美人図(二)

 昔、李立という人がいた、生まれは知識層の良家で父は都の官吏であった。その父は悪人に無実の罪をきせられて家を没収され、それがもとで狂い死にしてしまった。間もなく母も亡くなり、李立はたった一人の寂しい暮らしをしなければならなかった、貧乏で昼は外に出て施しを受けたが志は高く夜はひたすら勉学に励んだ。

 ある日、李立が何時ものように施しを受けて帰ると我が家の前に腰に傘を差した道士が托鉢に立っている、李立は施しを受けて来た物をみんな差し出した。すると道士は何度も礼を言って立ち去った。翌日の朝、李立が施しを受けに出かけようとすると、また昨日の道士が門に立っている、李立は「道士さま、しばらくお待ち下さい、私が施しを受けてから差し上げます」と言うと、道士は「いや、貧乏だが心のいいあんたを慰めようと、一幅の美人画を持って来てやったのだ」と言い絵を取りだして「大切に持っていてくれ、忘れず三年目の今日きっと取りに来るから」と言って立ち去った。

 李立は喜んで部屋に戻るとすぐその美人画を壁に掛けて眺めた、絵の中の美人はたとえようもなく美しく、頬は桃の花、眉は三日月、笑みを微かに浮かべ本当に美しい姿であった。李立はじっと美人を見つめ思わず「まさかあなたはそこから抜け出ては来られないでしょうね」と言うと、なんとその美人は絵から抜け出て来た。李立はアッと驚き呆然としていると美人は李立に艶やかな笑みを送ると、またサッと絵の中に戻った。こうして李立はこの絵が宝の絵であるとわかり大切にした。

 それから絵の美人は何時も絵から抜け出ると李立のために食事を作ったり縫い物をしたり、夜は読書する李立のそばに座りお茶をいれてくれた。お蔭で李立の文章は内容に優れ字体も力強くなり、絵を描けば真に迫って人を感動させるまでになった。李立は嬉しくなって『我は悪を排し、国を安んじ民に福をもたらす』と座右の銘を掲げた。そして李立は絵の美人を「姉さん」と呼ぶようになった。

 ある晩、李立は深夜まで読書していたが絵の美人は抜け出て来ない、李立は絵の前に立ち、笑いながら「姉さん、私は姉さんに何か悪いことをしましたか」と呼びかけると、美人は却って嫌な顔をするので李立はわからなくなり、絵の前に座って謝ると、絵の美人は「ホ、ホ、ホ」と笑って「どうしてあたしを姉さんと呼ぶの、姉さんと呼ぶならもうあたしは下りて行かないわよ」と言った、「姉さんと呼んでいけないなら何と呼ぶんですか、妹ですか」 「馬鹿ねぇ、どうしてあたしがあなたの妹なのよ」それを聞いて李立はハッと気がついた、今までそんな勝手なこと言えば勉学ができなくなるし、美人が怒るだろうと思っていたから言わなかったのだ、だが、今、美人の気持ちがわかったので思い切って「賢い奥さん」と優しく呼んだ、すると美人はゆっくり絵から出て来ると、李立を立たせ笑って「あたしは胡英、旦那様、早く結婚の誓いを立てて」と言った。

 二人はその夜夫婦になり、胡英は家事をこなし李立は一心に勉学し月日はどんどん過ぎた。 諺に言う『寂寞の長きを恨み、快楽の短きを嘆く』と、楽しい夫婦の日々は瞬く間に三年過ぎた。
 ある日、胡英が「明日、父があたしを迎えに来ます」と言った、李立は驚いて「行かないでくれ」と言ったが胡英は「家の掟は許されません、あなたがあたしを想うなら苦難を越えてどうか西の地に来て下さい、あたしの名を唱えればどんな困難も越えられます」と言った、二人はその夜一晩中寝ず夜明けもわからなかった。

 胡英が絵の中に戻るとすぐ、高らかに詩を唱える道士の声が聞こえてきた。李立は道士が美人画を取りに来たのだとすぐわかったが返したくはなかった、しかし、道士は門の前で声を上げて動かない、李立はどうすることもできず、美人画を何度も拝んでから壁からはずし道士に渡した。 美人画を返してから李立は心を奪われ、食事も喉を通らず、夜も眠れずただ絵のかけてあった壁の前で涙を流していた。胡英を探しに行きたかったが道は遥かに遠く旅費もなく、思わず「胡英」と叫ぶと絵をかけてあった壁が突然裂けて、割れ目からキラキラ光る金や銀がこぼれだした、李立は喜んでそれを拾い胡英を探しに出かけた。

 山を越えまた山を越え、河を渡りまた河を渡り、森を抜けまた森を抜け、赤い花や緑の草を見、冬が過ぎ春が来て、ある日、やっと人家のない荒れ果てた山里に着いた。山を登り谷川の急流を渡り、足腰が痛むほど疲れ飢え喉が渇いた。やがて夜になったが家もなく、どっちに向かったらよいかわからなくなった時、草むらから一頭の猛虎が突然、李立に飛びかかって来た。李立は驚きの声を上げて崖の下に落ち気を失った。半日たってやっと起き上がるとまた歩き出した。

 こうして飢えに耐え恐ろしい目に遭いながら、昼は山を登り河を渡り夜は石を枕にして寝て、胡英を探して歩き続けた。
 ある日、また行く手に大きな河があった。河は水が涌き出るように波が立ち、見渡す限りに橋もなければ舟もない、どうしようと思案していると人の呼ぶ声がして、向う岸に二匹の妖怪が現れた。前の妖怪は腰に傘をはさみ血のついた盆のような大きな口をあけ、目は銅の鈴、鼻は秤の分銅ようで、後ろの妖怪は小さい錐のようで嘴は秤の鉤のように尖っていた。二匹の妖怪は驚いている李立に向う岸から、前の妖怪は李立の義兄だと言い、後ろの妖怪は義弟だと言った、李立はますます驚きどうしてよいかわからないでいると義兄だと言う妖怪が「義弟よ、わしらが河を渡してやろう」と腰にさした傘をぬき息を吹きかけて振ると、傘はこっちの岸に延びて一本の細い丸木橋に変わった。

 妖怪は笑いながら「わしらについて渡れ」と言い、細い丸木橋を踏んで揺れながら渡って来た、後ろの小さい妖怪も笑いながら渡って来ると二匹の妖怪は李立の手を取って細い丸木橋を戻ろうとした、李立は河に渡された細い棒の橋を見て怖くなったが逃げることもできない、その時、胡英が別れ際に言った言葉を思い出し、口の中で「胡英」と念じて丸木橋を渡ると忽ち霊験が現れ、細い棒の丸木橋をまるで地面を歩くように何事もなく渡ることができた。
 李立は河を渡りビクビクしながら二匹の妖怪について行くと、しばらくして大きな屋敷に着き中に入ると二匹の妖怪は姿を消した。李立は恐れず前へ進むと胡英が縫い物をしていた、李立は救いの星を見つけたように喜んで胡英の前に立つと、胡英は驚いて「あなたよく来れたわね、途中は大変だったでしょう?」と言った、「あなたを探すためならどんな苦労だってします」 「でもあなたはここが何処だか知っているの、ここは恐ろしい妖怪の棲家であなたは食べられ生きては帰られないわよ」 「あなたと一緒なら死んでもかまいません」と李立は答えた。すると胡英は「ここに来たからにはわたしの言う通りにして、そうすれば逃げられるかも知れない。明日、父があなたを客に招いてお蕎麦をだしても決して食べてはだめよ」と言った。

 翌日、李立は妖怪たちに迎えられ胡英の義父に会うとあの道士であった。しばらくでしたなどと挨拶していると、二匹の妖怪が湯気が立ついい匂いの蕎麦を持って入って来た、だが李立は胡英に言われたように蕎麦を食べないでいると、道士と妖怪は「身内なんだからよそよそしくするな、この蕎麦は美味しいから食べろ、わしらの好意を無にするな」としきりに勧めるので李立はとうとう断り切れず一口食べてしまった、すると道士と妖怪は薄笑いした。

 それに気づいた李立はすぐ胡英の所へ戻ると、胡英は大急ぎで梁に油をいれた鍋を吊るし火にかけ、油が熱して匂ってくると胡英は李立を梁から逆さまに吊るし、油の鍋の上に宙ぶらりんにした、口を開けた李立の腹は煮えくりかえり、一瞬激しく体が痛むと李立は「アッ」と声を上げ、蛇、蠍、蛙を吐き出して気を失った。 夜になってやっと李立は目を覚ました。胡英は「食べてはいけないと言ったのに……もし遅れれば命はなかったのよ」と言った。

 翌日、また妖怪が来て李立がまだ死んでいないのに驚くと何も言わずに帰った、胡英は「明日は父があなたを母の所へ連れて行きます、その時はこれこれこうしなさい」と李立に教えた。翌日、道士が迎えに来ると李立は腰に斧を隠して行った、胡英の母は綿から糸を紡いでいるところであった、義母の足を見ると金槌のように大きかった、李立は胡英が言っていたのはこれだな、今度は騙されないぞと、挨拶もせずいきなり腰から斧を抜き義母の足に振り下ろしすぐに逃げた。百歩走って振り向くと、義母の姿は見えず毒の針を斬られた琵琶のように大きい蠍が倒れていた。

 逃げ帰った李立が胡英にこの話をすると、胡英は「またあなたを殺せなかったから、明日はきっとあなたに南の庭の竹を切れと言って来ます、そうしたらこうしなさい」と教えた。翌日、義兄の妖怪が「父がお前に南の庭の竹を切れと言っている」と言って来た、李立は南の庭に行くと胡英の言う通り、高い竹一本、低い竹一本、太い竹一本、細い竹一本を黙って竹一本に斧を三回振り下ろして切り捨てて逃げ、振り向くとあの妖怪の兄弟が蛇の姿になって死んでいた。

 李立が帰ると胡英は荷物をまとめている、不思議に思った李立が聞くと胡英は「あなたが母と妖怪の兄弟を殺したので父が怒っています、早くあたしと一緒に逃げましょう、父の傘を盗んでおきましたから、あなたはこれを持って河を渡るのです、父は傘がなければ河を渡れません、だがあなたは河を渡ったらどんなことがあっても決して傘を開いてはいけません」と言った。それを聞くと李立は傘をわきに抱え、我が家へ向かって逃げ出した。そしてあの河に着いて傘を振ると傘はまた一本の丸木橋になった、李立は河を渡ると傘をつぼめまたわきに抱えた。道士は李立を追いかけて来たが傘がなくて河が渡れず大声で何か叫んでいたが李立はかまわずに逃げた。

 すると俄に稲妻が光り雷が轟き大雨になった、だが李立は胡英に言われた通り傘をひろげずわきに抱えたまま歩き続けやっと村に着いた、村人は傘をひろげぬ李立を笑ったが李立は何も言わずびしょ濡れになって我が家に着いた。一人で我が家に帰った李立は一緒に逃げようと言った胡英はどうしたのだろうと心配になって傘をひろげると、中から胡英が出て来た。

 こうして李立胡英夫婦はめでたく一緒になったが、李立の心はまだ晴れていなかった。その様子を見た胡英は「実はあたしは狐の精であの妖怪たちに囚われ、あなたを騙そうとしましたが誠実なあなたを見て心を改めあなたを助けたのです、あなたはあたしが嫌いになったのですか」と聞いた、李立は「私を救ってくれたあなたの恩をどうして忘れましょうか」と答え、李立は無実の罪で苦しめられた父のことを打ち明け、まだ心が晴れないわけを話すと胡英も李立と共に怒った。それから胡英は李立の勉学を助け、翌年李立は皇帝の試験に首席で合格して官吏となり、父を無実の罪に陥れた悪人を倒し父の仇を討った。後に李立は官を辞し、土を耕し夫婦睦まじく静かな余生を送った。  

     狐狸精故事                                    1992・9・22   2001・5・17校正

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