狐 姑 
ずっと昔、夾山の麓に大山と言う独り者の男が山で薪をとって暮らしていた。
ある夏のとても暑い日、大山は半日も山で薪を伐って疲れ、喉が渇き、吐き気や目まいがして山で倒れてしまった。しばらくして、大山はかすかに誰かが「お腹が空いて気を失ったんだわ」と言っているのを聞いて、目を開けてみると、大山は自分が目鼻立ちの整った美しい娘の腕に抱かれ、娘に匙でお粥を食べさせて貰っているのに気づき、慌てて体を起こした。
娘は笑いながら、「心配しなくてもいいのよ、わたしは李長者の召使なの、働いている作男たちにお弁当を運んでいる途中で、お腹を空かして倒れているあなたを見つけたの、早く何か食べるといいわ」と言って、籠の蓋を開け、中からお餅をとりだした。
大山は娘が穏やかで、心がこもっていたので、お餅を二つ食べてから「あなたのような心の優しいお方に遇え、お陰で私は命が助かりました、そうでなければ私は死んでしまったでしょう」と礼を言った。
すると娘は「そんなことないわ、死にそうな人がいれば誰だって助けずにはいられないわ」と言いながら、お椀と匙や食べ残したお餅を籠にしまい、「あなたはきっとまだ独身ね、こうしましょう、わたしはこれからお弁当を余計持って来るから、内へ帰ってから食べる必要はないわ、それからお弁当も持って来なくていいわ、冷たい物を食べるのは体によくないわ」と言った、大山は「こんなにしていただいて、私はあなたのお弁当をただで食べてしまっていいのでしょうか」と言うと、娘は「まあ、あなたは真面目なのね、それならこれからは、薪をとったらわたしのご主人に持って行ってお弁当のお金にあてるといいわ」と笑いだし、大山も笑ってしまった。「私はあなたにどうやってお礼すればいいでしょう」 「何を言うの、わたしたちは同じ貧乏人じゃないの、貧乏人が貧乏人を助けるのは当たり前だわ」
こうして娘は毎日大山にお弁当を持って来るようになり、何時の間にか半月過ぎてしまった。大山はとった薪を担いで、山のうしろの李長者の所に持って行ったが誰も李長者を知らなかった、それで大山はあの女の人は何処から来たのだろうと不思議に思った。
ある日の昼、大山はお弁当を食べてから娘に「私はちょっと用事があるので、刈り取った芝草を見ていてください」と言って、娘がやって来た方へ向かって行った、半里ほど行くと森に着いた、森は檜の古木がそびえ、ひっそりと静まりかえている、大山が森の中に入って行くと、後からス−ス−と陰気な気配が迫って来る。大山は恐ろしくなってブルッと震え、急いで戻ると、一本の大きな檜の下の石の上に、生き生きとした一枚の狐の皮を見つけた、この瞬間、大山はやっとあのお弁当を運んでくれる女の人が年を経た女狐の精だと気がついた、大山は狐の皮を畳んで懐にしまい、煙のように飛んで家に帰り、皮を竈の灰の中に埋めてしまった。
太陽がもう西に沈もうとする時、大山はまた山に戻ると、女狐まだ大山を待っていた、大山が口を開かないうちに女狐は「空が暗くなったから、わたしはあなたと一緒に帰ります」と言った、大山は羞かしそうに「私は一に家がなく、二に畑のない全くの貧乏人です、あなたにそんな苦労をさせられません」と言うと、娘は「貧乏でも志が高く、努力すれば将来きっとよくなります」と言った。
瞬く間に、二年が過ぎて、女狐は大山と結婚して、男の子と女の子が生まれ、大山は外で働き、狐の女房は家で糸を紡ぎ、楽しく過ごした。しかし良いことは長く続かない。狐の精の古老は女狐と大山が結婚し子供を育てていると聞いて、火のように怒り、女狐を連れ戻し、罰を与える事にした。女狐は仕方なく、大山が帰ると自分の皮衣を返してくれるように懇願し、山に戻ると言った。大山はどうしても承知しなかった、女狐は「狐の精から離れられるのは二年だけなのに、わたしたちは夫婦になってもう三年もたってしまい狐の精の掟に背いているから、山に戻り罪を償わなければ、あなたと子供たちまでも災いに遭わなければならないのです」と泣いて頼んだ、大山は仕方なく鍬で竈の灰の中の狐の皮を掘り出した、皮衣は綺麗で毛は生き生きしていた、大山はそれを両手で取り上げ、女狐に渡した、夫婦は別れが辛くしばらくその場で泣いた。
別れて行く時女狐は何度も何度も大山に子供たちを可愛がってくれるように言い、「もしあなたがわたしに逢いたいなら清明節に夾山の洞窟でわたしを待っていてください」と言い終り皮衣を被ると、小さな風を巻き起こして見えなくなった。
女狐が行ってから大山は苦労して二人の子供を育て三年を過ごした、子供たちが四、五才になって、いつも母親を恋しがるようになったので清明節に大山は二人の子供を連れて女狐に逢いに行った。夾山の洞窟に登って行くと、狐の精の古老が中に座っていた、両眼は暗闇の中に光る玉のようであった、大山が何も言わないうちに狐の精の古老は怒った声で「お前は誰だ、何しに来たのだ」と言った、大山は私たちはこの子供たちの母親を待っているのです」と言って洞窟の中に入ろうとすると狐の精の古老は洞窟の入り口を塞いで「ここは狐の精の住む所だ、誰も入る事を許さない」と言った。
大山が何度も入れてくれと言うと、狐の精の古老は「じゃあこうしよう、わしがここの女狐の精をみんな呼んでくる、そしてお前に、誰がこの子の母親か判ったら、お前たち家族をみんな許してやろう、もし判らなかったら、お前たちはすぐこの洞窟から離れ、二度とここへ来るな」と言って、手招きすると瞬く間に十五六人の娘が出て来た。女狐の精は姿、恰好も、着ているものもみんな同じで、声も少しも違わない。大山は何遍も何遍も見直したがどうしても見つけだせない、大山は急いで思いをめぐらし一計を案じた。
大山は、堪え難いのを我慢して、二人の子供の顔を平手で叩いた、とたんに子供はワ−と泣き出した、子供たちの母親も子供への愛情に耐えきれないで涙を流した。この時に大山は女狐の顔色を見て、前に進み妻を掴んだ、狐の精の古老はこの有様を見て感動した声で、女狐の手をとって「我が子よ、いまやお前は母となった、天がそれを許された、お前はもう狐の精ではない、人間の家族だ」と言って、ほかの女狐たちを連れて洞窟の中に消えて行った。
大山と妻は洞窟に向かって深々と礼をした、そして子供たちを連れて山を下りた。それから大山一家は幸せに暮らした。
狐狸精故事 1992,12,14