鞋の故事

 蒲松齢は秀才でまたよく勉強し世間にも広く知られていたが、郷里の親しい人々に高ぶることはなかった、村人もまた蒲松齢を同じ仲間としてなれ親しみ、何時も笑わせたり冗談を言い合ったりした。
 ある時、蒲松齢は西関集に行き、帰りに五里泉の松林で休んだ、村人は蒲松齢の話を聞こうと、そっと蒲松齢の鞋を隠してしまい、話をしなければ行かせない、それに話の落ちは鞋でつけてくれと言った。蒲松齢は少し考えるとすぐ話しはじめた。  

 ある村にこんな男と女がいた。二人はとても仲がよく、互いに愛の変わらぬことを誓い、男はほかの女は娶らないと言い、女もほかの男には嫁がないと言った。誓い合って間もなく、女はほかの家に嫁ぐことになり、結婚式の招待状も出した。
 日が過ぎて、みるみるあと数日で嫁ぐことになった。男は怒り、女を責めた。
 男は「二人は互いに誓い合って、お前は俺よりほかの男と結婚しないと言ったのに、どうして結婚するのだ」と言った。
 女は「これは父さんや母さんが決めたのよ、仕方がないわ」と言った。  男は「どうして仕方がないのだ」と言った。  女は「方法があるなら、あんた言って」と言った。  男は「二人で井戸に跳び込んで死のう」と言った。  女は「いつ跳び込むの」と聞いた。  男は「今夜にしよう。村の西のはずれのあの井戸に跳び込むのだ、先に行った方が先に跳び込み、後から行った者が先の者がもう跳び込んだとすぐわかるように鞋を井戸の縁の上に置いておこう」と言った。女は承知した。

 夜になった。女は家であちこち片付け、あれをやり、これをやりしているうちに父も母も眠り、真夜中にすきを見つけて外に出た。村の西のはずれの井戸に来て見ると、男の鞋が井戸の縁の上に置いてある。それを見て女は「あの人はあの人だわ、わたしはまだ若くてまだ先があるのだから死ねないわ」と思った。よく見るとその鞋は新しいし作りもいい、これはもったいないと家に持って帰ってしまった。
 実は男も井戸に跳び込まず、そばの大きな木の後にいて、なにもかもみんな見ていた。何日か過ぎて女は嫁いだ、喇叭が“トウトウ、パアパア”と吹かれ、女は花嫁の輿に乗り、きらびやかに担がれて村を出て行った。男は急いで花嫁の輿にむかい「あんた、嫁に行ってもかまわないが、俺の鞋を返してくれ!」と大声で叫んだ。

  ここまで話すと、蒲松齢は口を閉ざした、村人はみんな、うっとりとして聞き入りまだその先を聞こうとした。蒲松齢は笑いながら「俺の鞋を返してくれ!」とまた言った。
 この一言でみんなは“ハッ”と気がついて“ドッ”と笑った。村人が蒲松齢の鞋を持って来て渡した。またみんなは一緒に笑い歩きはじめた。     

         聊斎 * cha 子続集                                    1994・2・16

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