世間に善人なし

 咸豊年間のこと、挙人になった学生(地方試験に合格した学生)が北京に科挙を受けに行ったが失敗した。学生は気を落として帰途についたが自分の家が裕福でもないのに学問させてくれたことを考えると帰るのが面目なく、往きは一か月だったが、帰りは一か月半かかっても家には帰れず旅費も使い果たしてしまった。
 ある日、やむなく大きな道教の廟に宿を求めた。老僧はすぐ挙人の学生だとわかり、喜んでしばらく泊まるようにと迎えてくれた。この学生なら廟内を掃除させ、夜の“小便壺”の始末もさせられる、おまけに学生だから五経四書にも通じて話もあうだろうと老僧は考えたのである。

 老僧は「わしらは気が合うようだから、お前さんこの廟でわしの仕事を手伝ってくれ。お前さんに鍵も渡すがどうだね」と言って、五台山の拝礼の廟の仕事を頼んだ。老僧は五台山の礼拝はともかく、学生が家に帰りたくないらしいとみて学生の心を試そうと、わざと出かけてまたすぐ戻った。すると学生の様子は変わっていないので安心した、学生が「どうしたのですか」と聞くと老僧は「うん、わしにはまだ見てない経典がある、もし五台山の高僧がその経典について話して分からないと、小さなことだがこの廟には大きな恥になると思い戻って来たのだ」と言った。
 やがて学生が「ご老僧、わたしはこちらに来て手厚くしていただきましたがもう帰らなければなりません」と言うと、老僧は「お前さんが出て行きたいと言うなら引き止めないがもし家にいられなければ何時でも来ていいよ」と言い老僧は饅頭、餅や塩漬けの野菜などを学生にくれた、学生は別れを惜しみながら出て行った。

 ところが学生は二里ほど行ってまた戻って来た、老僧が「お前さんどうしてまた帰ってきたのだ」と聞くと学生は「いいえ、私の体に廟の草がついていたのです」 「草がどうしたのだ」 「これは道教の廟の聖地に生えていた草で普通の草ではありません、それをつけたままは帰れませんので草を戻しに来ました」これを聞いた老僧はこの学生には邪心がないと思って「わしは二十日か半月で帰って来るから、お前さんもう行かないでこの廟にいてくれ、他の者には廟が任せられないのだ」と言った。「いいですよ」 「この廟は天皇殿、地皇殿、人皇殿の三層になっていて、天皇殿の原始の神の体内には金銀財宝がある、この廟の道士はそれを知らないが、わしだけが知っているのだ、地皇殿、人皇殿にも貴重な絹織物や金銀やなどがあるがそのままにしてある、昔から何時も盗まれていたのだ、お前さんはわずかな草さえ持っていかなかった正直な人だ。お前さんは重い責任を感じなくていいからわしのために廟を守っていてくれ」と言って出かけた。

 学生は真夜中に目を覚まし老僧が持っている大金を考え、世間で言う通り坊主に孝行な子がないと言うのはもっともなことだと思うと、じっとしていられず、夜中で人気のないのをみるとこっそり抜け出して、鍵で廟を開けた。廟内は色とりどりに輝き、瑞気が漲り、ぴかぴか光っている。学生は中に入り金や宝石を盗みだし梯子で塀を乗り越えて逃げた。
 二日も逃げると、腹はすき喉は渇き疲れ果てた。やがてある村に着くと賑やな大きな家があり結婚式か葬式かわからないが大勢の人がいる、学生が宿を頼むと、家の者は挙人の学生なので母屋に泊めてくれた。
 この家では十八で夫を亡くしそれから二十年貞節を守り通した寡婦を貞節烈女と称え、牌楼を建て扁額を掲げ、笛や太鼓を奏し、豚を殺し羊を割いて、僧や道士、客を招いて祝っていたのだ。

 学生は腹一杯に食べ疲れて寝たが夜中に便所にたった、すると一人の僧が肉瓶から肉を盗んでいる、これを見た学生は道教では生ぐさが許されないのにひどいことをすると思った。しばらくしてまた便所に行った、こんどは別の道から行くと、ひそひそと話し声がする、よくみるとなんと貞節烈女の牌楼を建てたあの寡婦が梯子をかけて男を塀の外に送り出そうとして、二人は何度も抱き合っている、この真夜中に塀の外に男を送り出そうとしていれば、一目でその事情はかわかる。

 それから学生は寝床に横になっても、道僧は世間で尊敬され戒律を守る修行の人だ、それなのに人の前では菜食をよそおい、その裏で肉を食べている。二十年貞節を守った烈女と称えられた寡婦が真夜中に情夫と抱き合って別れを惜しんでいる、わしは孔孟の書を学ぶ学生で、廟の雑草さえ返したが結局は廟の黄金を盗んできた、この世のどこに善人がいるのだと思いめぐらして眠れない。

 学生は自分の包みを開け、筆と墨を出し「草を愛さず、黄金を愛す、道僧は生ぐさを食い、貞節烈女の寡婦が密会する、ああ、この世に善人なし」と書きおわると包みを持って外に出た。  

          中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻下                         1995・2・8

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