1  去る昔……      

 「去る昔、在りしか無かりしか知らねども在ったとして聴かねばならぬぞよ」      

 これはもう信じられなくなった昔話に、なお人々が愛着を持っていたから生まれた言葉であろう。声に出して言えば、昔話を楽しむ爺婆と子供の姿が目に浮かぶ言葉である。      

 世の中が進んで人の知恵がいろいろ働き、人が昔話を信用しなくなっても昔話が語り継がれてきたのは、語り手と聞き手の間に交わされたこの暖かい言葉があったからではないかと思う。      

 もう子供が昔話をまるまる信じていなくなっても爺婆とこういう約束をしたうえで同じ昔話の語りを何度も繰返し爺婆にせがんだのも子供が語りの中に人の心の奥の暖かさを感じていたからであろう。      

 それから言えば語りは“何を”より“如何に”であるが人の心の暖かさは人の無意識の世界にまで根をおろした昔話でなければ伝わらなかったのである。より視覚化された今の世であればこそ昔話は語られなければならない。そうでなければ人々は語り手と聞き手との繋がりを失い、心の奥底に流れるこの暖かさにふれることもなくなり、昔話もまた忘れられていくに違いない。私はそれを虞れる。(1985年7月)     

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