不思議な火花                  

1 

わたしの祖父はよく「草にはよい草もあれば、毒の草もある。人には善人もいれば悪人もいる」と言い、そのあとでこんな昔話をした。
 昔、大きな河のそばに城壁に囲まれた町があった。町は盆の底のような窪地で城と呼ばれていた。その頃この町に万生と言う男が住んでいた、親も兄弟姉妹もなかったが大金持ちの従兄弟がいた。町の周りのいい畑はみんなこの従兄弟のもので家には金銀が山ほどあった。それでもこの従兄弟は欲ばりで昼も夜も寝ずにいつも目を赤くして、いろいろ金儲けのことばかり考えていた。それで人々はこの万生の従兄弟を赤目と名づけ大人も子供も影で“赤目”と呼んでいた。
 この赤目は前から万生に目をつけていた。“貧乏人の万生は体が大きく力持ちで、頭も働きもいいから四人分の仕事をさせられる、ても、四人分の飯は食うまい。手間賃だって親戚の俺と争う気もあるまい、幾らかやれば済む、こうして万生を安く働かせればボロ儲けになる”と考えていたからである。
 赤目は掴んだ金は離さないという人間だから、早速、人をやって万生を呼び、笑いながら「やあ、万生、立派になったな、俺も親戚として面目がたつて嬉しいよ、俺たちは親戚だが俺とお前では月とスッポンだ、俺が面倒をみてやるから、明日から俺の所で暮らせ」と言った。
 だが、万生は赤目のずるさを見抜いていたから、「お前さん、俺は貧乏だが真面目に一人でやっていける、あんたの好意も金もいらない」と断って帰りかけた。すると赤目が門まで追いかけて来たので、万生はパッパッと体の土を払い、足の泥をバタバタ落として振り向き、「あんたわかったろ、俺はお前さんの家の土は少しでも持って行きたくないんだ」と言い、返事も聞かず鼻唄を歌いながらズンズン門を出て行った。
 赤目は算盤をはじいた計略に万生がひっかからなかったのが癪で、門の前でまた赤目をパチパチさせた。

 

 ところで、万生の方はしばらく行くと、200斤もあろうかという鉄打ちの道具を軽々と担いで来る雪のような白い髭、白い眉をした鍛治匠の老人に遇った。万生が、「お爺さん、鋼の鋤は1丁いくらですか」と聞くと老人は歩きながら、「鋼の鋤は1丁4銭、4丁なら8銭」と答えた、万生は計算が違う1丁4銭なら、4丁で16銭なのにどうして食っていくのだろうと老人に、「お爺さん、勘定が違いますよ、1丁4銭なら2丁で8銭でしょう」と言うと老人はハハハと笑い、「わしは九つの省と十八の県を回ったが、わしのことを心配してくれたのはお前さんただ一人だ、お若いの、もう遅くなった、わしをお前さんの家へ泊めてくれないか」と言った。
 万生は少し困って「お爺さん、わたしの家は一間きりの破れ屋で、ちゃんとした寝床も枕もありませんが、あなたが嫌でなければわたしが道具を担ぎますから一緒に行きましょう」と言うと老人は喜んで万生に道具を担いでもらい万生について来た。そして老人は少しも嫌がらず万生と同じ土の床に寝た。
 翌日の朝早くから老人は万生の破れ小屋の前に炉を作り火を起こし、ティンタン、ティンタンと鉄を打ち始めた。鉄を打つ仕事は楽な仕事ではない、万生は老人を助けたい気持ちが一杯になり「お爺さん、鉄打ちはみんな二人でするのに、お爺さんは一人ですか、わたしを弟子にしてくれませんか」と言うと老人は承知してくれた。万生は何を習ってもすぐ覚えた。師匠がどう鉄を挾み、打つかをよく見、火加減をどうするかに気を配った。志があれば世に難しいことはない。万生は1か月足らずで鋤の打ち方も鎌の打ち方も覚えた。しかし老師匠は一言も褒めなかった。万生は老師匠に教えを受けてまる1年たち、老師匠は万生を自分の息子のようにして、何も隠さず全てを教えた。
 ある日、老師匠は万生を呼び、「万生、お前はシャベル、つるはしの打ち方、鋤、鎌の打ち方もできた、わしもここに来て長くなった、家に帰らねばならぬ」と言った、万生は、「師匠、わたしはシャベルもつるはしも鋤も鎌も打てるようになりましたから、師匠に休んでもらいたいのですが、師匠に帰られるとわたしは困ります」と言うと師匠は、「万生や、わしはお前の性格も気持ちもわかっている、お前に出来ないことはないはずだ。わしの言葉を守っていれば、またわしら師弟は何時か会える」と言い聞かせた、万生は、「師匠、一つの言葉と言わず千句、万句の言葉でもわたしは守ります」と答えた、老師匠はうなずいて一言一言ゆっくり、「井戸は三度掘り返せば甘い水になる、手の技は磨けば磨くほど上達する」と言った、万生はすぐ老師匠の言葉の意味を悟り、「師匠、泉の水の尽きぬように、力を尽くし、常に作り常に学び、生涯、師匠の言葉を守ります」と答えた。
 老師匠人はそれを聞いて喜び、「息子や、わしの家は七宝山の北の南向きの家だ。大山が表門、荊の枝が鍵だ、わかりにくいがすぐわかる、入りにくいが入りやすい」と言うと万生に黄金色の小さな袋を渡した。万生が袋を手にとると、袋の口には赤い糸が通してあり、まるで鵝鳥の羽のように軽かった。老師匠は再び、「この宝袋をお前に渡そう、しっかり持っていれば、お前の身も安全だからわしも安心だ」と言った、万生は心から喜んで宝袋を受け取った。その晩、また二人は一緒に寝た。

 翌日、朝早く万生が目を覚ますと老人の姿はなく、横になっているのは自分だけだった、万生は着替えもせず床から跳び下りると師匠を呼んだが返事はない。見ると門にはしんがり棒がかかったままだ、老師匠はどうやって出て行ったのだろう、門を開けて見ると老師匠は急いでいたのか鉄打ちの道具も置いたままである。いったい七宝山は何処にあるのだろう、道は何千、何万とあるのにどの道を行けば師匠に追いつけるだろうか、もしかすると師匠は知らせたくなかったのかも知れない、門を開けずに出たのは追いつけないようにしたのかも知れないと考え、万生は涙を流した。
 老師匠がいなくなってからも万生は鉄を打って暮らした。老師匠の言葉を忘れず、どんな道具でも力を惜しまず心を配って打った、だから万生の打ったシャベルやつるはしは軽くて丈夫だったし、鎌と刃物はよく切れ刃は何時までも丸くならなかった、やがて町中に鉄匠に万生ありと知られ、万生の打つ道具を求める人がだんだん多くなり、万生の仕事場には一日中人が大勢やって来た。赤目も駆けつけたが万生は相手にしなかった。
 「狼は人を食べずにはいられない、犬は糞を食べずにはいられない」と言うのは嘘じゃない。赤目はその日帰るとまた夜中まで万生を騙すことを考えた。赤目は、“万生は金の成る木だ、なんとか万生を騙せば、日常の鉄の道具は金を出さずに買える、元手を出して炭や鉄さえ買ってやれば、あいつも文句を言うまい、そうすれば俺はあいつの作った道具を売ってボロ儲けできる”赤目はこう考えると、ずるそうにもっと目を赤くした。

 翌日、客間に酒や魚を並べておいて、万生を無理やりひっぱって来て万生を背もたれ椅子に座らせ、優しそうな甘い声で、「あの時、お前さんが行ってしまってから、俺はずっと心配していたんだ。俺はお前さんが苦労しないように大きな木の影をお前さんのために用意していたのだ、お前さんは心配しないで鉄打ちの仕事場を俺の所に移せ、俺の指の割れ目から出る金で、お前さんの元手は十分だ」と言った。
 もちろん万生は赤目の考えがわからないはずがないからはっきりと、「あんた、わたしは貧乏だがずるくはない、一分の力があれば一分の力を出す、一口食べ物があれば一口食べる、それ以上の欲はない、大きな木の影があるならあんたが自分で涼めばいい。俺は金をむさぼるのも、人を騙すのもいやだ、ましてあんたの指の割れ目から出る汚い金なぞいらない」そう言い終わると腕を振って出ていった。
 赤目は驚いてまた門まで追いかけると万生は眉をひそめ「あんた、狼と羊は一緒に群れを作らない、これから、あんたはあんたで稼げ、俺は俺で暮らす、二つの井戸水は同じ河に流れないのだ、もう人のことは互いにかまわず、それぞれの道を行こう」
 万生はそう言うともう赤目を見たくないといったふうで振り向きもせず行ってしまった。赤目は門の前に立ち、またまた癪にさわり、赤目をクリクリさせ悪企みを考えて、フンと鼻をならし口惜しそうに、「一度目も駄目、二度目も駄目、三度目のわしのやり方に文句をつけるなよ」と言い、赤目は箸のつけられなかった酒や肉をみて、いてもたったもいられないほど怒り、鬼のような悪企みを考えつき、すぐ金を持って車に乗り県知事を訪ねた。

4 

 万生は家に帰ると休む暇もなく鉄を打ち始めた。
 ある日、万生は夜遅くまで鉄を打ち、部屋に戻ると門の外でやかましい声がする、見ると、これはいけない、官憲の衛士や役人が槍と刀を抱えて来た。万生は手ばやく老人がくれたあの宝袋を腰にはさみ、大声で「この万生は人を騙したり、殺めたりはしていない、どんな法を犯したというのか、どんな罪があるというのか」と怒鳴った。
 しかし、官憲の役人どもがどうして万生の言うことなぞに耳をかそうか、荒々しく万生を捕らえて牢屋に入れてしまった。
 この県知事は金儲けなら人の命もおかまいなしの悪い奴で、赤目から賄賂をとり、万生に一晩で一千本の鋼の刃物、一千本の剣をつくれ、できなければ命はないと命令した。万生は灯りも火もなく、金床も金槌もない牢屋に入れられ、どうしてこんなに沢山の刃物や剣ができようか。夜はだんだん深くなり、真夜中になって万生は老師匠のくれたあの宝袋を腰から出して、「師匠が別れる前にこの宝袋あればわたしの身辺は安心だと言っていた、アア、宝袋、宝袋よ、わたしを助けておくれ」と嘆いた。
 すると袋の中でティンタン、ティンタンとまるで人が鉄を打つような音がした。牢番もその音を聞いたが初めは自分の聞き違いと思っていた、ところがだんだんはっきり聞こえ、ますます響いて来る、そこでほかの牢番を呼んで一緒に万生の牢の入り口に向かった。
 牢番たちが牢の前に来ると、突然大きな音がして牢が開き、一閃の光が飛び出してきた、驚いた牢番たちは叫び声をあげ、四本足があればいいのにと思いながら、ころがったり、這ったりして命からがら逃げ出した、白い光は空を突き刺し流星のように県知事の役所に飛んで行った。

 一方、万生は宝袋を懐にしまい、ゆうゆうと牢からでて家に帰った。翌日になって町の人々はあの悪い県知事が飛んできた刀で首を切られたことを知った、町の人々は嬉しくて京劇の真似をして喜んだ。人々は喜んだが赤目は面白くない、こっそり人をやり皇帝にこれを伝えた。皇帝は直ぐ武状元に三千の兵をつけて城に派遣した。武状元は町に近づくと、兵士に人はもとより鶏、犬までも残らず殺せと命令した。
 いまや 町は風前の灯、町が首に刀がつきつけられような危機の頂点に達した時、あの万生はティンティンタンタンと鉄を打っていたが、これを聞くと宝袋を持ち城の櫓に登り城壁の外を眺めた、兵馬の一群が刀や槍を抱えて攻めて来る。万生は宝袋に「宝袋、宝袋、わたし一人ばかりか町全体が危ない」と言うと、宝袋はまたティンティンタンタン、ティンティンタンタンと響き始めた。
 みるみる兵馬が町の下に来ると万生は袋の口の赤い糸を解いた、袋は開き銀色の閃光がでて空でクルクル回った、見るとそれはまばゆく光る鉄の輪であった、鉄の輪は回りながら大きくなって下って来ると、三千の兵と武状元をみんなその輪の中に入れ、まるで八月に収穫する高粱を縛るようにきっちりとしめ手足も動かせず、息さえもできなくしてしまった。するとこの鉄の輪は皇帝の兵をいれたまま大きな鉄の車輪になって、空の果てに向かって転がって行った。

 

 城の町は大きな危機を脱し人々はみんな喜んだ。しかし、万生は、“どんな所でも、たとえ千山万水を越えても師匠の家へ行ってみよう”と思い宝袋を持って町を出た。
 会う人ごとに七宝山はどこかと尋ねながら、何日も何日も歩き続けとうとうある日、七宝山に着いた、七宝山は七つの山がつながり、どの山も高く頂上に雲がかかっていた、万生は思わず“山は高く道はない、いったい師匠は何処におられるのだろう、だが、山はどんなに高くても頂上はある、この山を行けばきっと師匠が何処に住んでいるかわかるはずだ”と考え、万生は山を越え峰を越えて行った。
 大きな山には底の見えない深い谷がある、万生が急な山肌を登った行くと、石が万生の足もとから谷へ転がり落ちた。万生が行く所は誰も人の行かぬ所である。やがて万生は大きな絶壁の前に出た、絶壁は何十丈もの高さで、前は広々とした岩畳みで綺麗なうえ風も来ない、万生はすでに昼を過ぎていたので、ここで少し休んでから行くことにした。
 万生は石の上に横になり腕を枕にして“師匠は高い山が表門、荊の枝が鍵だと言っていたが、ここは全山荊の木だ、どれが鍵の枝なのだろう”と考えていると、ティンティンタンタンと鉄を打つような音、ハッと体を起こしてよく聞くと水の音らしい、また横になる、するとこんどは確かに鉄を打つ音が崖の中から聞こえて来る。さらによく見ると崖の上に紫の小さな花をつけた荊の木があり、枝には黄金色の小さな袋がかかりユラユラ揺れている、アッ、あれはわたしの宝袋だ、万生は急いで自分の懐を探ると宝袋がない。これは不思議だわたしの宝袋がどうしてあの荊の枝にかかっているのだろう、万生は枝を掴もうと跳び上がったがとどかない、また跳び上がるがとどかない、三度目にやっと枝を掴んだ。
 すると大きな音がして崖が二つに割れ荊も宝袋も見えなくなり、万生の目の前に平坦な道が開け、山の中に続いていた。これはきっと師匠の家に行く道だ。道の両側の緑の野原には不思議な花が満開だった、紅、黄、藍、紫……これは宝の花だ七色の花が七色に光り、花びらはまるで火花のように明るい、万生は自分が師匠になったように喜び、七宝山がこんなに美しいとは考えもつかなかった、師匠のような優れた人こそこのような所に住めるのだ。
 万生は道を歩きながらまたティンティン、タンタンと鉄を打つ響きを聞いた、頭を上げて前を見ると、色鮮やかな家がはっきり見えて来た。万生は風のように走って行くと、ゆったりとした大きな屋敷の中に南向きの一棟があった、すると門が開き老師匠が目に笑いをこめて出てきた。万生は師匠の手をとり嬉しく何と言っていいかわからなかった、師匠は万生を見て懐かしそうに、「息子や、お前はわしの期待どうりだった、良心も失っていない、よく来た、疲れたろう、早く部屋に入って休むがよい」と言った、万生は師匠について門に入ると庭は明るく真ん中に炉が置いてあった、炉は普通のとは違い金床、金槌も四方に光を放ってまるで空の星で作ったようだ。師弟の二人は話しながら家にはいった。師匠は万生にお茶をいれ食事を出し、昔と同じように親しくした。

 万生は師匠の家に三日泊まったが四日目になると落ち着かなくなり、老師匠に、「師匠、わたしはあれこれ考えますと、城の町の人が災難に遇っているのではないかと心配です」と言った。老師匠は指を折って何やら数えていたが、アッと声を上げ、「大変だ、皇帝はこんどは文状元と人夫を遣わして、城の回りの大河の土手を破り町を水びたしにしようとしている」と言った。
 万生はそれ聞くと驚いて立ち上がり、「わたしは師匠に会えて安心しましたから、直ぐ帰ろうと思います」と言うと老師匠は万生の手をとり、「息子や、お前が町の人々を心配し急いで帰っても、間にあわないだろう、わしも一緒に行ってやろう、幸いわしが打った四個の鉄の鈎があるからこれを使おう」と言うと老師匠は家に入り、四個の大きな鉄の鈎をだし屋敷の四隅の角にかけると、まるで上に何か引っ張るものがあるように屋敷はそっくり音もなく空にあがった。
 万生と師匠は家の中で外に風をきる音を聞いた。しばらくすると滔々とした大河の音がした、万生はじっとしていられず窓を開け身を乗り出して下を見ると、大変だ、大河の水、いや大河がそのまま白い大きな波となって城に押し寄せているのだ。
 みるみる大河は城壁に迫ろうとしている、老師匠が四個の鈎をとると屋敷は家ごと万生のあの小さな破れ屋のそばに丁度よく下りた、老師匠は鈎を万生に渡し何事かを言いつけると、万生は返事をするや門の外に走り出した。
 諺も「水と火は無情である」と言う。城の人々は城壁の外に一面の大水が押し寄せ、水がどんどん増え、地を這って城壁に迫ってくるのを見ているしかない。万生は、七歩を一歩にして走り城壁の東南の角に鈎をかけ、また走って城壁の東北の角に鈎をかけた。城はそれほど大きくないとしても城壁を一周すれば十数里ある、万生はこの道のりを一気に走り四個の鈎を城壁の四つの角にかけた。水はもう城壁と同じ高さまできていたが城は四個の鈎で持ち上がり、城は大きな吊り籠のように持ち上がった。
 万生は城の人々が助かり、嬉しくて少しも疲れを感じなかったが城壁を見ながら、“城は水面に吊りあがったが、これは緊急の方法だ。城は船ではない何時までもこうしてるわけはない”と考えているとティンタンティンタンとまた鉄を打つ音がして目の前が突然まばゆく光り輝いた、見あげると空は赤黄藍紫と満天の星のような火花が散っていた。火花は城の周りの水の中に落ち水を七色に変えて光った、万生が急いで帰って見ると、老師匠は庭で鉄を打っていた、老師匠が打つのをやめ空の火花がなくなると、炉の灰を掃き出して箕にとり万生に城の外に撒かせた、万生は炉の灰を城壁に沿って撒くと城の周りは黒々とした土の畑になって水を防ぎ、前の城の町と比べると河よりも高くなり、もとの城の町になった。

 

 万生は喜んでこの様子を早く老師匠に知らせたいと飛ぶように家に帰った、しかし老師匠はなく鉄を打つ道具も見えなくなっていた。ただ黄金の袋が家の中の卓上に置かれているだけだった。城の周りの畑は町の人々のものとなり、赤目の畑は水の下に沈んでしまった。人々が城壁の門を開けると町の大通りや横町はまたもとの賑やかさに戻った、畑は人々のものとなり、もう赤目に小作料を出したり、赤目の作男になったりしなくてもよくなった。悪企をした赤目は金を使い果たし、畑はなくなり、口惜やしがりながらしばらくして死んだ。
 あの文状元の悪巧みも成功せず何時の間にかいなくなった。それから 城は洪水になることはなかったそうだ。

 万生はどうしたかって、もちろん万生はずっと仕事を続けたさ、師匠から貰ったあの家で朝から晩までティンティンタンタンと鉄を打って城の人々とともに一生平穏で幸せに暮らした。だがあの宝袋は何処へ行ったのかわからなくなった。   

        聊斎 * 子                                         1994・7・27

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