
キリギリスの神画
ずっとずっと昔、鉄蛋という子供がいました。十歳の時に両親が死んで孤児になり、仕方なく村の長者の笑面虎の羊飼いに雇われました。鉄蛋は小さい時からいい声でどんな山の歌でも歌えました。鉄蛋が歌いだすとその声があまりにも美しいので、虫たちは鳴かなくなり、鳥たちも囀かなくなるほどでした。それで四郷八村の人々はみんな鉄蛋の歌を喜び、親しみを込めて鉄蛋を“小山歌”と呼びました。
ある日、小山歌は羊の群れを綺麗な水の流れる緑の草地に連れて行きました。羊は緑の中に点点としてまるで白い花のようでした。それを眺めながら小山歌は腰に手をあてて朗々と歌い始めました。すると向かいの山から白い髭のお爺さんが下りて来て、小山歌の前に微笑みながら近づき「小山歌、お前の歌に深く感動した、わしは子供のいない天涯孤独の年寄りで寂しい暮らしをしている、どうだお前、わしに毎日その美しい声を聞かせてくれないか」と言いました。小山歌はお爺さんが可哀相になって、「お爺さんが楽しく聞いてくれるなら山の歌を沢山歌いますから任しておいて下さい」とお腹を叩いて答えました。
それからお爺さんは毎日小山歌の歌を聞き、小山歌は一年十二ヶ月三百六十五日歌い続けました。 春が過ぎて夏になりました。夏の真っ盛りのある日の昼、お爺さんは木陰の下で小山歌の歌を聞き終わると「わしのためにいろいろ歌ってくれて有難う、お前の歌声は本当にわしを楽しませ、幸せにしてくれた。わしはお前に何をお礼したらいいかな」と言いました。小山歌は礼を貰うつもりで歌っていたわけではないので「お爺さんが喜んでくれただけでわたしはいいのです、お礼なんかいりません」と無愛想に答えると、お爺さんは小山歌の肩を叩きながら、ニッコリ笑って「お前は本当にいい子だ、礼がいらないならそうしよう。だがわしは明日用事で遠くへ行き、何時帰れるか分からない、もう一生会えないかもしれないから記念に絵を描いてあげよう」と言って、懐から筆を袖から一枚の紙を出すと平たい石の上に置き、サッサッと生き生きした緑色の白菜を描きました。
白菜は本物そっくりで小山歌は驚いて口を開けたままじっと見つめました、お爺さんは、「ハハハ、ハ」と笑い「よく描けているかな?」と聞きました、「こんな上手な絵、見たことありません」「それなら、お前この絵の上に何を描いたらいいと思う?」そう聞かれた時、小山歌の足元の草からキリギリスが跳んだので「白菜の上にキリギリスがいるともっといいですね」と答えました。「そうか、だが、キリギリスがいないな」「大丈夫です、わたしが捕まえます」小山歌はそう言うと、そっとしゃがんで草むらを探りキリギリスを捉まえてお爺さんの手にのせました、するとお爺さんはこともなげにそのキリギリスに「ハッ」と気合をかけるとキリギリスは描かれた白菜の葉の上に張り付いてしまいました。上を撫でても平らでした、そして気がつくとお爺さんの姿は見えなくなっていました。
小山歌はお爺さんは神様ではないかと思いました。 小山歌は白菜とキリギリスの絵を自分の寝ている小屋へ持って帰り、よく見える所にかけ、暇があったり退屈するとその絵を見ました、何時も白菜とキリギリスは生き生きして本物のようでした。ある日の朝、絵を見ると白菜の上のキリギリスがいません、何処へ行ったのかと辺りを見てもいません、小屋のすみっこにも外にも見当たりません。小山歌は急に悲しくなって「神様、神様、キリギリスがいなくなってしまいました。アア、今度、神様にお会いした時、何とお詫びしたらいいか」と何気なく絵を見て思わず笑って嬉しくなってしまいました、いなくなったと思ったキリギリスは何時の間にか白菜の下にいたのです。小山歌はホッとして羊を放しに行きました、羊を山の上へ連れて行くと、朝は晴れていたのに、しばらくして雨が降ってきて夕方になるとやみました。
小山歌は小屋へ帰って絵を見て思わずアッと叫びました、不思議なことにキリギリスはまた白菜の上にいるではありませんか。こうしたことが何回かあり、小山歌はキリギリスが白菜の下に動いた時は雨が降り、動かない時は雨が降らないことに気がつきました。
ある時、キリギリスがまた白菜の下にもぐっているので、小山歌は一緒に働いている男たちに「今日は雨が降るから山へ行くには蓑をつけて行ったほうがいい」と教えてやりました、ところが男たちは信用せず、笑いながら「お前は歌は得意だが、天気を見るのは素人だな、雨は厚い雲が運んでくるんだ、昨日は雲もなく日が沈んだ、今日もまたいいお日様がでている、空にはこれぽっちの雲もない、これでどうして雨が降るんだ。何を馬鹿なこと言ってんだ」とみんな大声で笑いました。小山歌は「みんながそう言うならいいけどその時になって俺を恨まないでよ」と言って自分は蓑を着て山へ行きました。
ところがまだ一休みもしないうちに、俄かに東南の空に黒い雲が涌くとみるみる広がり雷が鳴り、大雨がザアザア降ってきて男たちはみんなずぶ濡れになってしまいました。不思議に思った男たちが小山歌にどうして今日雨が降ると分かったのかと、そのわけを聞くので小山歌は今までの事をみんな話しました。それで男たちは小山歌がキリギリスの神の絵を持っていることを知りました。
この事が一から十、十から百と人々に伝わり、やがて笑面虎の耳にも入りました。笑面虎はこんな天下の宝物がわしの所に来るなんて運がいいなと、早速小山歌を呼び、作り笑いしながら「小山歌、お前はキリギリスの絵を持っているそうだが、本当か?」と聞きました、小山歌が頷くと笑面虎は嬉しくなって「そのキリギリスは毎日お前に雨が降るか降らないか教えてくれるのか?」「そうです」と小山歌が答えると笑面虎は世に稀なこの宝物を何とか手に入れようと「小山歌、お前の破れ小屋じゃあ、風が吹いたり、雨が降ったりすりゃあ宝の絵は濡れてしまい、ほうっておけばキリギリスの呪いも効き目がなくなってしまう。わしの家へ持って来ておいた方がいい、わしがしまっておいてやる」「私の絵なのにどうして、旦那の家へ持って行くのです?」「わしが欲しいんじゃない、預かってやるんだ」「でも旦那の家へ持って行けば私は絵を見られませんから駄目です」「ならお前に金をやるから絵を売ってくれ」「あの絵はお爺さんが記念にくれたんですから、どんなにお金を積まれても売りません」と小山歌が言うと、笑面虎は絵を売れと三千六百回も言いましたが、小山歌がどうしても売らないと言うと目玉をギョロリとさせて「硬くねじれた瓜は甘くない、お前が売らないと言うなら、わしも無理にとは言わない、分かったから帰れ」と言いました。
小山歌はまだ若く世間の知恵も薄く、売らないと断れば事はこれで終わったと思っていました。ところが笑面虎はそんなことでは引っ込みません。ある晩、笑面虎はそっと小山歌の小屋に忍び寄り窓から中を覗き、小山歌が腕と足を投げ出してぐっすり寝こんでいるのを見ると、戸を開けて中に入り宝の絵を盗み出しました。家へ持って帰り見てみると、確かに白菜は本物そっくり、キリギリスは生きているようでした。笑面虎は喜びその夜のうちに下男たちに馬車を用意させると北京に走らせました。皇帝に宝の絵を献上して朝廷の高官になろうという魂胆なのです。一日足らずで北京に着くと、早速宝の絵を皇帝へ献上しました、皇帝はその生き生きした絵を見て喜び、笑面虎から宝の絵の不思議な効用を聞くとますます喜びました。そして宮中に宝の絵をかざりその不思議な効用を試すことになり、笑面虎は高官に封ぜられるの待っていました。
さて、小山歌はあの朝、目を覚まして何時ものように壁の絵を見ると、影も形もありません。初めは誰かがいたずらに宝の絵を持ち出したのだろうと思って、張小父さんにも李さんにも聞いてみましたが二人とも知らないと首を振りました、他のだれかれにも聞きましたが分かりません。でも宝の絵は誰かに盗まれたのです。小山歌はまさか万貫の金持ちの笑面虎の旦那の仕業とは思えず、誰に盗まれたのかと思い悩んで眠れず何も食べられなくて、どうしていいか分かりませんでした。それで小山歌は羊を連れて山へ行き、木の下の青い石に座りしょんぼりと宝の絵を思い出していました。
するとあの白い髭のお爺さんがまた向かいの山から下りて来て、笑いながら「小山歌、一年あまりも会わなかったがどうした、歌わないのか」と聞きました。小山歌はお爺さんの胸にすがり泣きながら、絵がなくなったことを話しました。お爺さんは怒って「わしはあいつが酷い事をしやしないかと心配していたんだが、やっぱりな」「お爺さんはあの絵を誰が盗んだのか知っているのですか」「ああ、お前の主人の笑面虎だ」「旦那がどうして」「金のある奴は悪者が多い、小山歌、心配するな、わしがすぐ同じ絵を描いてやる、そしてその絵を北京の皇帝に献上してあいつを成敗してやるのだ」お爺さんはそう言うと袖から紙を出し懐から筆をとり、紙を平たく青い石の上にひろげサッサッと白菜を描き、空中から手で一匹のキリギリスを掴み出すとこともなげに紙の上に投げ出しました、するとキリギリスは白菜の上に貼りつきました。
小山歌はたちまち嬉しくなり「お爺さんは神様ですか」と聞きました、「実はわしはここの土地神だ」「エッ、お爺さんは土地神様だったんですか」小山歌は驚いてその場に跪き叩頭の礼をしました。土地神は「まあまあ」と小山歌の手をとり「わしが北京まで送ってやる」と言うと小山歌を雲に乗せ、一飛びで北京に着くと土地神様は消えてしまいました。小山歌は宝の絵を持って皇宮へ行き、皇帝に献上したい物がありますと奏上しました。皇帝は昨日は宝の絵を献上する者が来て、今日また何か献上する者が来たと聞いて喜び、小山歌を皇宮へ入れました。小山歌は金の階段の下に畏まると皇帝は「して何を献上するのだ」と聞きました、「宝の絵でございます」皇帝はびっくり、また宝の絵かと絵を広げさせると前と同じ白菜とキリギリスの絵でした、「これがどうして宝の絵なのだ」「絵のキリギリスが白菜の下に動くと雨が降ります」皇帝はますます不思議に思いました、おかしい、二つは同じ絵で霊験も同じ、天下にこんな不思議な事があるかと、臣下に命じて二つの絵を並べて掛けさせどちらに霊験があるのか観察してみました。
三日たたないうちに小山歌の絵のキリギリスは白菜の下に動き雨が降りました。それから笑面虎の絵を見るとキリギリスは動いていません、それに白菜もしなびています。皇帝は笑面虎を皇宮に呼びつけました。 さて、笑面虎は毎日雨の降る日を待っていましたが、やっと雨が降りしかも皇帝の宣旨があったので、これはあのキリギリスが白菜の下に動き雨が降ったから皇帝がわしに賞を与えるために呼んだのだと思い、高官になって美人の妻を娶り、山海の珍味を食べ、名山を訪ね大河に遊び、栄耀栄華を極められる、もうすぐ夢が叶うと喜んで皇宮へ行き、皇帝の前に跪き「雨が降りました、どうかお褒めの賞を」と言いました、皇帝は怒り「お前は偽の絵を献上したのにまだ賞を得ようというのか、恥知らず奴、お前にやるのは屁官だ」と言うと、笑面虎は皇帝が怒っているのも知らず、屁官が何の官名なのか分からないので「皇帝さま、屁官というのは何の位ですか?」と聞いてしまいました。
これを聞いた皇帝は顔をしかめ、傍にいた小山歌はおかしくなって笑ってしまいました。笑面虎は様子がおかしいと頭を上げ、絵を見てびっくり仰天、ひっくり返ってしまいました。皇帝は目をギョロリとさせ、「笑面虎、お前はわしを騙したな」と言うと、笑面虎は小さな目をクリクリさせ、小山歌を指差し「皇帝さま、騙したのは私ではありません、あいつです」と答え、皇帝が「どうしてだ」と聞くと笑面虎は「皇帝さまお許し下さい、この絵はあいつの物で私はあいつの小屋から盗んだだけですから」と言い逃れようとしました。
それを聞くと皇帝はもっと怒って「貴様、大胆不敵な言いざまだな、これでこの絵が霊験を失ったのはお前の盗人根性が移ったからだと分かった。誰か来い、こいつの首を斬ってしまえ」と言いました。 こうして笑面虎は人を陥れようとして却って命を失い、小山歌は高官に封ぜられて貧しい人々に善政を施しました。 薛天智故事選