淑娘と陸青(手なし娘)

 昔,崔という長者がいた、五十歳で妻を亡くし十六歳の娘淑娘と暮らしていた。淑娘は学もあり礼儀正しく父に孝養を尽くし、家事万端もよくした。淑娘が十七歳の時、長者は馬氏を後妻に娶った。

 馬氏は裕福な家の娘で今まで結婚せずにいたが、学問を身につけていたわけでもない。それどころか人柄も性格も悪く、長者の後妻になると崔家の家事万端を自由にしょうと、何かと淑娘を邪魔にし、穀物倉や金蔵の鍵を手に入れる算段にやきもきし、寝物語りにあることないこと何度も長者に話した。だが長者はその度にとぼけて相手にしなかった。
 馬氏は食であれ衣であれ困ることもなく、淑娘も礼儀正しく継母に仕えているのだからそれで満足すべきなのに、馬氏の悪心は改まらず、夜も昼もただ目の中の棘のように邪魔な淑娘を追い出すことばかりを考えていた。

 ある日、長者が外の用事を終えて帰って来ると、馬氏は困ったような顔をして「あなた、こんなこと言っていいかどうかわからないけれど」ときりだした、「わしら夫婦の仲だ、話があれば何でも話せ」「ええ、娘も年頃になれば縛っておくわけにもいかないけれど、この二日ほど淑娘の様子をそっと見ていると町中をウロウロ出歩いているのよ」「何かの見間違いだろう、わしの娘はそんな娘ではない」「あなた、わたしが後妻だからそんな悪い見方をするとでも言うの、わたしは崔家に入れば崔家の人間、崔家の血をひく娘の素行が悪ければわたしだって体裁が悪いわ、嘘だと思うなら明日向かいの茶館でお茶を飲んでるふりをして淑娘を見ててご覧なさいよ」と馬氏が言った。

 翌朝、長者は朝食をとるとすぐ向かいの茶館へ行って淑娘を見ていた。家にいる馬氏は戸棚から布を出して淑娘を呼び「あたしがお前の服を縫ってやるが、うちの鋏はよく切れないから叔母さんの家へ行って鋏を借りて来ておくれ」と言った、淑娘は「わかりました」と答えると急いで家を出て叔母の家へ行き鋏を借りて来た、馬氏はその鋏で寸法もろくに測らず布を切るとすぐまた鋏を返しに淑娘を叔母の家へ行かせた。
 淑娘のこの行ったり来たりする様子を茶館からすっかり見ていた長者は馬氏の話は本当だと思い、苛立って家へ帰るとすぐ淑娘を呼ぼうとすると馬氏はそれをさえぎり「あなた、女のことは男が話すより女のわたしの方がいい、あとでゆっくりわたしが淑娘に話しておくわ」と言った。長者はそれも尤もだと馬氏に任せた。

 それからまた何ヶ月か経ったある日、長者は人に招かれて酒を飲み、夜半に酒の匂いをプンプンさせ千鳥足で家へ帰ると、すぐ馬氏が出て来て「あなた、大変なことが起きたわ」と長者の袖を掴んだ。「何、何が起きたのだ」「あの恥知らずの淑娘に男ができ、子どもを生んで帰って来たのよ」それを聞いた長者は怒りと酒の酔いが一度にでて「わが崔家の家風を汚しおって、黙ってはおれぬ、わしが行って見て来る」と叫んだ。馬氏は手燭を持って先に立ち、寝ている淑娘の部屋に長者と一緒に入ると、淑娘の布団をまくった、長者が険しい顔で見ると、真っ赤な赤子が淑娘の傍らに寝ている。

 これは馬氏が長者が外から酒に酔って帰って来るのを待って好機到来と、叔母の家の黒猫を殺しその皮を剥ぎ、ぐっすり寝ている淑娘の布団の中へそっと入れておいたのだ。長者は酒に酔って朦朧としているうえ、暗い手燭でよく見えずそれを赤子だと思い込んでしまったのだ。
 長者は怒り狂って包丁を持ち出し淑娘を布団から引き摺り下ろした。寝ていた淑娘はいきなり恐ろしい顔をした父が目の前に立っているの見て驚き「お父さん、何をするの」と言うと、「わかっているのにまだ言うか、この恥知らず、崔家の家風をよくも汚したな。お前を殺してやる」と包丁を振り上げ斬ろうとすると、馬氏が押し止めた。
 長者が怒りに任せて淑娘を家の中で殺せばあとで人から何だかんだと言われる、それより淑娘を外で飢え死にさせた方がいいと馬氏は考え「あなた、淑娘は家風を汚したのだから許されないが、それでも淑娘はあなたの血肉をわけた娘、殺すより両手を斬って勘当すればいい」と言った。長者はそれもそうだと考え、包丁を振り上げバッサリと淑娘の両手を斬り捨ててしまった。
 哀れ、罪もない潔白な淑娘は気を失って倒れた。

 やがて淑娘は息を吹き返し残酷な父と継母に手を斬り落とされ荒野に打ち捨てられたことを知った。これは明らかに継母の仕業だ、淑娘は継母を呪い騙された父を恨み、死んだ母の許へ行こうと声を上げて泣いたが、このままありもしない罪をきせられて死ぬ事はできない、生きて行こうと心に決め、立ち上がりフラフラと歩き始めた。飢えれば物を乞い腕で挟んで食べ、喉が渇けば河辺にしゃがんで水に口をつけて飲み、夜は廟や枯草の中に寝た。

 ある日、淑娘は一日中一口も食べ物に恵まれず、夜になっても寝場所がないまま大きな果樹園に迷い込んだ。月が明るく一面を照らし熟れた梨やりんごがなっているのが見えた、淑娘は木の下に立って口でそれを腹一杯に食べると、果樹園の草むらの中に入って寝た。
 さて、この果樹園の主は陸長者の息子の陸青である。父親は早くに亡くなり寡暮らしの母に育てられた。陸青は科挙(国家試験)を受けるのに静かな果樹園に書斎を建てそこで勉強していた。この日、陸青は食事をしたあとで果樹園の中を散歩していて、梨やりんごが木になったまま半分齧られているのを見つけた。陸青は心の中で“これはおかしい誰が齧ったのだろう、こんな大胆に齧る奴はいったい何だろう?”と、夜になってそっと果樹園の中を探ってみると、真夜中に人がりんごの木の下に立ってりんごを齧っているのが見えた、大声を上げて脅かそうと思ったが、姿格好がどうも女らしいので、軽く咳払いしてから「もぎ取って食べたら」と言った。

 淑娘は人に見つけられたと逃げようとしたが、自分は弱い女とても逃げられない、それより哀れな我が身を許して貰おうと、陸青の前に跪き涙を流して「お優しいお方、わたしは継母にそそのこされた実の父に両手を斬られ、捨てられた娘です。帰る家もなく流れ歩いて物を乞い生きてきました、先日誤ってあなた様の果樹園に迷い込みました、どうかお許し下さい」と言った。陸青は生来心優しい青年で淑娘が哀れに地面に跪き許しを請う姿をどうして見ていられよう、すぐ「何も知らずにあなたを責めた私を許してください、どうかお立ちになって、嫌でなければ私の書斎で事情をお話し下さい」と言った。

 淑娘は陸青の言葉遣いも礼儀も正しいので頭を上げると、月の光をうけて眉目秀麗な青年が上品な衣装をつけ穏やかに立っているのを見て悪い人ではないと安心した。 淑娘は陸青に連れられて書斎に入り席についた、部屋には整頓された書籍が並んでいた。
 陸青は油灯の芯を切って明るくすると髪は乱れ顔も汚れていたが美しい娘であった。二人は互いに名乗り合い、陸青は淑娘の苦しみを聞きおわると何とも淑娘がいとおしくなって、「あなたが遭われた不幸は本当に悲しいことです、どうかここに住んで下さい」と言った、「エッ、女が独り身の男のお方と一緒に住むことはできません」「いや、私の言葉が足りませんでした、結婚して下さい」

 淑娘は顔を赤くして首を振り「わたくしには手がなくてあなたの読書の灯りを明るくして上げることも、あなたが字を書く墨を磨って差し上げることも、あなたが休む布団を敷いて上げることもできません。やがてあなたが科挙に合格して高官になられても何もお手伝いできず、ただあなたの足手まといになるばかりでございます。どうかわたくしを見逃し、死なせて下さい」と言って出て行こうとすると、陸青は「私のあなたへの想いには一片の曇りもありません、私が心を変えれば天が私を罰します」と訴えた。淑娘は陸青の言葉が軽薄でなく、本当に誠実で心がこもっていると分かり陸青を受け入れた。

 その晩、二人は月を仲人として天地に誓い夫婦となった。さて、二人が夫婦になったのはよかったが困ったのは三度の食事である。陸青の毎日の食事は下女がその時々に一人分の食事を運んで来る、だがこれからは二人になるからそれでは足りない。母に本当の事を打ち明けることもできない、そこで陸青は下女に嘘を言って食事の量を増やして貰ったが、それが十何日も続けば何かあるのではないかと下女に感づかれていた。
 ある日、下女は陸青の母に陸青の勉強の様子を聞かれると、そのことを話した。それを聞いた老母は不思議に思い、そっと陸青の書斎の様子を外の暗がりからうかがっていた。しばらくして下女が夕飯を陸青に渡して書斎から出て来ると老母は書斎の障子窓の下に行き、障子窓に小さな穴を開け中を覗いた、すると陸青が部屋の前へ行って低い声で「ご飯だよ」言うと、見かけない娘が出て来て陸青と向き合って座ると陸青はその娘の口に汁やご飯を食べさせていた。

 老母はそれを見て戸を開けて書斎に入った、老母に見つかってしまった陸青淑娘夫婦は老母の前に跪き今までの事をすべて話した、老母は軽く溜息をつくと「青や、いいよ、お前たち二人が結ばれたのは前世からの因縁だろう、なぜ母に隠していたのだえ、淑娘はわたしと母屋に住み、面倒はお前がみるより下女させる方がよい」と言った。
 淑娘は母屋へ移り家事を助け、外向きの用事もそつなくこなし、陸青の母を喜ばせた。そうこうしているうちに陸青の科挙の日が近づいた。陸青は淑娘には母に孝養を尽くすように言付け、母には淑娘の面倒を頼み、吉日を選び陸家の家人陸安を連れて北京へ出発した。北京での三回の試験の結果陸青は第一等の状元に合格し、すぐ陸安にその知らせの書面を持たせ昼夜を継いで家へ走らせた。

 その途中のある日の暮れがた陸安は宿をとった、宿の主は五十歳ほどの女で愛想笑いをしながら陸安を客部屋へ案内すると酒を出し、いろいろ喋り始めた、陸安は酒を三杯も飲むといい気分になって主人の陸青が状元に合格したこと、どういうわけか手のない娘を娶ったことなどを話した。宿の女主人は状元の夫人が手がないことを聞いてハッとすると、状元夫人の様子を聞き出し夫人が淑娘だと分かると顔色を変えた。
 宿の女主人はあの馬氏だったのである。 実は馬氏が淑娘を崔家から追い出して半年も経たないうちに、崔家は火災になり屋敷は一片の瓦も残さずに燃え、崔長者も焼け死んでしまったのである。悪運強い馬氏は生き延びると土地を売り、幾らかの元手でここに宿屋を開いたのであった。

 馬氏は淑娘は死んだと思い、まさか状元夫人になっていようとは考えもつかず、やがて状元夫人の淑娘が自分を捜して仕返しされては大変だと悪巧みを思いついた。馬氏は驚きを隠し、世辞を言いながら陸安に大酒を飲まして酔わせ、そっと陸青の手紙を開いて見ると、母に状元合格の吉報を知らせ、祖先を祭りに家に帰ったあと、母と淑娘を北京に連れて行くと書いてある。馬氏は陸青の筆跡を真似して偽の手紙を書き手紙を取り換えてしまった。
そうとは知らず陸安は崔家の老母にこの偽の書面を渡した。老母と淑娘が喜んで手紙を読むと、老母に状元合格の喜びを伝えたあとに、状元に合格したので、手のない淑娘を状元夫人にはできないから、すぐ淑娘を陸家から離縁すると書いてあった。読み終わった淑娘は雨のように涙を流し、自らの運命を嘆き「お義母さん、これが夫陸青の気持ちならわたくしは出て行きます」と言った、老母は「淑娘や待っておくれ、わたしが陸青に考え直すように手紙を書くから、お前はわたしと一緒にいて、よい子を生んでおくれ」と言った。

 陸安は老母の書面を持ってまた北京へ戻る途中再び馬氏の宿屋に泊まった。馬氏は陸安の口ぶりから自分の悪巧みが通らなかったことを知り口惜しがり、また陸安を酒で酔わせたあとで、老母の筆跡を真似た偽の書面を作り取り換えた。
 陸状元は家からの手紙を見て喜んで読むと淑娘は陸青が北京へ行ったあと礼儀をわきまえず、召使を罵り勝手な振る舞いをし、手足の爪が鬼のような恐ろしい赤ん坊を生んだからすぐ淑娘を陸家から離縁すると書いてあった。陸青は読み終わってどうも合点がいかなかった、まさか息子が状元になったので母が嫁に嫉妬したのではと悩んだ。陸青はすぐ老母に帰ってから話すと返事を書いて陸安に持たせた。
 ところが陸安はまた馬氏の宿屋に泊まり、またまた馬氏に手紙を書き替えられてしまった。老母と淑娘は待っていた陸青の返信を開くと、早く淑娘を家から出す催促で、出て行かなければ殺すと書いてあった。老母は仕方なく淑娘に金を持たせ、食べ物を首にかけてやり、背中の子どもと共にしばらく身を隠すように計らい、涙の別れをした。

 淑娘は生まれた子を背負い無残な行方も知らぬ旅に出なければならなかった。フラフラとさまよい七日目に河辺へたどり着くと「アア、薄倖な我が運命ではもう死ぬしかない」と呟いて河へ身を投げようとした、すると後ろから「娘さん、死んではいけない」と引き止められた。振りかえって見ると、七十を越えたような白髪の老婆であった、淑娘は思わず咎めるように「わたくしを助けてどうするのです」と言ってしまった、「あんたはまだ若くこれからだ、背中の幼い子も前途には豊かな人生があるかもしれない、惜しいではないか、私の家へ来なさい」と言い老母は淑娘の腕を強く引っ張った、淑娘は振り放そうとしたが老母の力は強く、そのまま山に囲まれた水辺の草で葺いた小屋へ連れて行かれた。

 老母は盆に水を汲むと「娘さん、顔を洗いなさい」と言った「死のうとする人間が顔を洗って何の役に立つでしょう」「お前の死相を洗い落とすのです」淑娘は老母この真情に触れ、老母に礼を言い、涙を流し腰を曲げて手のない両肘を水の中に入れると失われていた両手が元のようになった。淑娘は神に助けられたのだと振り向くと老母も草で葺いた小屋も消えていた。
 淑娘は両手が元のようになると元気がでて何処かで子どもを育てようと決心し、子どもを抱いて歩いて行くと小さな村に着いた。萱葺きの家の前へ行って「もしもし、旅の者ですが水を飲まして下さい」と言うと、戸が開いて五十くらいの頑丈な体つきの優しそうな老婦が出て来た、老婦は淑娘を家の中に入れ休ませると豆乳を出した。

 この老婦の名は赫、夫は亡くなり息子の柱と豆腐を売って暮らしている。老婦は淑娘の身の上に同情して「行く所がなければわたしの家にいればいい、息子も真面目だからこれから姉弟となればいい」と言うので淑娘は老婦の家に住むことになった、淑娘は豆を挽くのが大変なのを見て金を出しロバと豆挽き車を買っやると老婦と柱は豆腐作りが楽になって喜んだ。

 さて、陸青は状元となって家へ帰ると淑娘がいないので驚き、いろいろ調べて陸安を問い質し、陸安が三回馬氏の宿に泊まったことを聞き出し、馬氏を審問して事の次第が明らかになると、馬氏を死刑囚の牢に入れた。陸状元は官服を脱ぎ乞食に身をやつし四郷八村を巡り淑娘を捜した。
 ある日、陸状元は木の下の井戸で洗濯をしている淑娘そっくりな女を見つけたが女には手がある、陸状元は水を求め女の声を聞こうとしたがそれよりも早く淑娘は陸青に気がつき、陸青は状元に合格したのにどうして乞食になっているのだろうと思っていると、陸青が「どうか水を飲ませてください」と言った、「あなた、あなたは………」「新状元陸青です、あなた、あなたは………」「陸状元に離縁された淑娘です」「あなたの手は………」「天は善を助けます、わたくしの手は神様がつけてくれたのです。状元のあなたが落ちぶれてここに来たのは、わたくしを裏切った因果応報でしょう」と淑娘は陸青を責めた。
 陸状元は淑娘の姿を見て今までの馬氏の悪事を話し淑娘に許しを求めた。それを聞いて淑娘は陸青の胸に顔をうずめた。こうして陸状元夫妻はもとのように仲睦まじく幸せに暮らした。     
                                                           薛天智故事選

付記 

昔話<手なし娘>は日本全国に分布しているという。(日本昔話集成)
            
<手なし娘>(岩波文庫・日本の昔ばなし1)
        (岩波文庫・グリム童話集1)                 

薛天智故事選の原題は<苦姑娘難結奇縁>

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