33  「内的体験」と「語り体」       

 昔話の語り手は昔話のなかに、かって自分が聞き手であった昔の体験を刷り込んで語る。だから昔話の語り手は役者のように自分が牛方や山姥になって語るのではない。かって聞いた昔話の牛方や山姥を思い出しながら語るのである。心の奥に隠されている自分の昔の体験に動かされて語るのである。少なくともそういう「内的体験」なしに語っても、人は昔話によって“たましい”を慰められることはないだろうと思う。        

 昔話の語り手は昔話を“ことばと声”でつくりだす「語り体」で語る。だから、昔話の語り手は物語の書き手が“言葉と文字”で表わす「文体」で語るのではない。昔話を自分の体の奥でつくりだす“ことばと声”で語るのである。少なくともそういう「語り体」なしに語っても人は昔話によって“たましい”を慰められることはないだろうと思う。
                                                             (1994年5月)

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