美人図(一)
昔、むかし、ある奥深い山の麓に老夫婦が住んでいた。
老夫婦は子どもに恵まれず、淋しい日々を過ごしていた。
ある日、爺さんが山の畑を耕していると、何処からか女の泣き声が聞こえてきた。爺さんはその泣き声のする方へ行ってみると、岩陰に赤と緑の服を着た娘がしくしく泣いている、爺さんは鍬をおいて「娘さん、何で泣いているのかね、何か心配事でもあるのかね」と聞いた、すると娘は「はい、先日、父が亡くなりますと、何故か母はわたしを家から出しました、父に死なれ母に見捨てられたわたしには何処にも行く所がなく、泣いていたのです」と答えた。
爺さんは娘が可哀相でたまらず「娘さんもう泣くのはおやめ、日も暮れたから、わしの家でご飯でも食べ、それから考え直したらどうかね」と言ってやると、娘は涙を拭いて頷いた。だが爺さんは娘は父を亡くしたばかりだと言うのに赤と緑の服を着ているのが気がかりであった。
爺さんが二間だけのあばら屋に娘を連れて帰ると娘はすぐ婆さんを助け、てきぱきと火を起こし料理を作った。そして優しく「お爺さん、お婆さん」と呼びかけ、小さな家は家族が増えたように賑やかになった。食事をしながら娘は何か寂しそうに涙を浮かべ「お爺さん、お婆さんも毎日寂しいでしょうね、よかったらわたしはお爺さんお婆さんの娘になります」と言った、それを聞くと老夫婦は天から娘が降って来たと大喜びした。
娘は山の向うに住んでいた漢族で名は“聞”と言った、爺さんは「わしらは錫伯族だから、お前をわしらの習慣で今日から“聞佳”と呼ぶことにしよう、そしてお前はわしらをお父さんお母さんと呼びなさい」と言った。 翌日の朝、爺さんは髪を洗い化粧をした聞佳を見てあまりの美しさに驚いてしまった。円くはっきりした眉、大きな瞳、頬は開きかけた蓮の花のようにほんのり紅く、絵に描いた美人よりもっと美しかった、爺さんが思わず見惚れていると聞佳は恥ずかしそうに顔を赤くして「お父さん、そんなにわたしを見つめて嫌ですわ」と言った。
爺さんはそれから畑仕事に行っても昼前に帰ったり、日の暮れないうちに早々と仕事を切り上げたりした。爺さんは聞佳のそばでお喋りをしたかったのだ。婆さんはそれが気にいらず「毎日早く帰ってただ聞佳を見てばかり、何もしないでどうするのさ」と怒った、爺さんは白髪まじりの髭をなでながら笑って「わしは畑仕事をしていても聞佳がいなくなってしまわないかと心配で早く帰って来るのだ」と言うと、婆さんはまた「そんならそうやって一日中内でぼんやりしてるがいい」と怒った。すると聞佳が「お母さん、お父さんにわたしの姿を描いた絵を持って行って貰いましょう、そうすればお父さんもわたしを見に早く帰って来なくても済むでしょうから」と口をはさんだ。
聞佳の描いた聞佳の絵姿は本当の聞佳よりもっと美しかった。爺さんは毎日それを持って畑へ行き、聞佳の絵姿を畦道に立て、畑を一回耕すたびに聞佳の絵姿を両手に持ってしばらく眺めてはまた畦道に立てて置いた。ある日、急に風が吹いて聞佳の絵姿が舞い上がり、真っ直ぐ王宮へ飛んで行った。爺さんが家へ帰って聞佳の絵姿が風に飛ばされてなくなってしまったと嘆くと、聞佳はにやりと笑い、婆さんは「フン、そうかい」と言い捨てた。この日は爺さんの誕生日で爺さんも聞佳も酒を何杯も飲んで寝た。
夜が明けて爺さんが水を飲もうと起き出してみると、竈の上に大きな白い兎が寝そべっている、爺さんは驚いて「聞佳、兎だ、竈の上に兎がいるぞ」と叫んだが聞佳の姿も見えず返事もなかった、爺さんは兎が竈の上から飛び下りて外へ逃げたのですぐ追いかけた、すると“ギイッ”と表の門が開き、聞佳が慌てて入って来た、「お父さん、どうしたの」 「兎がいたんだ」 「何処に?」と聞佳が振り向くと聞佳の背中にふさふさした二つの長い耳が垂れ下がっていた。この騒ぎで婆さんが目を覚まし、爺さんの頭を突いて「お前さん、寝ぼけているんじゃないの、何処に兎がいるというの」と怒り、聞佳は“ウフフ”と笑い「お父さんは年とって目がかすんだんでしょう」と言った。
だが爺さんの目がかすんでいたのではない、実は聞佳は母兎の妖精だったのだ。 母兎の妖精は山の洞窟に住み、美女になって若い男を惑わせ、男をもてあそんで殺してしまう。王青年も母兎の妖精の化けた美女に惑わされ、字も書けず、本も読めなくなって遂に病気になりみるみるうちにやせ衰えてしまい、ラマ僧の洪にみて貰うと洪は兎の妖精の仕業と見抜き、護符を焼いて酒に混ぜて置いた。夜になると王青年を惑わした母兎の妖精たちが来てこの酒を飲み正体を現わし、遂に洪に捕らえられてしまった。この時逃げのびた母兎の妖精が善良な錫伯族の老夫婦の家に聞佳となって入り、美女の絵姿を王宮に飛ばして皇帝を惑わし、やがてあのラマ僧の洪を討って、殺された母兎の妖精姉妹の仇を晴らそうとしていたのだ。
さて、王宮に飛んで来た美女の絵姿を見た皇帝は「オオ!なんと美しい、眉、瞳、絵に描いた天女より百倍も美しい」と言って、すぐに『この美人を探し出して王宮に連れて来い』と布告を出した。聞佳の絵姿をなくした爺さんはそうとも知らず、ただ気を落としてがっかりしていた、それを見た聞佳は待っていましたとばかりに「お父さんもお母さんも一日一日歳をとって山や畑の仕事が辛くなるばかりですから、わたしのお金で麓の街道に小さな茶店を開きましょう、そうすればお父さんの仕事も楽になり、わたしたちも一緒に暮らせますわ」と言った。老夫婦は聞佳の言うことをもっともだと思って茶店を開くことにした。
聞佳に化けた母兎の妖精は実はこうなる時を待っていたのだ。 茶店を開いて間もなく聞佳の絵姿を持って、まだ見ぬ聞佳を探している王宮の役人が来て泊まった。果たして母兎の妖精聞佳のたくらみの通りになったのだ。翌日の朝、聞佳はお茶を持って役人の泊まっている部屋へ行った。二人の役人は美しい聞佳を見てびっくりすぐ持っている絵姿を出して見比べた。そこへ爺さんが来て、聞佳からお茶を取り上げると「うちの大切な娘なのにこんな処に来て何をしているのだ」と聞佳を叱ると聞佳は役人の持っている聞佳の絵姿をさして「お父さん見て、風で飛ばされたわたしの絵姿をこのお役人が持っているのよ」と言った、爺さんが見るとそのとおりなので驚いてしまった。
二人の役人は聞佳が絵姿の美女で錫伯族の良家の娘であることがわかり、間もなく聞佳は竜と鳳を刺繍した花の輿に乗せられ王宮へ連れて行かれた。そして皇帝は忽ち聞佳の色香に惑わされてしまった。聞佳はちょっと眉をしかめた時も美しく、乗馬も弓もでき皇帝が猟に行っても皇帝から離れず、皇帝が将棋を指したいと言えば将棋の相手を、琴を聞きたいと言えば琴を奏で、しかもその琴の音は素晴らしいものであった。何しろ聞佳は千年も生きた母兎の精なのだから何でもできるのだ。
こういうわけで皇帝は聞佳を特別に愛し皇妃に迎え、聞佳から一日たりとも離れられなくなった。皇帝は毎日、山や湖で聞皇妃と遊び、酒を飲んで、政にむかうことが少なくなり忽ち二年の月日が過ぎた。
ある日、皇帝と一緒に猟に出かけた聞皇妃は王宮へ帰ると病気になって寝てしまった。皇帝の侍医や名医に診せても聞皇妃の病気は治らない。聞皇妃はただ床に臥せ、狂ったように乱れ叫ぶのであった。皇帝は「何処が痛いのか」と聞くと聞皇妃は「わたしの魂を妖精が奪ったのです」 「どうすればその妖精を捕らえられるのか」 「ラマ僧の洪を呼べばわたしの病気は治ります」と聞皇妃は答えた。そこですぐに皇帝は洪に宣旨を下した。
宣旨を受けた洪は兎の妖精が皇帝を惑わしているのだがまた皇帝の寵愛も受けているとわかっていたので、もし間違えば縛り首になると思い、洪は山に登り神に教えを祈願した、すると神は洪に一羽の神の鷹を授けた。洪は神の鷹を袖の中に隠して王宮へ行った。
聞皇妃は洪を見ると両眼をサッと赤くし、洪を指差し「お前はよくもわたしの姉妹を殺したな、今こそ仇をとってやる」と怒り、「誰か来ておくれ、このラマ僧は妖怪だ、わたしの魂はこの妖怪に食べられてしまう、早くこのラマ僧の魂をくりだしてしまえ」と怒鳴った。皇帝は聞皇妃の声に驚き、洪はこれこそ母兎の妖精と見るや、袖の中に隠した神の鷹を放した、神の鷹は一声大きく鳴くと聞皇妃に飛びかかり、聞皇妃の二つの目玉をほじくりだした、聞皇妃はドッと倒れもとの兎の姿になると、あの聞佳の絵姿も耳が長く、口が三つに割れた兎の絵に変わっていた。
中国民間故事集成遼寧巻沈陽市巻中 01・5・8校正