「ご飯だよ〜早くおいで〜」

 静かな夜、鎮守さまの前や十字路を行ったり来たりしながら柄杓で水を撒き「息子(娘)や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と叫んでいる母親の姿を見ることがある。何をしているのだろう?これにはこんな話がある。

 昔、秦の始皇帝は万里の長城を築く為に多くの人々を徴発し夜も昼も働かせた。だが人は鉄でできてはない、ろくに食べも寝もせず働かされては疲れ果ててしまう。それで多くの人々が死んだと伝えられているのである。

 十四五歳だった韓天亮も徴発された時、母は病気で寝ていた、天亮は母が自分を心配して死にはしないか、またその死に目に遇えぬのではないかと何時も嘆き悲しみながら働かされていた。ある日、天亮は大きな煉瓦を担いで城壁を登っていたが一瞬ふらりとして城壁から落ちた。人々は天亮を助けようと走り出したが工事監督はそれを許さず、天亮の体を死人置き場に曳きずって行った。

 それからどれだけ時間がたったろうか、天亮は「亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と叫ぶ母の声を聞いた。ハッとして身を起こし、母の前へ駆けつけると、あたりは真っ暗、空は星一つなく、山も河も森も見えない。まるで黒い筒の中に落ちたようであった。天亮は泣きながら「おっかさん、何処にいるの!」と大声で叫んだ。声がかすれ喉が裂け、口からは血が流れ出た。だが母の返事はない、天亮が気を落としていると、再び「亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と母の声が聞こえた、天亮はすぐ「おっかさん、何処にいるの!」と叫んだが、母の声はそれっきりだった。

 しばらくするとまた「亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と母の声、こんどははっきりと懐かしい我が家の方から聞こえてきた。天亮はすぐさま声の方へ走ったが、走りながらこのまま走り続けても母に会えるのは何時になるのか、空を飛べればいいのにと思うと、天亮の両足は地面から離れ空に飛び上がっていた。足の下には山や河や森が見える、山を越え、河を越え、森を越え、たちまち我が家へ戻った。天亮は母と抱き合って泣いた。だがそれもつかの間、村には人馬の声がしてまた官府の徴発が始まった。母が「亮や、徴発だ、早くお逃げ」と叫び、天亮が逃げようとすると、あの工事監督が手下を連れて来て、大声で「韓天亮、よくも逃げたな、皇帝の命によりお前の両足を切る」と怒鳴り刀を振り下ろした。天亮は「ギャア!」と声を上げて目を覚ました、夢だったのだ。

 天亮が目をあけると夜空には星と月が光っていた。天亮は工事監督は俺が死んだと思いこんでいるが俺は死ななかった、このまま家へ帰って母に会おうと思ったが足が痛くて歩けない、それでも天亮は昼夜を分けず足を引き摺って我が家へ向かった。不思議なことに、天亮が疲れて動けなくなるとまたあの「亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と言う母の声が聞こえ、天亮はまた元気を取り戻すのだった。どれだけ経ったのか分からないが、星が一つ光る晩に、天亮はとうとう我が家へ着いた。髪が真っ白に老いた母が微かに震えながら「亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜」と叫んでいた。

 天亮は泣きながら老母の懐にすがり「おっかさん、帰って来たよ」と言うと、老母は驚き「お前は本当に亮かえ」と聞いた、「おっかさん、本当に亮だよ」「お前、どうして帰れたんだえ」「おっかさんが『亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜』と呼んでくれたから、そのお陰で俺は命びろいして帰れたんだ」「わたしはお前が心配で心配で、お前を思い詰めて気が狂いそうになり、お前が小さい時に遊び呆け暗くなるまで帰らないと、わたしは柄杓を持って山の麓の辻に立ち、お前を『亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜』と呼んだことを思い出したんだんだよ」「おっかさん、俺もそうだよ、あの時のおっかさんの『亮や、ご飯だよ〜早くおいで〜』の声を忘れられなかったんだ、あの声に励まされたから帰って来られたんだ」こうして天亮母子は無事に再会を果たせたのだった。 

 人々は「天亮が九死に一生を得て母親に再会できたのは天亮の母が柄杓を持って『ご飯だよ〜早くおいで〜』と天亮の魂を呼び返したからだ」と言った。それから家を離れた息子や娘が早く家へ戻ることを願う母親たちが柄杓を持って「ご飯だよ〜早くおいで〜」と天亮の母を真似するようになり、それが伝えらるなかでやり方が変わったり、実際にその呪いが当たったりして、今日のような迷信になったのである。

   薛天智故事選 

付記

 「ご飯だよ〜早くおいで〜」は私にも懐かしい言葉である。
私は昭和6年から12年まで渋谷区元広尾の二軒長屋に住んでいた。当時私の父は町工場の仕上工、隣は新婚のお巡りさん、そのまた隣は紳士服仕立ての下請け職人の夫婦、市電の運転士の家族、傘直しの父子、何処かの役所の食堂の賄い婦の母子、爺婆の駄菓子や、大工の家族、などなどみんな二軒長屋であった。夕方、二軒長屋のあちこちの路地に飛び交ったのがこの「ご飯だよ〜早くおいで〜」だった。私は今でもこの母の言葉を思い起こす。

 薛天智故事選の原題は<叫魂>“死者の魂を肉体に呼び戻す”である。原文の中の「快跟媽吃飯呀!」(早くおいでかあちゃんとご飯食べよう)は初めは遊びに行ったままなかなか帰ってこない子を呼んだのだろうがそれがが何時か死者の魂を呼び返す言葉となったのであろう。              

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