39 昔話の採訪と語り
“民話と文学の会、長野県飯山地方昔話採訪”に私は夫婦で参加した。(03・8・17〜20)
参加したと言っても単なる聞き手として、語り手や採話者の得がたい話を聞くだけで採話はせず、採話にかかわる手作業も勘弁して貰った。それで周囲に迷惑をかけたと思う、汗顔の至りである。
本来、昔話の「聞く」と「語る」は一体化していた。それが近来、かっての聞き手が語り手となって伝承する昔話が少なくなり、昔話消失を憂いた人々が隠れた昔話伝承者を尋ね、昔話を聞きその保存を図って来た。そしていやおうなしに昔話採訪者(聞き手)と語り手の分離が始まった。
そして昔話の採話者を含む昔話研究者と昔話を文学とする昔話再話者が生まれ、それを読んで語る昔話書承の語り手が生まれた。こうして昔話の周辺は伝承の語り手、研究者、再話者、書承の語り手の四者の共生となり、本来の「聞く」と「語る」は本質的に変わりつつある。最も遅れて生まれたのが書承の語りであり、その確立が急がれていると言っても過言ではあるまい。
Yさんは先代の宮司が石の上に置き忘れた脇差が自ら蛇となり、他人に持ち去られるのを防いだという話をしてくれた。そしてこれは母から聞いた話で事実だと言った。書承の語り手にないのがこの伝承の語り手の昔話体験である。語りを伝承した語り手の心底には その語りを聞いた「むかし」があってそれが聞き手の心に響いて来るのである。だが書承の語り手には何時か、何処かで、何かの本で読んで覚えた「昔ばなし」しかない。だから書承の語りは子どもに「それ、本当のはなし?」と問われるか、「フーン」と軽くいなされてしまうのである。
書承の語り手には伝承の語り手の心底にある「むかし」に対応する昔話体験が欠けている、その昔話体験を獲得することがいま書承の語り手に求められているのではないか。 (03・8・31)