とどのつまりは誰のせいか
林婆さんは24歳でやもめとなったが早婚だったので、息子と二人の娘がいた、姉は風英、妹は風琴。息子は黒龍江の伯父の家に行ってその村の小さな工場で働き、二人の娘は母親と畑仕事をしていた。
風英は村の陳大明と恋仲であった。 3歳で母を亡くした大明はウンチ、オシッコの小さな時から父親に育てられ、僅かな金を残すのも容易ではなかったが 7,8百円は持っていた。林婆さんは大明に娘と結婚するならと、金を要求していた。なぜ金が欲しかったかというと、息子の嫁を迎える時の金を手もとにおいておきたかったからである。
間が悪いというかこの時、息子にも結婚相手できていて、手紙で金を請求してきた。林婆さんは「風英、陳さんから金をとりな、陳さんは貧乏じゃないよ、金持ちだよ」と言いすぐに
8百円を持って来させた、陳家は父親と息子の二人きりなので女手がほしい、男は妻がいなければ家の主ではない、だからすぐにでも大明は結婚したかったのである。風英がその金を
1銭の物すら買わずに全部母親に渡すと林婆さんはその金を息子の嫁の家に渡すようにと兄に送ってしまった。
3,4 か月すると林婆さんの兄はあと 5百円いるから工面しろ、工面できなければ破談だと手紙をよこした、林婆さんは息子の結婚が破談になるのを恐れてまた風英にそれを話した「おっかさん、大明は金持ちじゃないのよ、もう出せないわよ」 「たくさんじゃないよ、
3百円でいい、 2百円はわたしがなんとかするから」それを聞くと妹の風琴は「嫁さんが来ないなら兄さんは一生独りでいればいいのよ、そんなに高い金をださせるなんて、どんな娘なの、やらない、お金がない」 「風琴、お前も大きくなって、やがて結婚するんだから、早く相手を探してお金をとって兄さんに送ってやりな」 「おっかさん、あたしを売ろうというの、一人息子にも嫁が迎えられないくせに、わたしは知らないわよ、二人の娘を踏み台にするなんて、娘が二人いなければ、どこの息子も一生独身で暮らすわけ」風琴は母を恐れず、母を罵り出ていってしまった。
すると林婆さんはまた風英を責めた「駄目よ、あの人はお金がないから」 「お金がないなら、結婚させない、嫁に行かせないよ、これは破談だ、あたしが別の婿を探してやる」 風英は泣きながら大明の所に行って話した。「あんたのおっかさんに借りられないかな、俺が秋までに金をためて払うから」と大明が言うと、陳爺さんは煙草入れの袋で靴の裏を叩きながら外からぶっきらぼうに「林婆さんは全くひどい人だな、ああだこうだ言って、まだ金が欲しいのか、大明、今はないが秋には 5百、全部払うといってやれ」と怒鳴った。風英が家に帰って母親にこれを話すと、大明の嫁にはやらない、別な男を探すと怒りだした、風英は家の門の敷居にしゃがんで泣いていた。
妹の風琴が帰ってきて「どうしたの」と聞いた、風英が話すと風琴は「あんた、いくじなしね、結婚届けをだして、新婚旅行にハルピンへ行ってしまいなさいよ、いやでもわたしが出してやる」と風琴は姉を無理やりに大明の家に送り出してしまった、母親は怒り 「勘当だ、もう帰って来るんじゃないよ」言ったが、風英は出ていき大明に「わたしたち結婚しなければだめよ、わたしもう妊娠しているのよ」と言った、大明は林婆さんが知ったらもっと怒ると考えたが、そうなればなったでいいと心に決めて結婚した。
数ヵ月して、ちょうど杏の花が咲いた時、無事に女の子が生まれた、陳大明は「俺たちは杏の木の下で結婚の約束をし、杏の花が咲いて女の子が生まれた、この子に杏花と名をつけよう」と言った。「いいわ」だが妻の顔色が悪い「病気じゃないか」 「なんでもない」 「おとっつあん、すぐ人民公社の車を呼んでくれ、病院に連れて行く」病院に着いたがすでに重病で、急いで応急処置をした。
それを林婆さんが聞いて風琴を連れて来た、近所の人が病院に行ったと言うので二人は病院に急いだ、二人が病院につくと病院の李看護婦は風琴を知っていて「姉さんは手遅れだった、早く来れば治ったのに、どうして早く来なかったのかしら」と言った、風琴は “お金をみんな母親にとられてしまって”とは言えなかった、姉は産後の肥立ちが悪くて死んだのだ。すでに風英は霊安室に安置されていた、林婆さんは泣いが埋葬するしかない。 林婆さんは陳家に行き、娘のことは何も言わず、箪笥から結婚した時の品物をとり出した、風琴は母親のやり方を見て姉さんは死んだけれど、子供までいたのにそれではあんまりひどいと思い「陳爺さん、心配しないで、杏花はわたしが連れていくから」と言った。 「駄目だ、大明はわしが小さい時から育て、今やっと子供ができた、あんたらには渡さない」 「それならわたしがここでこの子の世話をするわ、おっかさん何でも持って行っていいわよ、わたしは姉さんの家を守る、それでどう、駄目なら仕方がないわ」大明と陳爺さんは何も言わなかった。
風琴は動かず、林婆さんが何といってもいうことを聞かなかった。 こうなったのは誰のせいであろうか、風英か、風琴の兄か、それとも林婆さんか。
中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻下 1995・2・12