奇怪な殺人犯

 ちょうど7時半。県公安局張局長は会議の宣告をした「みなさん、今日の午前の会議の案件は“823”刑事事件です。では捜査課から事件をまとめて報告してください」“823”事件の担当は捜査課のベテラン、王刑事である。 

 彼は体が大きくがっしりしていて、目の前に立てば壁、遠くに立った姿はまるで塔である。王刑事は書類入れから事件簿をを取り出し大きな声で読み始めた。
 「発生場所、向陽公社南山大隊。発生時間1979年8月23日午後。容疑者の姓は黄、黄亮、南山大隊第3生産隊所属。被害者の姓は陳、陳木根、南山大隊の大隊長。これが死者の写真。事件発生の原因、黄亮の稲田に施した肥料の量が合わず陳木根が文句を言って喧嘩、黄亮が陳木根を押し倒し、陳木根は頭を打ち、その場に血を流して気を失い、包帯をして好転したが重傷で翌日の朝、死亡」
 この状況に基づいて王刑事は「黄亮の凶行で陳木根は重傷をうけ死亡した刑事事件です。状況と事実とは合致しており、本人も認める供述をし、矛盾もありません、検察院にこの事件を上申して、直ちに黄亮を逮捕しました」と報告した。

 会議に出席した公安局幹部は一致して王刑事の報告に同意した。張局長が会議終了を告げようとするとると、突然、立ち上がって「ちょっと」と声をあげた者がいる、これがみんなが評議一決しょうとする途中で難癖をつける“噛みつきや”である。これは誰か、誰でもない捜査課の李課長だ。彼はさっき王刑事が見せた被害者陳木根の写真を一目見てある事を思い出したのである。
 数年前、南山公社の刈り入れに参加した時、彼は稲刈りで不注意から指を切ってしまった、ハンカチをだし包帯して貰おうとそばにいた青年に声をかけた、するとこの青年は振り向いた途端に、顔が真っ白になり気を失ってしまったのである。
 当時彼はどうしてだかわからず、びっくりしてしまった。あとでこの青年は血を見ると気が遠くなって貧血をおこす一種のアレルギ−性虚脱症だとわかった、このことが強く印象に残っていたので、写真を見るとすぐ陳木根がこの青年だったことを思い出したのである。事件の説明を聞いた李課長は「陳木根が頭に傷をうけて気を失ったのは、貧血ではなかったか、だから包帯をしたあとよくなったのだ、それなのに何故翌日の朝死んだのか」ここまで考えて、彼は立ち上がって、疑問をだし、法医を派遣して検死をし、死亡原因を詳しく確かめるように提案したのである。
 会議はまた始められた。李課長の意見を支持する者、王刑事を支持する者がいたが、事件を徹底的に洗い直すために張局長は李課長と王刑事に823事件をもう一度調べるように命令した。命令を受けたあと李課長と王刑事、それと法医は車で出発した。
 王刑事は李課長に「再調査は何から手をつけるつもりですか」と聞いた「まず陳木根死亡前後の経過の状況だ、それを陳木根の妻陳鳳蘭に聞かなければならない」 「どうしてですか」 「二人は春節に結婚したんだ。陳木根は目上の者がみんな死んでいるから家には老人も子供もいない」 「そうすると陳木根が死んだ時は陳鳳蘭一人しかいなかったというわけですか」 「そうだ」ここまで話した時、ジ−プは急転回して“キイッ”と急ブレ−キをかけた。李課長は頭をあげた、前に南山大隊養蜂場と書いた桶を二つ担いだ爺さんがいたのだ、よく見ると有名な養蜂の名人陳爺さんである。李課長は丁重に陳爺さんに声をかけ陳爺さんをジ−プに乗せた。

 諺に“老木は根が多く、老人は話が多い”というが、陳爺さんはジ−プに乗るとすぐ一昨日親戚に用事があって行ったこと、ついでに養蜂場の蜜を持って町に売りに行ったこと、親戚から帰ったら、村に殺人事件があったと聞いて驚いたことなどを話し始め、少しも止まらない。
 そして「ほんとに、罪つくりなことで、鳳蘭も可哀相だ」と言った。それに続けて李課長は陳鳳蘭の様子を知ろうと陳爺さんに「陳夫婦の仲はよかったかね」と聞いてみた「よかったよ、村ではみんないい夫婦だといっていたが、近頃よく喧嘩していると聞いたな、どうしてか俺は知らないが、もしそれを知りたいなら公社の姚書記がいいよ、よく知っているから」と言った。
 李課長は南山大隊と公社とは10数里も離れているのに、どうして姚書記が一番よく知っているのかおかしいと思ったが、今年、姚書記は南山大隊の工作隊にいたというのを聞いて納得した。この姚書記は李課長もよく知っている、40歳ぐらいの中肉中背の男で、人にも親切でよく県の会議で彼に会ったことがある。話をしているうちに、早くも南山大隊に着いた。陳爺さんと別れてから李課長たちは直接大隊長の家に行った。

 陳木根の家は村のはずれで、青瓦赤煉瓦の新しい家である、門に行くとちょうどよく陳鳳蘭が洗面器を抱えて出てきた、年は26歳ぐらい、うりざね顔で髪は短く、白い服に黒い紗の布を被り、川へ洗濯に行くところだったが公安局の人がきたので家に戻ると、急いでお茶の用意をした。
 家に入った李課長は部屋の飾り付けを仔細に眺めた、みかん色の漆家具、額縁に嵌め込まれた結婚式の写真、テ−ブルの上の花瓶に綺麗な一束の造花、お盆の上に大きく赤で喜と描かれたポット、三個の綺麗なコップにちょうど一人づつのお茶がいれてある。李課長は陳鳳蘭に一昨日の詳しい様子を話してくれるように言った。    「一昨日の夕方、夫は公社の会議から帰ってきました、見ると頭に包帯をして、体に血がついているので、聞きますと黄亮に殴られた傷だと言いました、わたしは体の血の跡を洗ってやり新しいシャツに着替えさせました。晩御飯を食べてからわたしは漢方薬を煎じてやり、川に行って服を洗って帰って来ると、夫はもう寝ていました、まさかつぎの朝夫が……」陳鳳蘭は嗚咽してそれから先はもう話せなかった。

 李課長は洗面器の中から白いシャツをとり、「これが御主人が着替えたシャツですか」 「そうです、買ったばかりで、何分も着ず、寝る時脱いだままです」 「一昨日の晩ほかの人は誰も来ませんでしたか」陳鳳蘭は首を振って「来ません」と答えた「御主人は薬のほかに食べた物はありませんか」 「一杯のお粥と一服の薬のほか食べた物はありません」
 王刑事は事件の経緯がよくわかりもう尋ねることはなかった。李課長はシャツに鼻を近かずけて匂いを嗅いでいる、王刑事は何をしているのかわからなかった。すると李課長はシャツの胸のところをさして「これは何だろう」王刑事がよく見ると小さな薄黄色の染みである、陳鳳蘭はそれを見たあとで、知らないと頭を振った。王刑事は何かを食べた時うっかりして、ついたのかも知れないと思った「うん、染みの位置からみればその通りだ、しかしこれはお粥の染みでも薬の染みでもない」李課長は深く考えて、陳木根はきっとほかの物を食べたと断定し、疑問をはっきりさせるために李課長は墓を堀り起こして検死することを決定し、直ちに検死した。

 解剖の結果陳木根の頭部は外傷だけで、脳震蕩でも脳溢血でもない。腹部は胃腸が腐り出血していることが発見され、死体は変色している、中毒症状は明白である。検死の結果法医は陳木根は外傷ではなく中毒によって死亡したと断定した。李課長はすぐ法医にシャツと腸、胃液の化学反応を検査してあとで電話で知らせてくれるよう要請した。
 陳木根が中毒死であったことはすぐ村中に伝わった。老若男女の議論はさまざまで「陳木根を殺した犯人は陳鳳蘭だ」と言い、ある人は「絶対に陳鳳蘭ではない、そんな人間ではない」と言った。
 李課長と王刑事の意見も同じではなかった。王刑事の意見はこの事件ははっきりしてきたのだから、すぐに陳鳳蘭を訊問すべきだ、陳鳳蘭と陳木根は日頃から仲がよくなくて何時も言い争っていたというのだから、犯人はおそらく彼女だと言うのである。李課長は確かに陳鳳蘭に疑はあるが、すぐに結論は下だせない、彼女と陳木根の関係をもっと深く調べなければならないと言う考えであった。

 晩御飯の後で李課長は公社へ行って姚書記に会おうと思っていると、思いがけず姚書記がやって来た。李課長はにこやかに「ちょうどよかったですよ、そちらに行こうと思っているところでした」と言った、姚書記は笑って「あなた達、犯人に会おうと思ってるんじゃあないですか」と答えた。王刑事は陳爺さんの話しを思いだし「姚書記、陳鳳蘭と陳木根夫婦は何時も喧嘩していたと聞きましたが、そうだったんですか」 「そうです」 「それは二人は仲がわるかったからですか」 「その反対ですよ、仲がよかったから二人は喧嘩したんですよ」姚書記の話を聞いて李課長と王刑事はおかしいと思った。それはいつたいどういうことか、そこで姚書記はいろいろと二人に話を始めた。

 陳木根は隊長になってから、夫婦の間のには行き違いが大きくなったらしい。陳木根は年が若く怒りっぽい気性だった、仕事熱心で生産のリ−ダ−だったが、仕事のやり方は単純で人に批判されるとすぐ言い争いを起こした。こんな欠点があったから鳳蘭は気性を改めて、人と龍虎の争いはしないようにと言っていた。だが、何時もいうことを聞かない、時には怒って、俺の気性は生まれつきだと突き放し、ああ言えばこう言うで二人はすぐ喧嘩をした。“爺さんには爺さんの理屈、婆さんには婆さんの理屈”で、二人の言い分は違ったが喧嘩してもまた仲よくなる、あの夫婦は喧嘩はするが、あつあつの仲のいい夫婦だった。と姚書記がここまで話し終わると、もう9時をだいぶ過ぎてしまった。姚書記は二人に早く休まれたらと言い、何かあったら声をかけてくれと向かいの家に帰った。

 姚書記が帰った後、李課長は王刑事を先の休ませ、自分は電話の前で局からの化学反応の結果の知らせを待った。王刑事は隣の部屋で横になるとゆっくりと眠りに入っていった。突然彼は外で人の声を聞き、続いて慌ただしい足音がした。王刑事は驚いて目を覚ますと、靴もよくはかないまま部屋から飛び出した。外はひっそりしていて何の音もしない、前の姚書記の部屋の電灯のほか周りは真っ暗闇。事務室もからっぽ、李課長の姿もない「どうしたのだろう」おかしいと思っていると、前の姚書記の家の門が開き人が出て来た、見ると陳鳳蘭である。王刑事は何が起きたのか姚書記に聞きに行こうとした時電話が鳴った。
 電話は張局長からで、検査の結果陳木根の胃や腸の液から何かわからないが多くの劇毒がでた、シャツの染みは蜂蜜である。この線から事件を暴いて早く犯人を捜しだしてくれと言うのだった。王刑事が電話を置くと軽やかな足音がした。「誰」 「俺だ」李課長が帰って来た「どこへ行っていたのですか」李課長は小声で王刑事に、さっき退屈して少し歩いてみようと門まで行くと、姚書記の家の窓の下に黒い影がちらりと見えた。目がかすんでいるのかと思ったが、よく見ると窓の下に黒い影がある、声をかけるとその黒い影は一瞬で見えなくなった、急いで追いかけ、しばらく捜したが何処にも見つからなかったと言った、王刑事はさっき陳鳳蘭を見たことと、化学反応の結果の電話があったことを伝えた、李課長はすぐ陳鳳蘭を捜しに行くことにした。

 陳木根の家に着くと李課長は門を叩いた、中から声はない、何回か呼んでも返事はない。王刑事は窓に走り、中を懐中電灯で照らした「しまった」陳鳳蘭が倒れている、二人は急いで窓から飛び込んだ、入ると農薬の匂いがする、電灯をつけると陳鳳蘭は白い物を吐き、唇は紫色なってぐったりしている。李課長は王刑事に現場を見張らせ急いで大隊事務室に走り、電話で状況を局に報告した。現場の様子から陳鳳蘭は自殺である。李課長と王刑事はあたりを捜査したが農薬の瓶の外は何も見当たらない、蜂蜜の痕跡も蜂蜜をいれた器もない、捜査は行き詰まった。
 外から鶏の声が聞こえてきた、夜が明けたのだ、二羽の鵲が木の上でしきりに鳴いている。王はいらだって我慢できず「うるさい、喜んでいる時ではない」と大声を出した、李課長はただ盆の上の三個のコップを見ていた、そして突然声をあげた「そうだ」 「どうしました」 「見てみろ、この茶道具は結婚祝いに買ったものだ、それならコップは四個あるはずだ、どうして三個なんだ」 「アッ、そうですね」二人は手分けしてコップを捜し始めた、捜しているうちに、李課長は血の跡を発見した、よく見ると血の跡は王刑事の足跡だ、李課長は王刑事に足をあげさせ、針を探してきて靴の裏をほじくり小さなガラスの破片をみつけた。これを李課長は宝物のように思った、急いで地面を手でなでるようにして見ると最後にベットの前の方に極く小さなガラスの破片を見つけた。これは一個のコップが割られたのだ、この状況から二人は陳鳳蘭は死んで始末をつけたのだと思った、それからは順調に割れたガラスのコップを見つけることができた、これはあるお婆さんがコップの破片を見つけ、ガラスの破片が誰かの足に刺さらないように、ごみを捨てる時、割れたコップを土塀の穴にいれたのだ。

 二人はすぐ局に帰って化学反応試験をした、テストの結果コップには蜂蜜の跡がり、シャツにあった染みと同じであった。指紋を検査すると陳木根、陳鳳蘭と掃除のお婆さんのほかに、もう一つべつの指紋があった、それは公社党委書記姚之奎の指紋であった。
 県公案局はこの事件の捜査に基づいて容疑者黄亮を釈放し、姚之奎の訊問を実施した。その結果姚之奎はあの晩陳木根を見舞ったこと、養蜂場で蜂蜜を一斤買い薬にするように持って行ってやったことを認めた。その時陳鳳蘭は服を洗いに行っていなかったがあの晩陳鳳蘭は彼を尋ね、夫がみんなとどうして議論したかを聞きに来たのでその時の状況を話してやったとも話した。

 事件を分析する会議で王刑事は823事件は徹底的な捜査で犯人は姚之奎と陳鳳蘭だとする証拠は鉄のように固く山のように動かない、謀殺の動機は彼等二人は怪しい仲であったからだ、直ちに姚之奎を逮捕すべきであると提案した。李課長は事件はほぼ解明されたがもう一歩進めて調べる必要がある。一つは窓の下にいた黒い影は誰かということ、それと蜂蜜のこともまだ調査が進んでいないと言った。この時、黄亮の妻が事情の説明にやって来た、窓の下にいたのは彼女だと言うのである。あの日、死体解剖の後に事件はひっくりかえされたので、彼女は自分の夫は救われると思い事情を聞きに行ったら、陳鳳蘭が姚書記と一緒にいるのを見て、村でみんなが二人のことをいろいろ噂していたのを思い出し、変だと疑い窓の下に身をよせて盗み聞きをしていたら、誰かに見られ逃げ出して、怖くなり何も言えなかった。いまは夫も公安局のおかげで釈放され家に戻り、家族も安心できたので、黄亮の妻は進んで事情を話しに来たのである。

 黄亮の妻が話した状況と姚之奎の釈明は全く同じだったので、再び謀殺の原因はひっくりかえされた。残った捜査の蜂蜜を調べるために李課長はまた南山大隊養蜂場へ行き、事実調査をしてとうとう本当の犯人…七月の生の蜂蜜…をつきとめた。
 姚書記はあの日養蜂場に蜂蜜を買いに行った、蜂蜜は陳爺さんが担いで売りに行ってしまってなかった、養蜂場の青年は隊長が薬にするというのを聞いて、とりあえず巣箱の中から一斤の生の蜂蜜をだして渡した。問題はこの蜂蜜であった、養蜂の名人陳爺さんは 「昔、先輩から旧暦七月の生蜂蜜は食べられないと聞いたことがある」と言った。李課長は養蜂と蜂蜜に関する書物を調べ、ついに<本草綱目>の中から「七月の生蜜は食べてはならない、激しい嘔吐下痢を起こす」という唐朝の医学者孫思逖の話を探し出した。
 旧暦七月の蜂蜜にはどうして毒があるのか、この謎を解くために李課長は野外を観察して、夏の終わりから秋の初めにかけて南山大隊のあたりには有毒の断腸草花、酔魚草花、野ゆりなどが多いことがわかった。蜜蜂はこれらの花から有毒な花粉をつけ、いろいろな毒を含む劇毒の蜜を作るのである。最後に小さな白鼠でテストしてこれを証明した。

  誤食生蜜成奇案 生蜜を誤って食べた奇怪な事件
  失手砕杯案難断 コップを落として難事件となる
  実事求是最緊要 真実を求めるは最も重要だ
  辨案豈能憑主観 事件に主観をいれては解決できぬ   

      当代流伝故事選                                          1993・9・10

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