7  昔話を語り聞く世界      

 昔話を語り、聞く、それを私は一つの行為だと思っている。昔話の語り手は語りながら自らも聞き、聞き手は昔話を聞きながら自らも語っているのである。語り手、聞き手は、それぞれに語り、聞く、異なった行為をしているのではない。昔話を語り聞くという一つの行為を共有しているのである。      

 何故、語り手と聞き手は昔話を語り聞くことができるのであろうか。それは語り手が昔話に託して自分の心の内部を語り、聞き手が自分の心の内部で昔話を聞くからである。昔話は語り手と聞き手の間で語り聞く心の内部の一つの秘め事だからである。      

 昔話を一つの秘め事として語り聞くのは、語り手も聞き手も心の内部にそれぞれの秘め事を持っているからである。人の根源的な心の世界を共有しているからである。      

 人は互いに根源的な心の世界を共有することを恐れ、最も現世的な世界だけを共有して生きようとする。そこに昔話を語り聞く世界が広がることはない。だから昔話を語り聞くことは、非日常的なことなのだ。(1991年1月)  

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