麦の種の由来

 昔、長い間、麦はなかった。だから人は饅頭を作って食べることはできなかった。だが、麦というとても美味しい物があり、それを大山に住む一人の老人が作っていると伝えられていた。
 ある男がその麦を探しに行こうと考え、女房に「お前、俺に干し飯を作ってくれ、俺は大山に言って麦の種を探して来る、もし半年たっても帰らなかったら何かに食べられたと思ってくれ」と言った。
 女房は「お前さん、行かないでおくれ、麦を食べていなくても飢えて死にはしなかったじゃないか」と言ったが、男は「いや、俺はやっぱり行く、もし麦を持って帰れば俺たちばかりか、孫、子の代まで麦が食べられるのだ」と言った。女房はそれを聞いて干し飯を作ってやった。

 翌日、男は短剣を腰にさし棒を持って干し飯を背負い出発した。何日か行くとだんだん人家がなくなってきた。  ある晩、男は山の洞穴に野宿した、外には狼の遠吠えや虎の叫ぶ声が聞こえていた、男は一晩中よく眠れなかったが恐れはしなかった。朝早く起きて冷たい干し飯をかじり、泉の水を飲んでまた進んだ。だが老人が何処にいるのかも分からない、道を聞く人もいない、半月の間、ひたすら探し回りやっと老人に会えた。

 老人は男に会って非常に喜び、どうやって来たか、来る道で出会ったものも少なくなかったろうと聞いた、男は「道でどれだけの野獣に遭ったかわかりません、わたしは狼を三匹打ち殺しました」と答えた。老人はお腹が空いたろう飯を作ってやろうと言い、白い粉の餅を焼いてくれた、食べるといい香りがして美味しかった、男が「これは何で作ったのですか」と聞くと「麦の粉で作ったのだ」と老人が答えた、そこで男は老人に実は麦の種を探しに来たのですと話した。

 すると老人は麦をだして男にみせ「この麦は一つの株から七つの穂がでる」と言った、男が老人に麦の農法を聞くと、老人は「この麦は秋に蒔くのだが、蒔く前に畑を深く耕して土をならし、もう一度耕す時に人糞をやり、やっと三回めに種が蒔けるのだ、初めの冬は鍬をいれないでもいいが、春になったら少なくとも三回は鍬いれをする、そして四月に実る」と教えた。翌日、老人は男に一升の麦をくれた、男はそれを背中に背負って帰り、やっと七日めに家に着いた。

 その年の秋に男は老人の言う通りにして麦を蒔いた。年を越した春には三四回鍬を入れた、麦はしっかりと育ち、実りの時には果たして一つの株に七つの穂がついた。男は毎年、毎年麦を蒔き、家には麦が蓄えられた、しかし男はほかに麦を伝えはしなかった。やがて男は年をとり、家を息子に譲ると間もなく死んだ。

 息子は後を継いだが怠惰で、ただ麦を畑に蒔だけであとは何もしない、二年目は麦を何時までも蒔かず、一年一年にやらなくなり、父親の残した麦を食べ尽くしても、息子は麦蒔きに力を入れなかった、麦はだんだん育ちが悪くなり、最後には一つの株に一つの穂しかつかなくなり、育ちも小さくなった。それでいまでも麦は一株に一つの穂しか育たないのである。   

         聊斉 * 子                                         1994・5・31

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