猫を売る話

 この話はあの動乱の時代に生まれました。
 武漢市南星横町に余媽さんという老婦人がいました、余媽さんは25歳で夫に先立たれました。お腹には子供を宿していましたが、出産して呉門と名づけました。それから余媽さんは他人の繕い物や洗濯をして、やっと息子に高級中学を卒業させました。
 呉門が高級中学を卒業する年に学生が農山村で労働する運動が起こり、彼はクラスメイトと共に鄂西山区の山村に行きました。4、5年たっと幾つかの就職先がありましたが、彼は親ひとり子ひとりで就職を有利にするコネもお金もなく、武漢市に就職して帰れる望みはありません、余媽さんはただ自分の苦しい運命と息子に何もしてやれないのを嘆くしかありませんでした。
 呉門も母ひとりをよるべのない武漢に残しておくのは忍びないので、何回も母親を鄂西山区に呼ぼうと思いましたが年老いた母を、失望させ悲しませるのが怖くて、いつも言い出せませんでした。

 今年も端午の節句が近づいてきました、5月5日は余媽さんの誕生日なのです、呉門は日頃から家に帰ることが少なくて、母の機嫌を損ねてはいけないと毎年母の誕生日には家に帰ることにしていました。端午の節句の数日前に呉門は左手に山の土産物を持ち、右手に竹籠を提げて家に帰りました。
 呉門が家に入ると母親は忙しそうに毛糸の編み物をしていました、顔にたくさんの皺のよった母親をじっと見ていると、喉がつまり涙がでてきましたが、すぐ袖で涙を拭くと無理に笑顔を作って、元気な声で「お母さん」と叫びました。余媽さんは急いで手にした編み棒を放し、着物をパタパタ払って息子の手をとり、上から下、左から右としみじみ息子を見てからやっと「門や、よく来てくれたね」と言いました。

 「ただいま、お母さん50歳の誕生日ですね」 「アア、お母さんはお前に苦労をかけて、年をとるばかりだよ」と言って涙を拭くのでした。呉門は「お母さん、そんなこと言わないで、今日はいいものを持ってきたんだ、見てご覧」と言いながら竹籠をさして「お母さん、この猫とても可愛いでしょう」と言いました、余媽さんは優しく呆れたように息子を見ると「この子ったら、のんき者だね、うちのような貧乏人が猫を飼ってどうするの」 「お母さん“犬は貧乏を呼ぶが、猫は幸運を呼ぶ”と言うでしょう、これは僕が山から拾ってきたんです」
 それは1か月ばかり前のことでした、その日、呉門は山へ柴を刈りに行き林の奥でこの生まれたばかりの子猫を見つけたのでした。けれどもこの子猫は不思議なことにご飯を食べず、肉しか食べないのです。呉門はこうしたわけを知っているのは自分だけだから、みてやろうと思いました。ちょうどいいことに彼は小さい時から弓が上手で、山へ行って山鳩や野兎を取るのは百発百中でした。こうして彼は猫を飼うことにしました。

 やがて子猫と呉門は気持ちが通じるようになり、呉門が仕事を終えて帰ると頭や尾を振って、服を噛んだり足を舐めたり、飛び跳ねたりしてじゃれ、座ると子猫は彼の懐に入って甘えるのでした。それで今度家に帰る時、子猫のために特別の竹籠を編んで連れて来たのでした。余媽さんは猫や犬をみている余裕もなく涙を拭くと、忙しく肉の配給券をだして息子に肉と野菜を買いにやり、自分は火をおこしてご飯を炊き始めました。
 呉門は肉を買って来るとまず先に大きな塊りを猫に食べさせました、余媽さんはニコニコしながら「お前の可愛い子がお腹が空かしているから、人より先に食べさせてやるのかい」 「お母さん、この猫は人の気持ちがわかるよ、うそだと思ったら試してご覧」余媽さんは信じられないまま猫に肉の塊りをやると、猫はまるで呉門の母親だと知っているように前足を彼女の手にかけ、舐めたり嗅いだり、肉を見たり彼女を見たりしました。余媽さんは心の中で、どうりで息子が手放せないわけだとわかり、本当に人なつこいこの猫をすぐ家族のひとりに加えました。

 またたくまに何日か過ぎて、たまっていた肉の配給券も人と猫でみんな食べてしまいました、あの頃はまだ肉の自由価額はなくて、もし肉を配給外で食べようとすればお金で肉の配給券を他人から買い、それで肉を買うしかありませんでした、しかし肉の配給券は手に入りにくく、また値段も高かったので、すぐ猫は肉が食べられなくなり、余媽さんは猫はかわいいが飼うことはできそうもないと、何回も息子に猫を売るように言おうとしましたが、口まででかかっても言えませんでした。
 でもどうすることもできなくなって余媽さんは息子に「今は人も肉が食べられないのに、それでも猫を飼っていくのかい、売ってやるのが猫の生きる道ではないかい」と相談しました。呉門も暫く考えていましたが、そうするしかありませんでした。
 ある日、呉門は猫に肉のご馳走を十分に食べさせ、猫を懐に抱え思いきれないように 「猫や猫や、俺はお前が憎くて捨てるのじゃないよ、貧乏でお前が飼えなくなったんだ、お前はお金持ちの家に行っておくれ」と言うと猫は“サァ”と飛び下りると嬉しそうに跳びはねてから竹籠の中にもぐり込み楽しそうにしました、呉門は喉がつまり鼻がジ−ンとしてやりきれませんでした。余媽さんが思わずかけよると、猫は籠から出てまるで「さよなら」と叫ぶように頭と尾をしきりに振るとまた籠の中に入りました、余媽さんはこの様子に耐えきれなくてふたすじの涙をどっと流しました。

 呉門は竹籠を閉めて、籠に花を挿して(それが売り物であることのしるし)街へ提げて行きました。十字路に来ると籠を下におきました。すると知的な中年の男の人が来て、籠をチラリと見て通り過ぎ少しいってから急に引き返し籠の前に来て、じっと子猫を右から左から見ていました、呉門は「猫を買ってくれますか、いくらでもいいですよ、籠ごと持って行ってください」と言うとその人は「この猫はどうしたの」と聞きました「山で拾ったのです」 「どこの山」 「鄂西山区です」と言ってから、呉門は猫を拾った時の事を一通り話しました、その人は「この猫は何を食べるの」とまた聞きました、呉門はビクッとしてもし肉しか食べないと言えば、この人は買わないかも知れないと、曖昧に「肉や魚やなんでも食べます」と言うと、この人は疑い深い顔で呉門を見ると、最後に「よし、この猫を私が買おう幾らだね」 「幾らでもいいですよ」するとこの人はポケットから一束のお札をだして「なかなか手にはいらないものだから、50元だそう」と言いました。呉門は猫1匹にこんな大金と驚いて思わず手をひっこめました。

 その人は呉門の心がわかったらしく、お金を呉門のポケットにおしこんで「君、納得済みで一方が売り一方が買うのだから受け取ってくれ」 「とんでもない、5元いただければたくさんです」二人は一人がやる、一人がいらないと押し問答しました。呉門はこの人はとんでもない高い値段をつけたものだ、返そう、言い値の10倍もの値段をつけて、まさかこの人は狂人か馬鹿じゃあないだろうな、取らない方がいい、でもこの人は頑固だから受け取っておいて、暫くしてからまた返せばいいかと考え、お金を受け取ることにして「じゃあ、お金はわたしが預かっておきます、あなたがいる時いつでも返えします」と言ました、その人は「ハイハイそれでいいですよ」と言いながら手帳を出して呉門の名前と住所を書いてから「あとでまた君を訪ねますよ」 「どうぞどうぞいつでもいいですよ」

 呉門は家に帰ると猫が売れたことを母に話しました、余媽さんはそれを聞くとこれには何か隠されていることがあると気がかりでした。すぐ3日が過ぎました。ちょうどこの日が余媽さんの50歳の誕生日で、呉門と街へ行って料理と酒を買い、呉門は途中で生地屋により母のために灰色の生地を買い、笑顔で縫い賃を聞くと8、9元でした、余媽さんは驚いて「お金はどうするの、あの50元は絶対に使えないよ、不相応なお金には必ず災いがあるからね、いつでもその人に返せるようにしておくんだよ」呉門は「お母さん心配しないでいいよ、お金は使っていないよ、このお金はお母さんに渡しておくから、あの人が来たら返せばいい」と言いました。それで余媽さんはやっと安心しました。

 呉門がいる時にあの猫を買った人が訪ねて来ました。二人が握手して挨拶を交わした後、で呉門は「お母さん、この方が猫を買ってくれた人です」と言うと、余媽さんはエプロンで手を拭きながら箱の中からあのお金を出して呉門に渡し、猫を買った人に「一匹の子猫の値段は幾らでもないのに、あなた様はあんなに大金を下さいまして、わたしども母子は毎日不安でした、あなた様が来て下さってわたしどもはやっと安心しました」と言いました、すると猫を買った人は穏やかに「おばあさん、あなたは高く売るのはおいやでしょうが、今日、私はもう300元お渡しします」と言いながら一束の紙幣を出しました。余媽さんは目を丸くして、大きな口を開け、猫を買った人を見つめました。

 呉門は猫の子はもちろん豹や虎だってこんな値はつかないと思い、苦笑いして「一匹の猫は何円かなのに、あなた冗談でしょう」と言いました。
 猫を買った人は呉門の真面目な顔を見て、心の中に親しみを感じ大きな声で笑い「君は本当に猫だと思っていたのかね、子猫ならどうして肉しか食べないのかね」と言いました、呉門は目を丸くして「子猫でなければなんですか」と聞きました「まさか山村の人が、猫の子と豹の子の見分けがつかないとはねェ」 「エエッ、豹の子」 「驚いたでしょう」呉門はびっくりして猫を買った人の手を掴み「アノ−あなたは……」 「私は動物園の張です、今日は特にそのことで来ました」
 母と子の二人はそれを聞くと本当に喜びました。呉門は含みを残した声で「本当に豹の子なら売らなかったのに……」と意味ありげに言い、張さんのハッとした顔つきを見ると、本当の意味はと言うように続けて「わたしは武漢市に寄付しますよ、山村から市民へのプレゼントですよ」張さんはそれを聞くとユモ−アたっぷりに「君の気持ちはわかりました、でもお金は受け取ってください、私は君の猫だけを買ったのではありません、君自身も買ったのです」
 呉門は少しの間、張さんの言った意味ががわからず、「それはどういう意味ですか」と聞くと張さんは立ち上がって、呉門の胸を拳で叩き「就職おめでとう、という意味です」呉門はそれを聞くと驚いて張さんを見て、暫くして「エエッ、本当にわたしが就職できるのですか」と言いました、張さんは二枚の採用決定書を渡して「本当です、動物園の“あの猫”の飼育係りです。これに書きこんだら出かけましょう」余媽さんは喜んで、呉門が就職した時にと用意しておいた飴と煙草を奥から出してきて張さんの手の上にのせました。それから家の前に立ってニコニコして人を見ると「呉門が就職しました、呉門が就職しました」と言いながら、煙草や飴を手渡しました、貰った人たちは何事かと思いました。

 あの日、張さんは“あの猫”を一目見た時、すぐ珍しい豹の子だとわかったのでした。買って帰ると動物園では値が安過ぎるから、もっとお金を出すことにしました。そしてこの豹の子は動物園に来ると、もとの飼い主を慕うのか人見知りをして何も食べず、人が近かづくとやたらに噛んだりひっかいたりしました。市の委員会は豹の子を飼う方法を考えるように指示してきました。動物園ではいろいろ考えて呉門を呼び豹の子の飼育係りにすることに決定したのです。
 余媽さんは外での大盤振舞いを終わると何を考え出したのか、額を叩いて突然息子に向かって高い声で「早くお酒を持っておいで」と言い、張さんには「どうかお酒を飲んで下さい」と言いました、張さんは満足げに「今日こちらでは二つ喜びあったのですから、頂きます」と言いました。お酒を飲んでから呉門と張さんは動物園に行きました。

 不思議と言うべきでしょうか、豹の子は呉門を見るとすぐ頭と尾を振って来ました。呉門は急いで抱き上げて撫でてやると、いろいろな感情が浮かび涙が流れるのでした。これは喜びの涙なのか長かった苦しみの思いなのか、熱い涙なのか、幸せの思いだったのか、呉門自身にもよくわかりしませんでした。ただはっきりしているのは呉門と豹の子は永遠に別れられないということでした。

         当代流伝故事選                                      1993・12・3

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