かまど神の由来(二)
昔、張という母子がいた。息子の張郎は二十歳、毎日柴や草を刈りそれを売った金で米や塩を買い、母親は家で飯を作り、針仕事をした。二人は肩を寄せ合いやっと暮らしていたが、もはや張郎は二十五歳、だが貧乏で嫁の話もない、母親はそれを心配して周りの人に頼み歩いていた。近所にやはり貧乏な丁という家があり、両親がはやり病で死に、十七になる丁香という娘が一人でいたので、人を介して話すと丁香は張郎との結婚を承知した。
張家は貧乏なので、新しい衣裳は買わず、張郎が紅い布の紐で丁香を引き、新鮮な食物を祖先に少し供え母親と叩頭の礼をして結婚の式に代えた。丁香は張郎に「働けば貧乏は怖くないわ、二人で一生懸命やればだんだんよくなるわよ」と言った。
それから二人は一緒に柴を刈り、山奥の畑を耕し、毎日夜が明けると山に行き、夜中まで働いた、そのうえ帰り道で家畜が喜んで食べる新鮮な軟らかい草を刈り近所の家畜を飼う大きな家に売った。丁香はこの金で数十の卵を買い、雛を孵すと鶏に育て卵を生むようになるとその卵を売って金をため、それで豚を飼ったり、牛を飼ったりして三年目には牛が五頭になった。やがて五年たつと丁香と張郎の暮らしはますますよくなり、家には馬車をつなぎ、鳥小屋には鶏、家鴨が一杯になり、瓦屋根の家を建て、穀物を豊かに貯えるようになった。十里四方の村人たちはみんな張郎は賢い嫁を娶ったものだと噂した、それに丁香は義母にもよく仕え、家は円満であった。
だが、金ができると張郎は高価な衣裳を身につけ、飾った馬に乗り得意になってあちこちを遊び歩き、丁香だけが畑仕事をするようになった。ある晩、丁香は張郎に「あんた、明日はわたしと畑へ行って頂戴、わたし一人では山奥の畑では淋しいし、穀物の貯えも少なくなったから少しためなければならないわ」と優しく諫めたが、張郎は聞かずかえって丁香を罵り、手を上げて叩き、張郎は心が変わってきた。けれども丁香は義母にも張郎にも笑顔で優しくふるまった。
さて、張郎はある日、馬に乗って李家村のあたりを巡った。村には李という双子の姉妹がいて姉の名は大紅、妹の名は二紅、二人ともうりざね顔で、目もとくっきり、細い眉で柳腰、とても美しかった。二人は馬にまたがる凝った身なりの張郎の男ぶりにひかれてしまった、それに張郎の家は大きな青瓦で、馬車や馬も持っていると聞いて羨ましくなり、張郎に流し目を送り「張さん、下女のように働くばかりのおかみさんなぞ離婚しちゃいなさいよ、そうすればわたしたち姉妹がお嫁さんになって上げるわ、どうわたしたち姉妹はあんたのおかみさんよりずっと綺麗でしょ」と言った。「本当か」「本当よ、帰って早くおかみさんを追い出してしまいなさいよ、すぐわたしたちがお嫁さんになるわ」張郎は一目で俺の女房にこの姉妹の綺麗さはない、それに一人の女房が二人の美女と変わるなんてこんなうまい話はないと悪い考えを起こし、丁香の深い愛情も忘れてしまった。
それから張郎は卵の中から骨を取り出すようにトゲトゲしくなり、何もないのにアラを探し、丁香を叩いたり罵ったりして苛めるのだった。丁香は膝を抱え、泣いて哀願したが張郎は承知せず三下り半を書き「お前は何が欲しいのだ」と言った、丁香は仕方なく「それでは荷車と牛をください」と言った。張郎は丁香の荷物をまとめ、衣裳二着を丁香によこした。丁香は牛車をゴトゴト引いて遠く離れた山へ行き、小さな小屋を建て、荒れ地を耕して畑を作った。
丁香が家を出てしまうと、張郎はすぐ李家の二人の娘大紅、二紅を娶った、二人の嫁は花で飾った輿に乗り、喇叭を吹いて賑々しく輿入れして来た。二人の娘は家に入り妻になったが丁香のような働き者ではない。大紅と二紅はこんどは餃子、つぎはうどん、これと言えばこれ、あれと言えばあれを食べ、食べ飽きればあちこちの家に遊びに行き、家のことは何もしない。張郎と麻雀をし、さもなければ鳥籠を提げたり、犬を連れたりして歩き回る。張郎の老母は何を言っても張郎たちが聞こうとしないので、苛立って病気になり死んでしまった。
張郎はますますいい気になって、遊び歩き、張郎も二人の妻もただ食べるばかりで働かず丁香が築いた家庭を壊し、丁香が十年かかって作った財産はたった三年で使い果たしてしまった。大紅と二紅は張郎が貧乏になると、「あんた、あんた」とちやほやしていたのに心変わりして、目をむき、調子いいことも言わず、ある晩、二人は荷物を持って逃げてしまった。二人がいなくなると、家には何も残っていない、家を売って博打に行き、負けて鍋釜まですっかりすってしまった。張郎はもとから怠け者で仕事もしないから、ただフラフラ歩き回るばかりで、帰る家もなくなり、小さな藁小屋を作って住み冬は寒いので火を燃した。ある晩、火をつけたまま寝込んでしまい、藁小屋が燃え火と煙りに包まれ火傷してとうとう張郎は失明してしまった。 張郎は盲目となり、二本の杖にすがりながら、東の家で残飯、西の家で残り汁を恵んで貰う乞食になり果て、「野垂れ死にして、犬に食われりや犬の腹が俺の棺桶だ」と嘆いた。
それからまた何年かたったある日、張郎はとある村にたどり着き、手探りにある家の門をたたいた、すると中から人が出て来て「どなた」と聞いた、「乞食でございます」「乞食?、いいわ、中に入りなさい」張郎はその声と物腰で女の人だと分かった、婦人は張郎の杖を引いて家の中に入れてくれた、「座って、お湯を持って来て上げるから」張郎は一杯の湯を飲むと「何か食べ物はありませんか、残り物でいいですから。奥さん、わたしは三日も何も食べていないのです、どうか助けてください」と言うと「待ちなさい、うどんを作ってあげるから」と張郎に優しく答え、やがてうどんを作って持って来た。張郎はこんな美味しいうどんをもう何年も食べたことがなかった、ツルツルと食べ、汁の中の二つの卵とじをガツガツと食べていると、一本の髮の毛が口に入った、手でひいてみると四五尺の長さがありその先に何か固い物が結んである、噛んでみると金のかんざしである、これはいい、市場で売ればいい金になるだろうと、そっと手の中に隠した。
しばらくして、婦人が張郎に聞いた、「あなたは占い師さんですか」「いいえ、占い師ではありません」「どうして目が見えなくなったのですか」「私の目はそれが運命なのか火事で焼かれたのです」「そうですか、あなたの姓は張さんではありませんか」「ええ……え…、そうですが、あなたはどうして私の名をご存知で」「こんなうどんを食べたことが何回かあるでしょう?」「それはあります、私の以前の妻は丁香と申しまして、よくこんなうどんを作ってくれましたが、別れてからは食べておりません」「あなたは別れた妻を今でも分かりますか」「今はこうして目が見えませんから、どうして分かりましょう」「目が見えなくても耳は聞こえるのでしょう」「耳は聞こえますが」「話している声が分からないの」それを聞くと張郎はやっと丁香の髮の毛が長かったこと、きっと丁香がうどんのなかにかんざしをいれたのだ、それにあの二つの卵とじは丁香がよく作った料理だったと思い出しこの婦人が丁香だと気がついた。
張郎は自分が丁香にしてきたことを考え、恥ずかしさがこみあげ、何も言わず外に飛び出した。「あなた、何をするの」「外へ行って水を飲みます」「わたしがあげますよ」「いいえ」と張郎は火の燃えるかまどの中に入ってしまった、丁香が外へ出そうとしても張郎はかまどから出ず火と煙りに巻かれてかまどの中で死んだ。
やがて丁香が年老いて死んだあと、人々は張郎夫妻のことを忘れず、かまどの上の壁に張郎と丁香の絵を貼るようになった。二人の絵を貼るようになったのは、家人が働き者で賢い丁香を学び、浮気者で怠け者の張郎を真似ないようにするためだが、後に張郎が悔い改めたので、かまどの神になり、丁香はかまど神の妻になったのである。毎年十二月二十三日、かまど神が天に登る時、人々は“かまど神、もとの名は張、馬に跨がりかご提げて、かまどをぬけて玉帝に会う、天に登って祝いを述べ、下界の平安を守る”と言いながらかまど神の口に飴をつける。
滿民族は祖先を祭る時、太平香をたき、この<排張郎>(張郎を排す)という物語を語り後世の戒めとする。 (中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻上)
付記
中国の<かまど神の由来>の語りを二題をあげた。
日本にも同型の語りがある。
<竈神之由来>…柳田国男「雪国の春」
<竈神の起り>…柳田国男「日本の昔話」(新潮文庫)
<火男の話> …関敬語編「日本の昔ばなし」(岩波文庫)