足を踏む

 ある日、1台のバスが街の中を走っていると、突然子供が道路に飛び出して来た、子供はバスを見て驚き、どうしていいかわからず、立ち止まってしまった、バスの運転手はそれを見て素早く“キイ−”とバスを急停車させたので、子供は助かったが、バスの中のでは「痛え、なんで足を踏むんだ」と叫び声が上がった。
 叫んだのは一人の若い男である。その男のそばに立っていた娘が、急停車したはずみにどっと前に出て男の足を踏んでしまったのである。娘はすぐとても丁寧に「すみません」と謝った。

 男は娘を睨みつけると、口をとがらして「なに言ってんだ“すみません”ですむか」娘はまた遠慮がちに「どうすればいいのですか」と言うと、男は嬉しそうに「簡単だよ、あんたが俺を踏んだ、だからあんたが俺にあんたを踏ませてくれればいい、でもあんたの汚い足を踏みたくないから、俺の唇を軽くあんたの唇に合わさせてくれればいいよ、さあ、合わさせてくれ」娘はそれを聞くと、たちまち羞かしそうに顔を赤らめた。
 そばにいた老人がみかねて「お前さん、バスはこんなに混んでいるんだ、誰だって踏んだり踏まれたりするのに、なんだって、そんなに人を辱めるんだね」と言うと、周りの人も口々に「あきれた奴だ」 「ならず者」などと言うと、男はそれを聞いて怒りだし、ふんぞり返り、唾をとばしながら「フン、お前らがそんなことを言うなら、お前たちが相手だ、お前らの一人が俺に足を踏ませろ、どうだ」と言い、さっき男に注意した老人に近づいて、足を上げ踏もうとした。すると、あの娘は手を伸ばして男を掴まえ、じっと男を見つめて「あんた踏むなら、先にわたしの足を踏みなさい」と言って、右足を前に出し男が踏むのを待った。

 娘のこの態度に周りの人は驚き、男の言葉に耳を傾けた。「お前、俺さまに足を踏ませると言うなら軟らかい骨が砕けても恨むなよ、俺さまのせいじゃない」と言い終わると、この男は本当に右足を上げた。人々がこの右足を見ると半高の牛皮の靴に鉄が半張りしてある。見ると男は全身の力をみんな足に集め鉄の半張りで踏んづけようと娘の足に向け、荒々しく踏み下ろした、娘は何も言わず、体を避けようともせず男に踏ませた、ところが男は力一杯踏みつけると「オ−」と震え声を上げた、声を上げたのは娘ではなく男で、男は痛くて足を抱え声を上げたのだ。

 娘は男の前に進み「あんた、バスに乗れば誰だって誰かにぶつかることがあるわ、これからは、気にしないことね。これでわかったでしょう、もしわたしが本当にあんたの足を踏んだらどうなったか、あんた考えてごらんなさい」と言った、男は何も言わず頭をさげていたが、そばの農民が天秤棒を持っているのを見つけると有無を言わせずとりあげそれで娘の足を払った、娘は依然としてすこしも痛みを感じていない、ここでやっとみんなはこの娘が強い気功術を身につけていることがわかった。

 バスが止まりこの男が降りようとすると、公安員が走りよって男に「あんた、ちょっと待ってくれ、さっきのやり方は他人に対する傷害だ、わたしと一緒に派出所に来てくれ」と言って連れて行った。さっきから面白くなかった老人はそれを見て気が晴れ「あいつが罪になるのは、当たり前だ」と言った。

         当代流伝故事選                                      1993・10・16

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