41 書承昔話の語り手
昔話の「聞く」と「語る」は一体であった。それが、近来かっての聞き手が語り手となって伝承する昔話が少なくなり、昔話消失を憂いた人々が隠れた昔話伝承の語り手を訪ね、昔話保存を図ってきた。それで昔話の「語る」と「聞く」の分離が始まり、昔話は伝承者、採話者、研究者、昔話を文学とする再話者、昔話を書承する語り手、昔話を楽しむ聞き手に分れた。
書承の語りは吟味し練った言葉で文字化された再話昔話を一字一句間違いなく声に変えることではない。たとえ言い違い、言いつかえがあっても、語り手のありのままの自分のことばで文字化された昔話を文字化されない語りに変えて聞き手の心へ届けることである。
昨年、長野県飯山地方の昔話採訪で小菅神社のゆかりの人から母に聞いた話として、先代宮司の置き忘れた脇差が石の上で自ら蛇となり、他人に持ち去られるのを防いだという話を聞いた。語り手のこの誰かから直接聞いたという昔話体験が聞き手の心に昔話を伝えるのである。だが、何時か何処かで何かの本で覚えた書承昔話の語り手にはこの昔話体験がない。
昔話体験のない書承昔話の語り手は文字化された昔話を生死を越えた非日常の昔話として自分の言葉で語らなければならない。その時、聞き手は昔話体験をし、書承の語り手は口承昔話の語り手になるのである。 (2004・5・1)