄家に盗みに入ろうというのである。

 暗くなると羅は袋を持って黄家に急いで行った。だが、駄目だ、福の神を迎える夜中までは物置の戸は閉まっている、物置の壁の下に藁が積んである、それまでここで待とうと羅は藁の陰に隠れた。やがて夜中になると、黄家では中庭に台を出し、台の上に供え物をのせ、福の神を迎える準備を始めた。十一時になると“福の神迎え”が始まるのだ。黄さんは息子に声をかけ、中庭にかがり火をつけさせた、火をたやさずに福の神を迎えなければならない。供え物を上げたあとで爆竹を鳴らし、三人の息子は庭で福の神を迎え、三人の嫁は家の中で餃子を茹でる、福の神を迎えたらお祝いにこの元宝湯(餃子汁)を食べるのである。

 さて忍び込んだ羅は、中庭で黄爺さんと息子たちが福の神を迎えている様子をすっかり見ていて、早くしなければすぐ物置の戸を閉められてしまうと、そっと近づいたが、物置から薪を抱えて出てきた人と顔をあわせそうになり、びっくり仰天、どこにも逃げ場がない、とっさにお供え物をのせた台をすっぽりおおった布の下に潜り込んだ、だがそれを黄爺さんが見た。「あ、泥棒だ」と息子を呼べば捕まえられたが、黄爺さんは声を出さず、三人の息子に「お前たちは部屋へ行って餃子を食べていい、わしはまだここで火を見ている」と言って便所へ行くふりをして様子を見ていた。
 羅は静かになったので物置に入ろうとしたが、すぐ黄爺さんに見つかった。「あれ、弟じゃないか」と言ったので、泥棒の羅は驚いた。「あんたどうして私を弟と呼ぶんですか」 「何も恥ずかしいことはないから、昼間来ればばよかったんだ、わしらもう二十年も会っていないが、わしはまだあんたを覚えているよ」黄爺さんは老妻を呼んで言った、「お前、この人を知っているかい」 「知りませんよ」 「お前が知るわけもないが、わしの前の妻はこの人の姉さんだ、わしらは婚約して四年だった、あの頃、わしらはどうということもなっかったのに、あんたの姉さんは嫁に来て数日で急病になり死でしまった。どうしようもなかった。あんたはわしの兄弟だ、わしはあんたの親戚だ、他人ではない」と言った。

 黄爺さんの老妻は「お前さんはどうして何も言わなかったの」と言った、 「昔のことを言ってもしょうがないが、二十年前に一度会ってわしの家に来るよう言ったがこの人は来なかったのだ、それが今日、来るとは思ってもいなかったよ、さあ、入ってくれ」黄爺さんの行き届いた扱いに羅は何も言えなかった。三人の息子と嫁もみんな叔父だという羅に挨拶した。
 子供たちも叔父さんに頭を下げた。羅は「叩くなら、叩いてください、本当です、わたしはとても貧乏で生活が苦しかったんです」と言った、「それならどうして昼間来なかたんだ」 「昼間は恥ずかしかったんです」 黄は「なにか料理を作ってくれ、わしと叔父さんは酒を飲むから」と言った。そして長男に「叔父さんに物置から豚肉と袋に小麦粉をいれて渡してくれ、それに春雨と凍豆腐などいろいろ持ってきてくれ」と言った、長男は父の話を聞いて百斤あまりの品物を持って来て「叔父さんは今どこに住んでいるのですか」と言った。「わたしは四家子から来たのです」 「ああ、四家子ですか、心配いりません、待っていてください、わたしがラバに載せて村まで持って行ってあげます」 「いいえ、わたしが持って行きます」 「まあ、いいよ、食べよう」 「兄さんはいい人ですね、わたしはこれから真面目に暮らして、決してあなたを忘れません、おそくなりました帰ります」 「息子がラバに品物を乗せて村まで送って行くよ」羅は黄家の家族に礼を言って帰った。

 羅は家に帰り、貰って来た品物を地面に下ろすと妻が「こんなに沢山どうしたの」と言った、羅は始めからの事情を話した、女房は「世の中にそんないい人もいるのね、泥棒に入ったと分かっているのに泥棒扱いにしないで、かえってあんたを親戚だというなんて、あんたしっかりしなければ、その人に済まないわよ、そしてきっと恩をかえすのよ」と言った。
 やがて正月四日になった。羅は金儲けの仕事を考え、六日になると村の釣り上手と大きい湖に行った、氷割りの錐で氷を割り朝早く網を入れ昼に網を上げる。始めると一日二、三十斤の魚が着実にとれた、こうして毎日夜中まで働いた。
 羅は毎日市場へ魚を売りに行くのに“死んだ姉の夫”の兄の家の前を通る、その時、兄の家の門の軒下に四匹の魚をかけておいた。お陰で黄爺さんは毎日誰がかけてくれたかわからない新鮮な魚を食べることができた。

 そうこうしているうちに、羅は魚はとれる金も増えるで暮らしもよくなり、親も子供たちも新しい着物に着替えることができ、腹一杯飯も食べられるようになった。日が過ぎて四月二十五日、羅は今日もまた魚を黄爺さんの家の門にかけようとすると、驚いて跳び上がった。どうしたんだ、ボロを着た死体が門にかけてある、これはまずい、誰かが言いがかりをつけ金をとろうとしてるんだ。羅は相棒に「お前先にいってくれ、俺はこの死体を担いで行く」と言い、門の軒から死体を下ろし薪のように肩に担ぎ村はずれの大きな葦の沼の氷の穴に“ドボン”と投げ入れ、また戻って門の軒に魚をかけておいた。

 羅は夜このことを女房に話し「俺は明日魚を売ったら兄さんの家に行って来る、魚のことはどうでも、誰かが死体をかけて兄さんを罪に陥れようとしていることは話しておかなければいけない」と言った。
 朝になっていつものとうり魚を売り終わると、家に帰り新しい着物に着替え、手土産を持って兄の家に行き、門を入ると上の息子が迎えに出た。
 「叔父さん、いらっしゃい」 黄爺さんも出てきて「やあ、ひさしぶりだったね、しっかりやっているかい」 「はい、正月七日から毎日魚をとって一日も休んでいません、毎日あなたの家の門に四匹の魚をかけておいたにはわたしですが、今日はみなさんにその代金の清算に来たわけではありません、今日、あなたの家の門に大変なことが起きていたのです。もし私が見つけなければ、公になって、役人に無駄な金を使わなければならなかったかもしれません」 「え、何があったのだね」 「実は私が夜明け前に魚を持ってきて見ると、門に死体がかけてありました、ボロを着た痩せた死体でしたが、私が大きな葦の沼に担いで行って氷の穴に捨てましたので、それを知らせに来たんです」 「えっ、……それは助かった、礼を言う、こんな大事は親戚のあんたしかやってくれない」 「兄さん何も言わないでください、あなたに三十日の晩、助けて貰えなければ、今年もどうなっていたかわかりません、前から私は怠け者で真面目に働かずいつも家族を困らせていましたが、あなたのお陰で私はやっとわかりました、今は暮らしに心配はなくなりました。いつか酒の用意をしますから私の家に来てください、黄家のみなさんのご恩はいくら報いても返せません」   

          中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻下                        1995・4・2

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