30 昔話とは何か(二)
新田小太郎さん、今 義孝さんのお話をお聞きした。ともに75歳、太平洋戦争に下士官として従軍、ニュ−ギニアで終戦、27歳であった。
新田小太郎さんは、40人の傷病兵と互いに昔話を語ったと言う。新田さんは“蛙女房”が蛙の姿で“ピッタン、ピッタン”と帰っていったと語った自分の声の響きを、その地で亡くなった人とともに今も忘れないと言う。わたしがふるえたのは、“蛙女房”がいたのは昔、人間と生き物が一緒に暮らしていたからと言われた新田さんの目を見た時である。
今 義孝さんは、入ったら二度と出て来られないジャングルに現地人二人と他の部隊に連絡に行かされた時、幼い頃“ばあちゃん”に聞いた“姥捨山”の昔話を思い出し、枝を折るかわりに、木の幹の皮を現地の山刀で削って行き、無事その任を果たして帰ったと話された。幹の皮を剥がしたあとが夜目にも明らかであったとは感動的である。
新田小太郎さんは“年寄りばば”に聞いた昔話を他者に語り、今 義孝さんは“ばあちゃん”に聞いた昔話を自身に語ったのである。
“聞いた昔話”をどう受け継ぐかが伝承ならば、もっと聞き手のありようを考えねばならぬのではないか。お二人のお話を伺いながら、わたしはまたしても“昔話とは何か”を考えずにはいられなかった。(1993年8月)