34 昔話と個の確立
昔話は語り手が語り、聞き手が耳を傾ける。だが、人は語る、聞くのどちらかに偏っては“個”を確立できない。
姜淑珍さん(1932-)は中国沈陽市の語り手である。十歳年上の夫との結婚は望んでいなかったが、失明した母を抱えやむおえなかった。しかし「昔の百姓は、楽しみが何もなくてね、くだらない話や昔話をよくしたものです、わたしが一つ話すと、夫も一つ、わたしが三つ話すと、夫も三つ話しました、しまいには競争して話しっこしたもんです、こうして長い間にわたしら夫婦の仲もよくなりました」(『姜淑珍故事選』前書き)と言っている。
これは姜淑珍さん夫妻が昔話を通して互いに語り手、聞き手になりながら自他を認め合い、その上で築いた夫婦愛なのであろう。
人はある時は語り手、ある時は聞き手となりながら成長し自他を認め合う“個”を確立するとすれば、昔話がその役割の一端を担うところがあるかもしれない。
唐突だが、いま日本で夫婦別姓の論議が盛んである。夫婦一体というのは昔のことで、いまや夫も妻も“個”として認め合うべきだというのである。そこに、語り手となり聞き手となる夫婦の人間模様があるのは言うまでもないであろう。(1994年9月)