貧乏神(一)
大晦日にはまた一年無事に暮らせるようにと、どの家でもいろいろな神を迎えようとするが、何と言っても一番よく迎えられるのは福の神である。ところが、ある年、福の神を迎えるのを止め貧乏神を迎えようとした家があった。
その家というのは貧乏人の子沢山夫婦で、長者の屋敷で三百六十五日働いても、やっと食べられるだけの賃金と糠に野菜、それに半年分の小麦粉しか貰えない。長者は賃金を上げようともしないのにこの夫婦はもう十何年も長者の家で働き、今までは年の暮れに福の神を迎えていたのだが、少しもご利益がないので福の神にむかっ腹を立て、それなら今年はいっそ貧乏神を迎えてやろうと蝋燭に火を灯し、貧乏神に「どうぞお出で下さい」と祈願した。
さて、年の暮れに福の神は誰にも喜ばれるが貧乏神は誰も相手にしてくれないからしょんぼり下界へ降りて行くと、思いがけなく自分を迎えている家がある、見れば確かに貧乏人だ、「こりゃいい、福の神のご利益がなかったんだな、俺だっていっぱしの神様だ、貧乏人に金を儲けさせることもできる」と、その晩この貧乏人の夢に出て「この世に貧乏を喜ぶ者はないのにお前さんは貧乏神のわしを迎えてくれた、わしはお前さんにお金を上げることはできないがいいことを教えてやる。お前さんは十何年も痩せた畑で朝から晩まで家族総出で苗を植えたり草を取ったり人の力でやっていたが、家畜の手助けがあればもっと畑を耕せるから、長者に牛と土地を借りて決められた土地とは別に新しい土地を耕せ。そうすれば手間賃も増える」と伝えた。
はじめ貧乏人はこの夢を信じなかったが同じ夢を続けて三回見るとすっかりその気になり、正月五日過ぎるとすぐ働き出し、今年は新たに牛を借りて別な土地を耕したいと長者に申し出た。長者は「よし、ここは一番、わしがお前を助けてやろう」と言って、村の西の土地と牛を貸してくれ、おまけに今年の年貢はいらないと言った。
この貧乏人は新しく借りた土地に高粱を植えることにした、そのわけの一つは高粱は確かな収穫が望めること、二つ目は高粱は実を取ったあとの茎も幾らかの金なるからである。そこで貧乏神は高粱が育つ大事な時にこの畑が日照りで干上がらないように、大雨で水がたまらないようにしてやった。それでこの貧乏人の畑の高粱の茎はラッパの筒のようにツヤツヤと育ち、ほかの畑の高粱とは天と地の違いがあった。
これに驚いたのはこの土地の土地神、貧乏人の畑の作柄があまりにいいのでこれを天帝に派遣された地回りの神に伝えた。 地回りの神は天上に戻って天帝に「あの貧乏人の畑は一つで十分です、貧乏人に儲けさせるわけにはいきません」と報告した、天帝は「もう一度調べろ、本当なら貧乏人には儲けさせず、懲らしめろ」と言った。地回りの神はもう一度見に行って「間違いありません」と報告すると、天帝はすぐ竜王に「今度雨を降らせる時、その貧乏人の畑だけには特別に雹を降らせろ」と命令した。
その場にいた貧乏神はそれを知って、竜王が雨を降らせる前にまた貧乏人の夢に出ると「お前さん、高粱の出来に喜んでいてはいけない、三日あとに雨が降るがお前さんの畑にだけは雹が降り高粱は全滅だ。そこでお前さんは明日長者に『どうしてあっしの畑の高粱がこんなによく育っているのか分かりませんが、あっしは少しばかりの畑で少しばかりの高粱がとれれば満足ですから畑を取り換えませんか』と言うといい、長者の畑の高粱の出来はよくないから長者は喜んで承知する」と言った。
翌日、貧乏人は夢で見た通りに長者に申し入れた。長者は早くから自分の一番いい畑でもこの貧乏人の畑にはかなわないと思っていたから、これはうまい話だと思い「お前、本当にいいのかい、それなら幾らか金を出そう」と言うと貧乏人は手を振って「お金なんていりません、あっしは高粱の出来がよすぎて却って夜も眠れないのです」と言い、貧乏人と長者は畑を取り換えた。三日たつと貧乏人の夢の通り雨が降り出した。雨が止んで長者が畑に行くと、あの出来のよかった高粱は雹にやられ葉が全部なくなって茎が裸になっていた。長者はつくづく「わしは運が悪いなあ」と嘆いた。
地回りの神は慌てて天帝に「雹を降らす畑を間違えました、あの畑は貧乏人のじゃなくて長者のでした、貧乏人が長者と畑を取り換えていたのです」と報告した。すると天帝は「それならその高粱をもとに戻して生き返らせろ」と言った、それをまた貧乏神が聞いて貧乏人の夢に出ると「もとのお前さんの畑の高粱は雹に降られ駄目になったが心配するな、駄目になった高粱はまた前よりもよく育つからまた畑を取り換えろ、お前さんは長者に『旦那はあっしの言う通りにしてくれたのに、雹にやられてこんなになっては旦那を騙したようで申し訳ありません。また畑を取り換えて下さい』と言えばいい」と教えた。
貧乏人は夢で貧乏神に教えられた通り長者に話すと、長者は喜んでまた畑を取り換えた。それから貧乏人は倒れた高粱の茎を起こしたり、葉をひろげたり一日中働いた。秋になると高粱の茎は人の腕のように育ち、穂は油甕ほど大きくなり一つの穂が普通の穂の二つ分もあった。それで貧乏人は欲しいだけ食べられ、食料も買わずに済み金も残った。貧乏人はこれも貧乏神のお蔭だと貧乏神を祭ると“ティンタン、ティンタン”と貧乏神がやって来たので貧乏神に供え物をした。
土地神がこれを見て貧乏神のやったことを地回りの神に話すと、地回りの神はそれをそのまま天帝に言上した。天帝は「ア−」と一声あげ「どうして早く言わないのだ、早く聞いていれば雹でなく霜を降らしたのに、あいつはもう高粱を収穫してしまったろう。大水か火事にするのがいいがそれでは周りの者も巻き添えにしてしまう、どうしてやろう?」と考えこむと、地回りの神は「それでは疫病神に疫病をあの貧乏人にとりつかせ、あいつに金を使わせたらどうでしょう」と進言した。すると天帝は「よし、三日あとの真夜中、寝込んだあいつに疫病をとりつかせろ」と命じた。
貧乏神がまたこれを知って急いで貧乏人の夢に出て「三日あとの真夜中、疫病神がお前さんに疫病をつけに来るから外に身を隠せ」と告げた。貧乏人は夢の通り三日あとの真夜中、家を出て身を隠そうとしたがどうもいい隠れ場所がない、あちこち探し回ってやっと荒れた墓地を見つけ「ここなら疫病神も見つけられまい」とそこに隠れた。
さて、疫病神は天帝の命を受け三日目に下界に降りこの貧乏人の家へ行ったが誰もいない、村中捜し真夜中になっても見つからない、疫病神は疫病をあの貧乏人に取りつけずに帰れば天帝の罰を受けるといろいろ考えたあげく、疫病の種を何処かに捨てて帰ればいいと思いついた、だがそこいらに勝手に捨てればあの貧乏人につかず運の悪い別の人間についてしまう、何処か人のいない所がいいと荒れた墓地を探してそこに捨てて帰った。
こうして、この荒れた墓地に隠れていたあの貧乏人はやはり疫病に罹ってしまった。今度ばかりは貧乏神もこの貧乏人を助けることは出来ず、貧乏人は疫病を治すために持っていた有り金を全部使い果たし、前よりもっと貧乏になってしまった。
李占春故事選 92・10・05 01・05・26校正
<注> この昔話の終わりの部分に類似する日本の昔話がある。 昔、年を取りたくない男がいた。だが誰も年神の配る年玉を避けられない、男は年神に見つからないように大根穴に隠れる。やがて年神は袋に一杯つめた年玉を配り終わり、残った年玉を何処かに捨てて帰ろうとしたら大根穴があったのでそこへ捨てた。大根穴に隠れていた男はいっぺんに年を取って穴から出て来た。(佐々木徳夫編「遠野の昔話」…長坂俊雄『避けられない年取り』(要旨)