チャオの村

 わしらの“チャオの村”は、昔こうは呼ばれていなかったらしい。今ではもう昔の村の名を知っている者はいないが、どうしてわしらの村がチャオの村と呼ばれるようになったのか。それにはこんな話があると年寄りたちが話してくれた。
 村に一人の娘とその養母が暮らしていた、この娘は7月7日生まれで“チャオ”と呼ばれていた、またある人はこの娘が器用なので“チャオ”と呼ばれたのだともいう。チャオが作った花の刺繍を庭においておくと、蜜蜂がよって来たという。
 チャオは手先が器用なばかりか、容姿も心も優しく、よく働き、畑の仕事、家の仕事、何でもできて、誰もチャオのようにできる者はいなかった。
 だがチャオの養母は怠け者で、食べるとすぐまた食べたがり、それでいて横のものを縦にもせず、畑の仕事も、家の仕事もみんなチャオにやらせる意地の悪い女で、何でもできるチャオが憎らしくてしょうがなかった。

 稲が実るとチャオは毎日稲刈りをするのに、養母は手を出そうともしない。だからチャオはとても疲れるのだが、長くのびた稲の穂をみると嬉しくなって稲刈りが苦にならなかった。
 ある日、また一生懸命稲を刈っていると「チャオ、チャオ、何か手伝うことはないかい」と小さな声がする、声は地面から聞こえてくるようだ、チャオは頭を下げて見ると、アリの王が長い触角をふりながら話している、チャオは喜んで「優しいアリさん、私ひとりでできるからいいわ」と言うとアリはいなくなった。

 年を越して春になると果樹がとりどりの花を咲かせた、チャオは朝早くから晩まで、果樹の根の土をならし水をやるのに養母は少しも手伝わない。それでもチャオは秋になれば実がなると思うと、どんなに疲れても楽しくてますます元気になった。すると「チャオ、チャオ、何か手伝うことはないかい」という声が空から聞こえてくる、チャオが頭を上げて見ると、蜜蜂の王が飛びながら言っているのだった、チャオは喜んで「優しい蜜蜂さん、私ひとりでできるからいいわ」と言うと、蜜蜂の王は飛んでいった。

 養母は相変わらずチャオを苛めてやろうとばかり考えていた。
 ある日、養母はまた意地悪なことを考えだした、納屋の中の籾の山に砂を混ぜ、チャオを呼び憎々しそうに「今晩、灯りをつけずに砂の中の籾を一粒残らず拾いだしな、できなければ、死んでしまいな」と言うと納屋の戸をパタンと締め、カチャと鍵をかけて行ってしまった。
 チャオは納屋に閉じこめられ、砂の混じった籾の山を見た、少なく見ても一千斤はあるのにすぐ夜になる、十人の手があったってできやしない、できないことがなっかったチャオは初めて困った。するとアリの王がまたでて来て二本の触角を動かしながら「チャオ、チャオ、何か手伝うことはないかい」と言った。チャオは驚いたり喜んだりして、養母が砂の中の籾を拾わせ自分を死なそうとしていることを何から何まで話した。アリの王はそれを聞くと「心配しないで、安心して寝ておいで」と言って見えなくなった。しばらくするとアリは群をなして納屋の中に来ると砂の中から籾を拾いだし一方に積み上げた。

 翌日養母は心のなかで「あの子がどんな力を持っていたって、砂の山から籾を綺麗に拾い出せはしまい」そうしたら殴ってやろうと大きな棒を持って、納屋の戸を開けてびっくり、目を丸くした。籾と砂は綺麗に二つの山に分けてあって、チャオは籾の山のそばで静かに寝ていた。養母は引っ込みがつかなくなり怒って庭に出て行くと大声で「チャオ、まだ起きてこないかい」と叫んだ、チャオは目を覚まして大急ぎで出ていくと養母は棒で大きな水瓶をさして「お前が何でもできるなら、昼までに水瓶の水を砂糖のように甘くしてごらん」と言い終わると、背中を見せて表門をパタンと閉め、カチャと鍵をかけて出て行ってしまった。

 チャオは水瓶のそばに行って水瓶一杯の水を見た。砂糖が少しもないのにどうして瓶の水を甘くできるだろうか、チャオは仕方なく、出来上がっていない花の刺繍をだして作りだした。
 するとブンブンブンと蜂の王が飛んで来て刺繍している花びらの上にとまり、二本の前足を動かしながら「チャオ、チャオ、何か手伝うことはないかい」と言った。チャオは驚いたり喜んだりして「蜜蜂さん、私の養母が水瓶の水を砂糖のように甘くしろと言うの、どうしたら甘くなるかしら」と言うと、蜂の王は「心配しないで、花の刺繍をしておいで」と言い終わるとブ−ンと飛んで行った。
 しばらくすると群をなして蜜蜂が来て前足で抱えてきた蜜を水瓶の中に振り落とした。昼になって養母は心の中で、いくら器用だって米がなければ粥はできない、(砂糖がなければ水は甘くならない)こんどこそあの子を死なしてやると表門を開けて見るとチャオは座って庭で花の刺繍している。養母はものすごい剣幕で水瓶に走りより、溢れている水を嘗めてみると砂糖より甘い、養母はまた癪にさわってきた、二回ともチャオは困らなかったのだ。

 養母は釣べ井戸にかける大きな水桶を買って来て、まだ明るいうちからチャオに井戸の水を汲み上げさせ、夜になるまで畑に水をまかせ食事もさせなかった。桶は大きく井戸は深い、チャオは玉のような汗を井戸の上に落とし、一日、二日、三日、チャオはお腹が空いて水を汲む力もなくなってきた。だが、チャオのまいた水で畑の野菜は青々と育った。また養母はチャオを死なすことができず、癪にさわった養母はチャオを家に帰さなかった。何日かして井戸の石組みの間から、一本の生き生きとキラキラ光った花より美しい草が生えてきた。

 すると金の嘴をした小鳥が飛んで来て井戸の上に止まり羽を振って、いい声で「チャオ、お腹が空いたら、井戸の上の草をお食べ、チャオ、お腹が空いたら、井戸の上の草をお食べ」と何度も鳴いた。チャオがしゃがんで綺麗な草をとって食べると、たちまちお腹が一杯になり、チャオは立ち上がって前より元気になって水をまいた。

 養母は何日もしないでチャオを飢え死にさせられると思っていた。一日過ぎ、また一日過ぎ半月たっても、チャオはまだ死なない、それどころか前より太っている、養母はきっと誰か仲好くなった奴が食べ物をチャオに持って来るのだと考え「そいつを捕まえてから、やつけてろう」と隠れて見ていた。井戸の上の金の嘴の鳥が羽をパタパタさせて「養母が見ている、養母が見ている」と鳴くと養母は飛び出して小鳥を打ち殺してしまった。

 チャオは金の嘴の小鳥を井戸のそばに埋めてやった。するとそこから芽ができて何日もしないで大きくなり傘のように井戸の上に日陰を作った。養母はこれを見てその木を切り倒したのでチャオはその木から洗濯棒を作り着物を洗濯すると「ピッタン、ピッタン一つ叩いて蓮の花、ピッタン、ピッタン一つ叩いて蓮の花」と音がして古い着物は新しい着物に変わった。
 養母がこの洗濯棒で洗濯すると「ピッタン、ピッタン一つ叩いて穴あいた、ピッタン、ピッタン一つ叩いて穴あいた」と音がして新しい着物はボロボロな着物になってしまった。養母は怒って洗濯棒を鍋の下に突っ込むと洗濯棒は“プッ、プッ”と音をたてた。養母はかまどの焚口に顔をつけて「プウ、プウ」吹くと炭火がパア−と養母の目にはいり、両目が潰れ、この意地悪な養母は死んでしまった。

 チャオは苛められなくなり仕事をするにも活気がでてきた。それから何から何までよくなったのは言うまでもないが、ただ畑の果樹が一本に五つの違った実をならしたことを言っておこう。 周りの村々ではこの働き者の娘を知らない者はなく、長い間、その村の名を言わず、みんなチャオの村と呼んだ。それで今でもチャオの村と言うのさ。     

         聊斎 * 子                                          1994・6・21

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