満 月  

“事にあたって慎重なれ”これは何事にも落ち着き、物事をはっきりさせてから行動せよということだ。この言葉は理にかなっている。

 昔、亭主は李文、女房は李王という夫婦と月月とよぶ十四、五になる娘の一家があった。李文は町の商家の使用人で、商家の主は正月でもなければ家に帰ることを許さなかったので、女房と娘は町から離れた里で暮らすしかなく、一家は一年に何回も会えなかった。しかし、李文は商家がどんなに忙しくても、毎年八月十五日の中秋の節句には番頭に言って暇を貰い、家に帰り一家で満月の夜を過ごすのであった。

 さて、ある年の八月十五日、この日李文は一日中忙しく、息つく間も、休む間もないほどで,夕方になってやっと仕事が終わった。もう暗くなろうとする時になってどうやら手をあけ急いで家に向かった。ところが途中でどうにも動けなくなって、大きな木の下で休むと李文は一日中忙しかったうえ、道を急いだので疲れきって、そのまま眠ってしまった。

 ところで、女房の李王と娘の月月は早くから月餅、梨、葡萄、西瓜などを庭にだした食卓にならべ、お供え物にして中秋の月と李文の帰りを待っていたが、いくら待っても李文は帰って来ない。とうとう夜中になって月月は上の瞼が下の瞼にくっついて居眠りをはじめた、すると李王は「お前、眠るんじゃないよ、お父さんが帰ってくる中秋節なんだよ」と月月を起こし、また暫く待つのであったが、やはり李文は帰って来ない。月月が「お母さん、お父さんはたぶん仕事があって今夜は帰れないのじゃない」と言うと、李王は「馬鹿な子だね、中秋の満月にお父さんが帰って来ないわけないよ」と言うのだった。月月は黙ってしまい、また暫くすると、眠くなってきたので、「お母さん、わたしいいこと考えた、見てて」と言うと、箪笥から父親の着物をだして、身につけ「お母さん、中秋の節句をお祝いしましょうよ」と言った。李王は娘の月月が父親の着物を着ると、夫の李文そっくりなので「あら、お父さんがいるみたいだわ」と言って、二人はお供え物の前で頭をさげ、お祈りをしてから、お線香をあげ中秋の満月を祝った。だが月月はもう眠くてたまらず、家の中に入って父親の着物を着たまま横になって寝てしまった。李王も月月が寝たのを見ると寄り添って横たわり、夫の帰りを待った。

 李文は大きな木の下で目を覚ましてみると、月はすでに高く上っていた、急いで身を起こし歩きはじめようとすると、木の上の烏が「李文、李文、事にあたって慎重なれ、万が一にも、人を傷つけるな」と叫んだ。李文は烏が鳴き叫んだ声をはっきり聞いて怪しんだ、烏が話せるわけがない、それに俺は誰からも恨まれてもいないし、誰も恨んでいるわけでもない、どうして人を殺すなどと言うのだ、でたらめな言葉だと心の中でつぶやき、深く考えもせず、ただ家に急いだ。

 李文が家に着くと、庭には李王も月月も待っていず、ただ食卓に供え物がならべてあるだけで、線香も消えかかっていたので、李文は何だか癪にさわってきて、そっと家の中を覗いて見た、すると、なんと女房の李王が一人の男を抱いて寝ているではないか、李文は全身の血が頭にのぼり、小刀でその男に切りつけようとした。この時、李文は猛然と烏の叫んだ言葉を思い出した。 「李文、李文、事にあたって慎重なれ、万が一にも、人を傷つけるな」李文はこの言葉をつぶやき、心を静め、どっちみっちこの男は逃げられはしない、まず徹底的に問いただして、それから切りつけてもおそくはないと考えた。李文はそばに寄って男の帽子をひきずりとって大声で「起きろ」と怒鳴った、この一声で女房と娘は驚いて目を覚ました。月月は起き上がって、目をこすりながら「お父さんどうしたの、わたしとお母さんはお父さんと中秋の節句を祝おうとずっと待っていたのに、お父さんがなかなか帰って来ないから、わたしがお父さんの着物を着て、お母さんと中秋節をお祝いしたのよ、とても眠かったのにわたしとお母さんはずうっと、お父さんを待っていたのよ」と言った。  李文はこれを聞いてハッと気がついた、月の光の中で女房も娘も着物も脱がず、ひたすら俺を待っていたのだ、李文は自分の頭を力一杯殴りつけながら「ああ、天の神様、幸いにも烏が“事にあたって慎重なれ”と告げてくれました、そうでなければ大きな災いをひきおこしていました」と言った。女房の李王も「これからはどんな事があっても、深く考え、善し悪しをよく見き分けてからするべきだわ」と言い、李文も娘もうなずいたのであった。      姜淑珍故事選           

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