列車の中で

 ある日の昼、北京発沈陽行165列車は汽笛を長く鳴らして定刻に北京駅を発車した。この列車の8輛目の車輌には男、女、老人、子供、本を読む者、新聞を見る者、退屈している者、寝ている者、喋っている者などいろいろな人がたくさんいた。
 2列目の座席の窓際には向かい合って座っている二人の解放軍の兵士がいた。二人は帽子をかぶり、きちんと草緑の軍服を着ていた。一人は色白で大きな目をしたほっそりとしたタイプで座りにくそうに、右足を前の席に投げ出して座っている。向き合って座っている軍人は色が黒く鼻筋の通った偉丈夫。彼は窓際に寄りかかり、色白の兵士の投げ出した足をかばっているようである。
 隣は50歳を過ぎた老人で、この老人はじっと色白の兵士の足を不愉快そうに何も言わず横目で見ている。色白の兵士の隣には灰色の洋服に、ハイヒ−ルという20歳位の綺麗な娘が座っている。

 列車が動きだすとまもなく、この娘は居眠りを始め、しばらくすると色白の兵士の肩に頭をもたせかけた。色白は首をむけて「オ、眠った」と言って娘の方へ体を寄せた、それでも娘は目を覚まさず、かえって体を曲げて、寄りかかっていった。色白は色黒の大男の兵士に「エ−、娘さんよく寝ているな、この様子は二日も寝ていないみたいだ。よほど眠いのだろう」と話しかけると頭を起こして周りを見、誰も知らんふりしているのを見ると、ゆっくり体を後ろにずらし、左手を娘の体の下にあてがい、右手を上にかけ娘を胸の中へ抱きかかえた。それでも娘はス−ス−と眠って目を覚まさない。
 そばに座っている老人は見ていられなくて「ウフン、ウフン」とバッが悪るそうに咳払いしてほかへ移ろうと周りをみたが席がない、しょうがないのでまた座ったが、老人は面白くない、心の中で白昼こんな大勢の人がいるのに見も知らない娘を抱くなんて、この解放軍兵士の態度は何だ、娘も娘だ、こんな変な時に眠り目も覚さまさず眠りこけるなんて、老人は娘を起こそうと思ったが、また“よそう、用事で出掛けてきているのだし、この色白がどんな人間かもわからない、余計なことはしないほうがいい、見ないふりをしよう”とも考え、目を閉じて眠ろうとした。

 でも老人は心配でちょっと目を閉じるとまたすぐ目を開けた。すると色白はじっと娘のほほを見つめていた。そしてそっと娘の髮の毛をとくと娘の顔にはらはらと少しごみが落ちた。娘はそれでもまだ目を覚まさない。老人はまたしばらくして目を開けると、あれれ、なんとまあ、色白の兵士は唇をゆっくり娘の顔に近づけている、老人はこれをみていけない、こいつ、こんどは口をつけようというのかと、もう我慢できなくて“フット”と立ち上がり「エイ、何をするんだ、まだやめないのか、なんてことをするんだ」と言った。
 色白は何が起きたのかと頭をあげて不思議そうに老人を見た、娘も目を覚まして自分が兵士の胸に抱かれているのがわかり、ポ−と赤くなり急いで座り直し顔を赤くして「あたし、あたし」と何も言えない。色白は「お爺さん、どうしたんですか」と言った「お前、自分でしていて、わたしに何をしたか聞こうって言うのかい」 「エ、わたしは何もしてませんよ」  色黒の大きな兵士は口論になりそうだと、急いで立ち上がり、笑いながら「お爺さん、あなたはこの兵士に言っているのでしょう、本当に何でもありませんよ、あなたは誤解しているのです」とお爺さんに言った、老人はそれを聞くともっと怒って「エ、何でもない、誤解だと、恥じを知れ、お前らは昔から男女,別ありと言われていることを知らないのか、こんなことをしてまだ何でもないと言うのか」老人のこの一言で周りの乗客たちが集まってきた。

 老人はさっきからのことを乗客に話した、娘はそれを聞いて怒りと羞しさでどうしていいかわからず、色白に向かって荒々しく「ならず者」と罵り泣き出した、色白の兵士は罵られても怒りもせず、「あんた、泣かなくてもいいわよ、お爺さんの言うことは気にしないで」と慰めた、するとお爺さんは「なに、わしの言う事を聞くなだと、白昼公然と大衆の面前で解放軍兵士が娘を抱いたりして、お前に軍服を着せ解放軍にして置くなんて本当に悔しい。わしは今日、お前が着ている軍服を剥いでやる」そう言いながら色白に詰め寄った、色黒はお爺さんを抑え笑いながら「お爺さん、怒らないで下さい、あなたはまだわかってないのです」 「いや、わかっている、こいつは軍服を着たならず者だ」色白もこれを聞いて怒り立ち上がって「なに、わたしがならず者」と言い急に顔を赤くして、何も言わず右手で軍帽を掴んで脱いだ、みんなはそれを見て驚いた、この兵士は女性だったのだ、この女性の兵士は天性しゃがれ声で誰も女性だと見抜けなかったのだ。

 老人はこの女性の解放軍兵士を見た、頭の後ろに短い髮の毛を纏めていたが、頭の上は禿げていて一本の毛もない、そして大きな傷跡があった、色黒の兵士はお爺さんが不思議そうに自分を見ているので、すぐ「こちらは我々の看護長の耿鳳です、わたしは陳国勝と申します」と説明した。
 「わたし達は雲南部隊で1986年7月、耿鳳看護長はわたしと4名の兵士を率いた看護班でした、部隊について雲南老山の前線に参戦しました、戦闘中耿鳳看護長は数名の傷病兵を背負って、陣地を出たり入ったりし、最後の傷病兵を背負って陣地に入ろうとした時ベトナム軍の砲弾が近くで炸裂して大きな石が頭に当たったのです。

 わたしはすぐ行って、手当てをしょうとしますと彼女は『いいわよ、傷病兵を助けるのよ』といって自分のハンカチをだして頭に当て、戦闘の中の傷病兵を助けようと100 米ほど進んだ時、不幸にもまたベトナム軍の砲弾を右足に受け、少しの皮を残すだけになり青い草を赤い血で染めました。耿鳳は後方の病院に送られ三日三晩、人事不省でした。頭は化膿して髮の毛が落ち、右足切断の手術をしました。彼女は泣きながら『わたしはまだ働きたい、また戦地に戻りたいのに足がなくなってしまった』と言いました」陳国勝がここまで話すと身を屈めて耿鳳のズボンの隅をあげると義足が見えた、みんなはこれを見て感動し何も言えなかった。

陳国勝は「数日前義足ができ、両親の所に帰るのをわたしが部隊から派遣されて付き添って来たのです、義足はできたばかりでまだよく合っていないのでこうして座席に投げ出していたのです、隣に豊かな髮をした娘さんが無邪気な様子で眠っているのを見た時の彼女の気持ちをみなさんも理解できるでしょう、彼女はこの娘さんを姉妹のような気持ちで抱き、髪を撫でたのです、この御老人が誤解されるとは考えもつかなかったのです」
 人々はここまで話しを聞いてみんな同じように賛嘆の声をあげた、娘は涙をふき耿鳳の胸に身を寄せ「あなたはわたしのよいお姉さんなのに、悪いことをしてしまいました、どうか許してください。わたしは醸造工場の労働者ですが、自分の仕事がいやで一生懸命にやっていません、今日は夜勤からの帰りで、わたしは別な職を探そうと考えていました、今日わたしはあなたにお会いして、人生の貴重なことを教えていただきました、わたしはこれから一生懸命に働きます」老人は「わたしがボケていてお二人の英雄を悪者にしてしまい本当に済みませんでした」と二人の軍人の前に深々と頭をさげた。

 周りの乗客たちはこの情景を見て、大勢の人が涙を流しそれぞれ手をさしだして敬意を表した、ある人は「どうぞこちらにきて足を伸ばして休んでください」と言い、ある人はお菓子を、ある人は飲み物を持って来た。人々は耿鳳の頭を見て知らず知らずに崇高な心にうたれていた。

          当代流伝故事選                                      1993・11・2

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