うどんを食べる
劉爺さんは早く連れ合いを亡くした。二人がまだ若い夫婦であった頃は三人の息子を苦労して育てていたが、三人の息子はみんな妻を娶り所帯を持ち、劉爺さんも70歳を越えた。
息子と嫁たちは劉爺さんがまだ少しは元気で、もそもそ何か仕事をしている時は人並みに面倒もみていたが、歩きも動きもしないで、じっと火にあたるだけになった今は食べるにも着るにも、あまった物しかやらなかったし、お客が来ても隅に追いやっていた。
劉爺さんも何時か文句を言ってやろうと思っていたが、よく考えればもう自分では何もできないし、たいした生きがいがあるわけでもない、死に際になってわざわざ人に嫌われることもないと、つらい気持ちを腹に呑み込んで我慢するしかなかった。
ある日、上の嫁の実家の兄が来た。客が来るのは楽しいものだ、美味しいものも食べられる。上の嫁は鍋を洗い、中の嫁は火を起こし、下の嫁はうどんを打ち、大鍋に一杯ゆであげた。やがて客はうどんを食べて帰って行ったが、大鍋のうどんが沢山残った、それを上の嫁は亭主の分にと大きな丼に満々と盛った、中の嫁も亭主の分にといいところを大きな丼にとった、下の嫁も亭主の分にととったが、もううどんの大きなかたまりはなく汁に浮いたうどんを掬って大きな丼にいれた。
こうして劉爺さんの見ている前で三人の嫁たちはうどんをみんなすくってもって行ってしまった。三人の嫁たちは劉爺さんを見て可哀そうになり、恥ずかしくもなって、まるで川の中の魚をとるように、泡のように砕けたうどんのかけらをざるですくい小さなお椀にいれ、汁を大きなお椀にいれて劉爺さんのところに持って来た。
三人の息子たちは仕事から帰って、女房がとっておいてくれたうどんを、つるつる音をたてて美味しそうに食べ終わると、お椀をおいて
上の息子は 「食事するなら家庭の料理」 と一句、
中の息子が 「たとえ粗末な衣を着ても」 と続け、
下の息子が 「優しい妻の思いやり」 と句を結んだ。
それを聞くと劉爺さんはお椀をトンとおいて、「今日、お前たちのおっかさんがいれば、わしのお椀はこんなじゃなかった」と言って立ち上がった。
薛天智故事選 1994・3・15