盗んだ遺書
紡績工場の工員李山は昼休みにご飯を食べに家へ帰ろうとして、工場の門を出たとたんに、子供を背負った主婦が道を渡ろうとしてトラックとぶつかった。李山はそれを見ると何も考えずにすぐその場所に駆けつけた。事故を起こした運転手はボ−としたままどうしていいかわからないでいる。李山と周りにいた人はこの母子二人をトラックに乗せると運転手はやっと正気になって急いでトラックを鼓楼病院に走らせた。
李山は情のある親切な人で病院に着くと運転手に母子を任せ、自分は頭にいっぱい汗をかきながら病院に伝え、医者に挨拶した、病院は即座に母子の手術を決定した。しかし病院の規定で手術には保証金が二人で500元必要である、運転手は300元の現金をだしたがまだ200元たりない。李山はいつもポケットにお金は入れてない、ましてや今は勤務中である、上着とズボンの4つのポケットを何回も探ってやっと40銭だしたが、これは女房から子供にお菓子を買って来いと言われていた金だ。李山は作り笑いをしながら 「先生、先に手術をして下さい、あとの200元は私が30分以内に必ず届けます」そう言って身分証明書を窓口に差し出した。医者は李山の誠意を見て承知すると、すぐ母子を手術室に運んだ。
李山と運転手はホッと一息ついた。運転手は県外の人で南京には知り合いもない、彼は涙をためてしっかり李山の手を握り「旦那、よろしくお願いします、その200元でわたしは助かります、職場に電報を打ち、ちょっとすればお金は電信為替で来ますから。ありがとうございました」と言った。実はこの時、李山は何処でお金を工面していいかわからなかったのである、家に帰る、勿論、家に帰るには30分もかからない、だが家に帰っても200元が待っているわけではない、工場で借りて来るには2時間では戻れない、どうしよう、盗むか“盗む”李山は突然ひらめいた、そうだこれしかない、バスに乗って金持ちから借りてこよう、人を救うためだ、ここまで考えると、彼は運転手の肩を叩き「あんたも忙しいだろう、私がなんとかして来るから、ここで私がお金を借りて来るのを待っていてくれ、20分以内に戻ってくる」そう言い終わると彼は急いで病院を出るとバスに乗り込んだ。
李山という人はなかなかの人である。父母の離婚で少年時代から非常に不幸な生活していた、9歳の時にはすでに“すり”になっていて15歳になるまでに5回も拘置所入りした経歴をもっている。18歳の時に町内の住民委員会は彼を紡績工場の工員に就職させた。10年のうちに真面目になり仕事にも努力して全く人が変わった、6年連続して優秀労働者にも選ばれた。
今日は人を救うために彼は往年の手段をとろうというのである。バスに乗って数分もたたないうちに、胸に金のネックレス、手に金の指輪、耳には金のイヤリングをつけた派手な厚化粧の金持ちそうな娘に目をつけると近づきバスが曲がって傾いた時、彼はきちんとしめてある娘のバックからふくらんだ財布を抜きとり、バスが停留所に着くと李山はすぐ飛び下りて人の少ない横町に入り急いでその綺麗なピンク色の財布を開け、すりとったお金を数えた、彼は嬉しくてもう少しで飛び上がるほどだった、世の中にはうまい事もあるものでお金はちょうど200元、多くも少なくもない、李山は「ありがとう、娘さん、私は悪人じゃない、本当に人を助けるためなのだ、こんどあんたに会ったら必ず返すから許してくれ」と独り言をいって、財布をそばのごみ箱に捨てようとしたが、李山はふと手を引っ込めた。
彼は多年の経験で財布にまだ何か挾んであるのを感じたのだ、また財布を開けてみると果たして4つ折りの白い紙があった、ひろげようとすると一枚の列車の切符が落ちた、紙を見て驚き眩暈がしそうだった、それは普通の白い紙だったが、明らかに一通の遺書であった、紙面にはこう書いてあった。
『優しいお父さん、お母さん、
わたしはもうお会いすることはできません。この世で生きていくことが出来ません、わたしは、ならず者に辱かしめられ、もう生きていけません。周りの人があれこれ言ってわたしを白い眼でみます。わたしは毎日涙で顔を洗うように悲しいだけです、けれども涙はわたしの恥辱を流がしてくれません。わたしは黄浦江の水でわたしの汚れた体を洗います。さようなら。不孝な娘静静より 1989年7月5日』
7月5日といえば今日ではないか、李山は急いで列車の切符をよく見ると、今日の午後南京発上海行きの317列車である。腕時計をみると針は4時半をさしている、するとあと30分でこの静静という娘さんは南京を離れて上海に行き黄浦江に飛び込もうとしたのだ。これは大変だ、ああ今日俺はとんでもないことを……自殺しようとしている娘さんのものを盗んでしまったのだと、彼は自分の頭をにがにがしく叩いたとたんに病院への保証金が200元たりないことに構っていられなくなり、また向きを変えてもう一度南京駅行きのバスに乗った。
バスを降りると李山は駅前広場を東から西まで捜した、出札口と待合室も捜した。そしてさっき“借りた”お金のことはともかく、河に飛び込むつもりの静静さんは捜すことができた。静静さんは待合室の一角にぼんやり座っていたのだ。李山はホッとしたがまた急にはずかしくなり、あたふたと、静静さんに近づきながら彼は思わず走り出して、無意識にあの財布をあげて振った、静静さんは李山が振り上げた財布を見ると突然悪いことに出会ったように、跳び上がって外にむかって勢いよく走り出した。李山もやっと捜したのだからと追いかけながら広場の南は玄武湖だから、もし湖に身を投げてしまったら、自分の罪はもっと大きくなる。こう考えると、彼も矢のように走りだし、走りながら「静静さん待って、思い違いしないで、身投げしないで、静静さん……」と叫んだ。
するとおかしなことに前を飛ぶように走っていた静静さんが李山の言葉を聞くと突然走るのを止めて立ち止まった。そして李山が走って来ると、彼女は振り返って「あんた、わたしになにか用、あんたどうしてわたしが身投げするって言うの」李山は彼女が走らなくなったので、喉につまった気持ちがおさまり、息を切らしながら今までのことを話し、あの遺書を渡した、静静さんは遺書を見終ると顔色を変えて突然李山の手をひいて広場の32号の電車と叫んだ、李山はさっきおさまった気持ちがまた上がってきて「静静さん、あなた、……」 「早く西駅に行くのよ、電車に乗ってから言うわ」
電車に乗ってから静静さんは一部始終を筋道を立てて話した、この娘は実は静静ではなかった、彼女もまた“すり”であった、今日の午後16号バスに乗り無錫へ行くついでに一人の娘から財布を盗み素早く1号バスに乗換え南京駅に来たのだ、まさか盗んだあとにまた盗まれたとは思わなかった。でもすり取った財布がないので、誰に取られたのかと彼女は待合室で不思議に思っていたのだ、そこへ李山があの目だった財布を持って彼女に向かって来たから刑事が搜査に来たのかと思い込み、びっくり仰天してあわてて逃げ出したのだがその後で李山が彼女を静静さんと呼び、身投げしないでと言ったので、なにごとかと思ったのである。
彼女は静静さんの遺書と李山の行為で麻痺していた良心を呼びおこし、思わず自分の身の上を思い出したのだ。彼女も昔はいい娘だったのに、静静と同じようにならず者に辱めを受け何処でも人から変な目で見られた。でも彼女は静静のように死を選ばず身を持ち崩してしまったのだ、しかし今、人間は正しい道を歩むべきだとわかり、静静を助けねばと思ったのだ、彼女はそのことで過去の誤りを償おうとしたのだ、南京駅では静静を見なかったので彼女はきっと西駅だと李山を連れて32号電車に乗ったのだ。
西駅に着いて二人は待合室に行ったが、すでにお客はあまりいなかった、でも二人は東から西、南から北と便所まで捜した、しかし静静の姿はみることは出来なかった、李山が駄目だと思った時突然彼女が興奮した声で「あそこ」と大きな声で叫んで李山をひいて改札口に走った、静静が改札口を通ろうとした時李山と彼女は追いつき、二人は優しく静静を諭して最後には静静も納得したので、二人は静静を家まで送った………
当代流伝故事選 1993・12・8