飯はよく食べ話はよく聞け
昔、ある所に陳という長者がいた。ある日、道教の僧が来た、金持ちはよく占いを聞きたがる。早速、陳長者は占いの道士に卦をたてて貰いながら、おしゃべりをした。
陳長者の家には10歳の時に借金の肩代わりに連れて来られた茶男がいた。
茶男はもう20歳を過ぎていて、食べ物は余りもの、そのうえ腹一杯は食べさせてもらえないと言う。それを聞いた道士は、それはひどい話だと言った。「お前、外に出たくないのか」 「外に出られないのです」 「外にでればいろいろあって金も稼げるし、好きなだけ飯も食える、わしが、いいことを教えてやるから覚えておけ、<飯は腹一杯食べ、他人の話をよく聞き、宿は高所、低所に泊まらない、友の衣を着ても、友の妻を求めるな>と言うのだ」 「はい、覚えました」 「この財布に10両の金がある、これを持って行け」 「はい」こうして茶男は道士に助けられて長者の家を出た。
夜になって長者が「茶男はどうした、こんなに晩くもう寝る時間だというのにいない」と言うと道士は「こんな大家にまだ茶男がいるのか、ほっとけばいい、20歳を過ぎた茶男が家の奥に出たり入ったりするのはよくない」と言った。こうして茶男は道士に陳明と名づけられ、長者の家を出てしまったのである。
家を出た陳明はある所の宿に泊まった、金もあり、飯も腹一杯食べた。陳明は同宿した人に「ここは高い処ですか低い処ですか」と聞いた、「低い処です」 「えっ、すぐ起きなさい」 「何です」陳明はこの人の手をひき、慌てて高い丘に走って行った、やっと丘の上に着くとすぐ遠くから“ドウ−”と響く音がして天は地を覆い、水が滔々と溢れ、あたり一面は大水に沈んでしまった。陳明は「逃げなければ溺れて死んでいました」と言った。
二人はそこに座って大水を眺めていた。「あなたの名前は」 「わたしは陳明と申します」 「わしは王懐、陶工です、あなたはわしの命を救ってくれた、義兄弟になろう」と二人は手を握り、王懐は義兄、陳明は義弟となった。
王懐は「お前行く所がないなら、わしの所に来い、わしの窯で働けばいい」と言って陳明を家に連れて行った。王懐は50歳を過ぎていたが、妻はまだ20歳を過ぎたばかりであった。
王懐は妻に「これはわしの義弟でわしの命の恩人だ、よく面倒みてくれ」と言った、「わかったわ」王懐の妻は陳明に部屋や衣食を用意し、衣服を替えさせた。
1ケ月ほど過ぎて王懐が煉瓦を売りに出かけた。王懐の妻は陳明に気があり夫の留守に、女中に食事を作らせ陳明を母屋に招いた、陳明は王懐の妻に食事に招かれて行かないのは失礼だと思いすぐに行ったが、食卓に二人の箸と盃が用意されているのをみると、 “これはまずい、夫婦ではないのだ、道士は<友の衣を着ても、友の妻を求めるな>と教えてくれた、口をつけまい”と思ったが、食べないのも不自然だとふた口食べ、酔ったふりをし、目を閉じて椅子に崩れるように座った。王懐の妻は喜んで女中に表門をしめさせ、すぐ陳明の手をひいて床に誘ったが陳明は応じぜず、目をあけ「義兄が留守なのに何をするのです、いけません」と言った。王懐の妻は夫に知られたら大変だと慌て、女中に話すと、女中は悪知恵をだして「殺せばいいです、窯焚きに陳明をつかまえさせ山の窯で焼き殺し二度と生き返らせないのです」女中はすぐ窯焚きとしめしあわせた、実は王懐の妻は窯焚きとも通じていたのである。
何日か過ぎて王懐が帰って来ると、陳明は王懐に「郷里の様子を見てきたいから明日の朝早く立ちます」と言った、「送って行こうか」 「いいです」王懐も帰ってきたばかりなので送らないことにした。家を出た陳明が山の下に通りかかると、山の一角からひそひそと誰かの話が聞こえてくる、陳明は道士が<話はよく聞け>と言った言葉を思い出し、何の話かと山道から山の上に回って様子を見ていた。
話変わって、陳明を焼き殺すことを窯焚きに頼んだ王懐の妻は心配になり「あたし、見てくる」と言うと女中は「男のなりをして行ったほうがいい、誰かに見られるといけない」と言った、そこで二人は男のなりをして出かけたが、しばらく歩くと王懐の妻は女中を待たせ、一人で山の下の窯へ行くことにした。
さて、窯焚きは陳明が山の下を通るのを待ち伏せしていた。そこへ人が来た、窯焚きは仲間に「来たぞ」と言うと、男のなりをした王懐の妻を陳明と思い、頭に布を被せると抱えて走り、窯口を開け燃えさかる炉の火の中へ“サッ”と投げ入れた、王懐の妻は「あたしじゃない、あたしじゃない」と叫んだが焼け死んでしまった。
陳明は山の上でこの有様をずっと見聞きしていて、空が明るくなってから山を下りた。すると窯焚きに焼かせていた陶器の焼きあがりを見に来た王懐と遇った。「お前まだここにいたのか」と王懐が言うと 陳明はいままでのことをはじめからおわりまでみんな話した。
窯焚きが陳明を見て驚いていると、そこへ女中も来た、一体何が起きたのだ、窯焚きも女中も話さないわけにはいかず、みんな話した。王懐は「死んだのは妻だ、自業自得だ」と言った。
こういうわけで<飯はよく食べ話はよく聞け、友の衣を着るとも友の妻を求めるな>の言葉が残ったのである。
中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻下 1995・2・22