19  昔話と非日常の心      

 昔話は日常の話ではない。昔話を語り聞くのは日常のなかに非日常を持ち込むことである。だから、語り手、聞き手はともに非日常の心でなければ語り聞く世界は生まれない。      

 済南に独りいると、私の非日常の心は淋しさであり、遠く離れた旅の心である。昔話は非日常の心で語り聞くのである。哀しみ、嘆き、恋しさ、人それぞれに秘めたる非日常の心で語り聞くのである。      

 世俗的な日常のなかで、秘めたる非日常の心の表出を恐れていては昔話を語り聞くことはできない。
                                                            (1991年5月)

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