昔話の語り手と聞き手
ある処でアマチュアの日本舞踊“羽衣”を観賞し、わたしは若い
天女の舞に惚れた。幕間の休憩時にロビーに出ると、その若い天女
が一歳ほどの男の子をしっかり抱いていた。天女は母親だったので
ある、思惑のはずれたわたしの心は微妙に揺れた。
昔話の語り手と聞き手は表裏一体である。人は語り手にも聞き手
にもなる。語り手は昔話の思いを伝え、聞き手は語り手の思いを受
け止める。語り手は聞き手が、聞き手は語り手が好きになって、心
が交流し昔話が継承される。だから昔話の語り聞きは理性的より感
情的であり、語り手と聞き手の間に微妙な感情の揺れが生まれ、隙
間ができれば心の交流は消え、昔話は継承されない。
ドイツの女乞食の話を本にまとめた学者が後にその乞食の行方を
尋ねたら女乞食は放浪の末、山小屋で凍死していた。その時、学者
はこのお婆さんからいろんな話を吸収し本にすることができた。し
かし、いま自分(聞き手)はこの死者(語り手)を前にして何もし
てあげることができなかったと述懐したという。(瀬川拓男「民話=
変身と抵抗の世界」236頁参照)語り手を採話の対象としてしか見て
いなかった聞き手の後悔であろう。
女乞食(語り手)は学者(聞き手)に昔話を語ったが、学者は昔
話を聞くばかりで、女乞食に何もしなかった。昔話は語り手と聞き
手の心が交流して継承される。この学者の自戒は聞き手と語り手が、
互に敬意を持たなければならないことを示している。
語り手と聞き手は互いに好き合う仲であり、互いに敬意を持ち合
う仲でなければ昔話は継承されない。
“八十歳八十語り”は8月6日(8回)で終了しました。長い間、
ご支援有難うございました。
2006年9月 寺内重夫