11  昔話を体験する      

 昔話を語り聞くことは昔話を客体とすることではない。昔話をそのまま内的に追体験するのである。自ら牛方か山姥かを体験するのである。だから昔話は覚えて語るものでも、聞いて覚えるものでもない。      

 語り手は昔話の中に自分を内在させ、個性化し、それを伝承してきたのであって、昔話を伝承の客体として墨守してきたのではない。      

 伝承を墨守に捉え、昔話を覚えて語り、聞いて覚えてはならない。昔話は体験するものである。そうでなければ、ひとりひとりに如何なる世界に生きているかを知らせてはくれない。     

 昔話は人の内的な体験を語っているのだ。(1991年1月)

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