真珠商人
昔、武芸の強い男がいた。所帯を持ち子供も生まれたが暮らしは苦しく、とうとう、ある日、家には何も食べるものがなくなってしまい、男は仕事を探しに出た。あてもなく一日歩き回ったが仕事は見つからず、家に帰るよりしかたがなかった。
半道ほど戻った所で、男は一人の盗賊が真珠商人を襲っているのを見つけ、盗賊を殴ったり蹴ったりして追い払った。真珠商人は男に助けられて非常に喜び、幾つかの真珠を差し出したが男は何と言っても受け取らない。それでいて男はうかない顔をしているので、真珠商人は「お前さん、何か心配事でもあるのか」と尋ねた、男は家の事情を話し、仕事を探していることを話した。
すると真珠商人は喜んで「ええっ,それは丁度よかった、実はわたしは武芸の強い人を探していたのだ、わたしに代って真珠を売りに行かないか、お前さんが嫌でなければわたしの所に来てくれ」と言った、男はそれを聞き、稼ぐための仕事を探していたのだから、喜んですぐ承諾した。
翌日、男が真珠商人の家に行くと真珠商人は男に「いま大口の需要がある土地に商品を売りに行ってくれ、ただ期間が長く、だいたい三年ぐらいかかるが、家を離れることができるか」と聞いた、男はそんなに長く家を離れるのは、ひとりでは決められないと、家に帰って女房に相談した。
女房は「あなたが外の土地に商売に行くのはいいが、残されたわたしたち母子はどうすればいいの?」と心配した。男はまた真珠商人の家に戻り、女房の話をひと通りした。すると真珠商人は笑いながら「お前さんそれは心配ない、お前さんの家のことはわたしが面倒みる。燃料や食料、冬は袷、夏は単衣が着られるようにするし、金も二十両ほど用意しておくからいつでも息子に取りに来させればいい、金はこの商品を売って儲けた金で返してくれればいい。もし儲けがなければいらない、これはお前さんがわたしを盗賊から救ってくれた恩返しだ」と言った。男はそれを聞いて喜び、安心して旅に出た。
男が家を離れてから二日たって真珠商人は雇人に燃料や米などの食べ物、着る物を男の家に運ばせた。ところがそれっきりでそのあとは何も寄こさない。それどころかある日、息子が小銭を貰いに行くと、真珠商人は目を丸くして「お前にはお父っあんもお母さんもいるのに、どうしてわしに金をくれというのだ、こんど来たらただじゃおかないぞ」とおどかした、息子は驚いて泣いて家に帰り、このことを母親に話した。 これを聞いた女房は火をふいたように怒り「わたしの夫が行ったら三日もしないうちにもう気が変わるなんて、恩知らずの奴なんか殺してやる」と言うと、まな板の上の庖丁を持ち怒りに息をはずませ、真珠商人の家に向かって走り出した。
女房が門から走り出すと、そこへ乞食の老婆が哀れみを請いに来たのにぶつかった、年老いた乞食の婆さんは食べ物を貰う器ごと転び、ぶるぶるふるえながら起き上がると、 「あんたったら、カァ−となって何しに行くの?」となじると、女房はかがんで老婆を抱え泣き出して、ことのあらましを老婆に語った……聞いた老婆は微笑んで「あんた馬鹿ねぇ、その人を殺せば、次は誰かがあんたに恨みを晴らしに来るよ、もっと言えば人を殺せば死刑になるんだよ、そうなったら誰が子供をみるんだね、それより何年か我慢して旦那が帰えるのを待って、それから旦那に恨みを晴らして貰っても遅くはないよ」と言った。
女房は老婆の言う通りだと思ったが、それならわたしたち母子はどうして食べていけばいいのかと思った、すると老婆は女房の心をまるで見通しているように、続けて「あたしゃひとりぽっちで、行くところもなく、人に物乞いをして生きている哀れな老婆だが、あんたが嫌でなければ、わたしゃ、あんたを助けてあげたい、夜、あんたの所に泊めて貰えれば昼間はわしが物乞いして来る、あんたは家にいて刺繍した小さな袋を作り、わしがそれを売ってお金にして暮らせばいい」と言った、女房は老婆の話を聞いて、そうすればなんとかやっていけるかもしれないと承知した。
それから、老婆は毎日物乞いに行き、女房は家で忙しく刺繍の小袋を作った。でも不思議なことに老婆は毎日の物乞いでいい食べ物を持って帰って来たし、夏になれば単衣の着物、冬は袷の着物を持って来るので、変だ変だと思い、ある日、女房は老婆に「お婆さん、毎日何処へ行ってこんな美味しい物やいい着物を貰ってくるのか」と聞いた、すると老婆は笑って「ある村の金持ちがとても同情してくれて、沢山いい物をくれるんだよ」と答えた。女房はそれを聞いて、お婆さんがいい人に出会ったからだと、気にとめないことにして、またもとのように家で刺繍の小袋作りに精をだした。刺繍の小袋は老婆が毎日売りに行ってお金に換えてくるので、暮らしも楽になってきた。
やがて三年の月日が過ぎ男は商売で金を儲け帰って来た。門を入ると、女房も息子も元気で、息子が大きく立派に育っているのを見て喜び心の中で真珠商人が言っていた通りにしてくれたのだと思っていた。女房は亭主が帰ったのを見て胸にすがり、声をあげて泣き出した、男が「お前たちとても元気そうじゃないか、どうしたんだ」と言うと女房は頭をあげ目に涙を溢れるようにして「どうしていいものか」と、今までのことをすっかり訴えた。男はそれを聞くと二の句を告げず、大きな棍棒を提げ、真珠商人の家に駆けつけた。真珠商人は家のなかで飯を食べているところだった、男は門をは入るといきなり真珠商人に殴りかかった。
真珠商人は慌てて雇人たちを呼び、男を抱えるように押さつけた、男は怒りながら「あんた話が違うじゃないか」と真珠商人を問いつめた、真珠商人は落ち着いて「お前さん、いきなり殴らず言いたいことは言えばいい」と言って男の手をとり「お前さん見てごらん」と言った。
男はわけがわからず真珠商人について奥庭に行った、奥庭には瓦作り三間の母屋があり、窓はぴたりと閉まって静かである。
中に入ると真珠商人は壁にずらりと掛けてある刺繍の小袋をさして「見ろ、これはみんなあんたの内儀さんが作った物で、わたしが毎日銅銭二十枚で買ったのだ、わたしがこんなに沢山の小袋を何故買ったか、みんなあんたの内儀さんのためだ、お前さんが商売に行って三年、内儀さんはまだ若い、わたしの雇人があんたの所に米や薪に届け、しょっちゅうお前の内儀さんに会っていれば、長い月日のうちにはあらぬ噂もたつだろう。わたしは内儀さんのことを考えて、雇った老婆を乞食に変装させ、ずっと内儀さんと一緒に住まわせたのだ。老婆は毎日わたしの所に食べ物、飲み物を取りに来た、わたしは夏は単衣、冬は袷を渡し、銀三百両を使った。そしてお前の内儀さんが家の中で安心して刺繍の小袋を作り、変な評判にならぬように、また内儀さんが余計なことを考えず、あんたが帰るのをじっと待つようにしむけたのだ」と言った。
真珠商人がこう言うと男はやっと自分の思い違いがわかり、真珠商人の手を取り、「ああ、俺はあんたの本当の好意がわからなかった、俺を思う存分殴ってくれ」と言った。真珠商人は静かに男に「諺に“馬には乗ってみよ、人には添ってみよ”と言うではないか、これは小さなことでどうということでもない。今日はわたしたちの再会の日、そのうえお前さんは金を儲けて帰り、喜びが二つ重なった、お前さん、早く親戚を呼んできてくれ、みんなで一緒に飯を食おう」と言った。
それから男と真珠商人は親しく行き来して暮らしたと言うことだ。
中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻(中) 1995・1・11
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