一個の“オメガ”
ある夕方、上海南京路大光明映画劇場の前は大勢の人で、とても賑やかであった。カラ−映画“廬山の恋”がこの劇場で上映されるのを、待っていた人が続々とやって来たのである。
さて、劇場のわきの黄河路の角に一人の夏服の青年が左手に2元の紙幣を持ち、右手に煙草をはさんで立っている。青年の名は呉平。あまりないのだがチッケトの払い戻しをする人を劇場の前で待っているのである、実は経験でこの場所がいいと知っているのだ。呉平は辺りに目を配りながら焦らずに待っている、目が左にいった時、すらりとした体で流行のノ−スリ−ブのブラウス、深緑のタイトスカ−トという姿の娘が来た、右肩にクリ−ム色の蝶型のバッグをかけ、バッグから自動傘の柄が見えている。ふいに娘が「あの、いま何時ですか」と聞いた、呉平は思わず驚いたが、わざとらしく左手をあげ、腕時計を見て「あと7分で7時です」と言った。
5分過ぎた、映画の始まる1分前になった、この娘がまた「あなたチケットが欲しいのですか」と言った「そうです、持っていますか」 「女の友達が来ないから、一枚ありますけど」呉平はすごく喜んですぐお金を渡した。娘はしとやかに「始まるわ、中でまた話しましょう」と言った、そこで二人は劇場に入った。
呉平は今晩こんな“棚からぼた餅”ように人気の映画のチケット ”を手に入れ、おまけに映画の中の周均と耿樺の一目惚れと同じような“いいこと”に遇うなんてちっとも思っていなかった。彼は隣に座った娘は徐蓮といい、計器工場に勤めていることを知り、娘の甘たるい声を心地好く聞いた。映画が終わると二人は手に手を取り合って出て来た、言うまでもない電光石火の恋愛の始まりである。
翌日、長風公園の銀鋤湖に遊覧船が風に揺れていた、船尾に並んで座っているのは呉平と徐蓮である。徐蓮がうきうきと「本当に友達はいないの」と聞いた「嘘じゃあないよ、もし君を騙したら僕はすぐ……」と言って天に誓う恰好をすると、徐蓮はハンカチをだして呉平の口にあて「嘘言ったら許さないわよ」と言うと呉平は「前にいたんだ、いい人だったけど、彼女の家はとても貧乏で駄目だったんだ、そのあと友達がまた一人紹介してくれたけど、あまり綺麗じゃあなかったんだ」と言った「じゃあ、どうしてわたしなの」 「君は美人で優しいし、僕の気持ちをわかってくれてるから」徐蓮は「ホ、ホ、ホ」と笑い呉平の左手を引っ張り優しく撫でながら腕時計を見て「エ−、これほんとにあんたの時計」呉平は「馬鹿言うなよ、正真正銘の“オメガ”だ、530元したんだ」と得意そうに答えた。
そして思いついたように徐蓮に「僕たち、あとどうやって連絡したらいい」と聞いた「あたしがあんたに電話する」「それなら君の住所は」 「今は教えてあげない、あたしはあんたをよーく観察しているんだから、いい」と言いながら呉平に向いて笑い、彼の体によりかかってきた。
暫くして、徐蓮は眉をしかめ、低い声でつまらなそうに「ア−この公園でこうやっていても、面白くないわねえ」と言った「じゃあどうしたらいい」 「南翔古奇園で写真を撮るのはどう、素晴らしいわよ」呉平は困った顔した「写真を撮るのはいいんだけど、カメラは」 「わたしが持ってるわ」呉平は彼女がカメラを持っていると聞いて空にも飛ぶような気がした。俺の目はやっぱり狂っていない。どうだい、カメラを持っているなんてこれはどういうことだ、彼は金と美貌を兼ね備えた徐蓮を見て思わず得意になりにっこりしてしまった。
三日たって、やっと待っていた工場の休みがきた、呉平は買ったばかりのシヤツを着て、ピカピカに磨いた靴を履き“色眼鏡”をかけ、観光に来た華僑のような恰好で約束の場所に出かけた。そして二度、腕時計を見た時、徐蓮が颯爽とやって来た。今日は白いワンピ−スに白のハイヒ−ルという姿で左肩に角型のカメラをさげている。徐蓮は呉平をひっぱってバス停に向かった、道路を渡ると徐蓮は足を止め、呉平に「わたし中国服で写真を撮りたいわ、どう」 「中国服で写すって、中国服は何処にあるの」 「わたしの叔母が持っているのよ、わたし借りてくるわ、ついでに叔父の洋服も借りてくるわ、あなたも何枚か撮りなさいよ」呉平もすぐ同意して心の中で「本当にモダンで品のある人たちだな」と思った、話しているうちに二人はある横丁に来た、徐蓮はカメラを取り、呉平の肩にかけると「あなた、待ってて、ここの3号棟なの」彼女は少し歩くとまた戻って来て「ア、今日急いでいたので時計をしてくるのを忘れたわ、こんな恰好を叔母に見られると恥ずかしいな」と言うので呉平は、すぐ時計をはずし、徐蓮に渡しながら「オメガをつけていけば、君も恰好がつくだろう」と言うと徐蓮は口をすぼめて笑い、時計のバンドをはめると3号棟の門に入って行った。
5分、10分、1時間過ぎた、呉平はいらいらして路地を出たり入ったりした、しかし徐蓮は見えない、ふと気がついて急いで3号棟の門に行き、人に「ここに白のワンピ−スの女性はいませんでしたか」と尋ねてもみんな知らないと言う、一人の老人が路地を指して「見てごらん、門は前と後と通じているんだよ」と教えてくれた、呉平は肩にかけた彼女のカメラを思い出して急いで開けた途端に、驚いてしまった、皮の箱に入っていたのは四角に切った木であった。これではっきりした、額に玉のような冷や汗がどっとでてきた。人々は呉平を囲んでいろいろ聞きだした、呉平はこれまでの“オメガの話”をした、人々は呉平と一緒に派出所に届けに行ってくれたが、呉平は自分の頭を叩き「そうだ、そうだ、これは俺が金と美人を欲張った当然の結果だ」とつぶやいた。
当代流伝故事選 1993・10・11