貧乏人が貧乏人を救う
29歳でまだ所帯が持てない一人の貧乏な男が母親と住んでいた。小作で暮らしているのだが、一年の稼ぎでは食っていけず借金は増えるばかり、母親はそんな心配で病気になり、彼は一日疲れ果てて帰ると、僅かばかりの糠とおかずを食べてやっと生きていた。
1年の締めがきて、金貸しがみんな帳尻を合わせに来たらどうしよう。ああ、道は一つしかない。何か、盗みだ、こそ泥ではない強盗だ。彼はそれに決めた。家から切れのいい斧を持ち出して行こうとすると、母親が「お前、何しに行くんだい」と聞いた「うん、年の暮れだから、柴刈りしてそれを売って年が越せるように肉と餃子を買って来る」 「そうかい、それじゃ行っておいで」と母が言うと、男は斧を持って出かけた。何処へ行くのか、そう、泥棒に行くのだ、男は真っ直ぐ金持ちの家に行った。
新年を迎える年の暮れに、酒や肉を用意しない家はない。特に金持ちの家では、豚を殺し、山羊を裂き、鶏、鴨、魚などみんな揃えて準備する。これらは家の中に置けないから納屋にしまう。男は金持ちの家の納屋の入り口を斧でこじあけ、生のままつるされている魚やら肉やら、鶏、鴨、家鴨などを盗んだ袋に音をたてないようにそっといれた、米も粉もあったのでこれも別の袋にいれ、袋の口を縛ると担いで逃げた。
物は盗んだが考えると金がない。そうだ、もう一度あのあたりの家で、金を盗もう、そうすれば新年もまあまあだ。うまくいったとばかり盗んだ物をまず隠しておいてから目当ての家に行った。 土塀の内側に入って家の中を見ると、一家はちょうど飯を食べているところだった。何事も外からではわからない、実はこの家も貧乏なのだ、ああ、借金も清算できないのに新年がきてしまった、どうしよう、せめてもの慰めにと、一匹の魚と、大きな豚の頭の絵を描き、少し白菜を煮て、とうもろこしの粉に糠を混ぜた饅頭を蒸し、夫婦と三人の子供で食卓を囲んで食べていたのだ。
父親が子供に「お前たちはいいところをお食べ」と白菜をさして「大きいのを選んでお食べ、小さいのはお母さんにあげな、魚は突き刺すな、これは豚の耳、豚の口、豚の舌みんな沢山お食べ」と言っている。父親はせめて心の慰めにと描いた魚の絵の上に箸をおき「突き刺すな、きれいにとれ」と作り話をしているのだ。
ところが盗みに来た貧乏な男はこれを聞いて、この家は金持ちだと思い込んでしまった。豚の頭、口、耳、それに魚を突き刺すなと言って、子供にいいところを食べさせ、自分たちは小さいところを食べているが、金はあるんだ、よし、やってやれと、家の中を見ると子供たちは大きくない、夫婦は50歳くらいだ、あいつらを脅かせば金が盗れる。
男は戸を蹴って開け、斧をふりあげ「騒ぐな、金を持ってこい」と言うと家族はみんな跪いた、「ああ、あんたさん、わしらに金はありません、見てください、嘘じゃありません、金があればあげます」 「馬鹿言え、金がないだと、金がなくて魚や豚を食べたり、旨いものを食べるのか」 「いいえ、見てごらんなさい」食卓の上にあるのは絵に描いた魚、絵に描いた豚の頭と、白菜、糠をまぜたとうもろこし粉の饅頭であった。
男は斧をおろし「ああ、俺たちは同じ貧乏人だったのか、俺も貧乏で苦しみ仕方がなかったんだ、俺を責めないでくれ、ちょっと待ってくれ」男は急いで出て行くと盗んだ物を持って来て、“ドサッ”と置き、半分この家にやった。この家では大喜び、頭をさげ礼を言った。こうして男は盗んだ半分の物を持って家に帰り母親と年を越した。
新年の三日、四日になってまた彼は考えた、新年になっても貧乏はもとのままだ、どうしょうもない、また泥棒、泥棒するしかない、あちこち金持ちの家族が正月に夜中まで遊び、みんな寝てしまった家を探し、とうとう男はある家に入り箪笥をこじあけ金、銀の首飾りやお金をしこたま盗んで逃げた。
逃げる途中で、そうだ、盗んだ魚や肉をやったあの貧乏人の家もまだ困っているだろうと思い出し、その家の門を叩くと人が出てきて「あれ、恩人だ、早く入って下さい、ちょうどいい、まだ料理もご飯もあります、食べて下さい」「いらない、また金銀の首飾りや金を盗んできた、あんたたちにまた半分あげる」と男は金と金銀の首飾りを半分おいて、半分は家に持って帰り、母親を連れ外の土地で仕事をしようと逃げ出した。
盗んだ金銀の首飾りを貰ったこの貧乏人はこれを売り商売を始めて繁盛し、しばらくして大儲けした、荷車が必要なら荷車、馬が必要なら馬と家はだんだん金持ちになり息子も嫁を迎えるようになった。ある年、この人は大きな荷車に食料や布を載せ外の町へ商売に行った。
ある日、ある町へ行った時、町の中にお尋ね者の布告があり、人相書きが貼りだされていた。それを見て「あ、見たことある人だ、名前は頼士中、あ、これはわたしの恩人じゃないか、この人が鶏、鴨、家鴨、肉、米、粉、それに首飾り、お金もくれたんだ、この人がいなければ、わしは金持ちになれなかった。何をしたのだろう、聞いて見ると強盗をしてお尋ね者になっているのだと言う。仕入れた商品を売り終ってから再びその町に戻って聞くと、捕まって監獄に入れられ布告が完了すると処刑されるとがわかった。
これを聞くと、わしはあの人を救わねばと思った。あの人がなければ金持ちになれなかったのだ 監獄に行ってあの人に会うと、ひと目見るなり「わたしはあんたを知らない」と言った、「あなた、どうしてわしを知らないんですか」あ、これはわしに罪が及ぶのを恐れているのだ、わしは財産を投げ出してもあの人を救わなければならない、あの人はわしの恩人なのだ、あの恩を忘れることはできない、書記官に頼みこみ家の財産の半分を密かに差し出した。これがうまくいって、県知事はそっと彼を釈放した。 彼はどういうことかわからない、俺を捕まえ処刑しないでどうして釈放したのだろう、、彼はやっとあの時のあの貧乏人が財産を売って助けてくれたことがわかった。 これを恩を徳で報いる、貧乏人が貧乏人を助けるということだ。
撫順市巻下 1994・1・10