祖母のお碗

 亭主は年中出稼ぎに出て、何時もこの亭主の母親の姑と女房の二人が家に残って暮らしている家がありました。やがて姑は年をとり老婆となって体が不自由になり一日中床から離れられなくなりました。女房は老婆になった姑が嫌いで、前から姑の面倒みが悪く、姑一人だけのお碗を用意して、まずいおかずを少し作り、御飯と一緒くたにこのお碗に盛って食べさせ、たりてもたりなくてもかまいませんでした。食べおわるとこのお碗を洗わずに、離れた所に置き、つぎの食事の時には前の食べ残しやごみがあってもかまわずまたこのお碗に盛りました。こうしてこのお碗をもう何年も使っているうちに、息子が生まれやがてお嫁さんを娶ってもまだ一度もお碗を取り替えたことはありませんでした。

 息子のお嫁さんは優しく賢いお嫁さんでした。結婚式の日にはお客が大勢来ていたので、女房は姑の老婆によいものを着せ、お碗も宴席のものを使い、姑をないがしろにはしませんでしたので、お嫁さんは日頃聞いていた義母が自分の婿の祖母に親切ではないという噂とは反対だと思いました。ところが祝ごとが終わってみると義母の大姑に対する態度は噂の通りで、女房は姑の世話を嫁さんにはさせませんでした。それでいて「お前たち若い者は綺麗好きだから、お婆さんの”おまる”の始末をする時はわたしの夜の”おまる”も一緒に始末しておいておくれ」と言いました。お嫁さんは心の中でおかしいと思いながら、注意して見ていますと義母は大姑のお碗すら洗わないことに気がつきました。お嫁さんは大姑にも義母にも孝行したいと思っていましたが、嫁の立場では何も言えませんでした、つまらない言いがかりをされたくなかったからです。

 ある日、お嫁さんはいいことを思いつてお粥を作りました、すると義母は普段使っているお碗にお粥を盛って出て行くので、そっとあとについて行きますと、義母はこのお粥を台所の隅の汚らしいあの大姑のお椀に入れ替えて、大姑の部屋に入って行きました、この時にお嫁さんもサッと大姑の部屋に入りました。すると義母は熱いお粥のはいったあの汚いお椀を大姑に差し出しました。大姑は熱いお椀が持てず手がふるえて、お碗の外にお粥がこぼれました、それを見たお嫁さんは大姑の前に行って熱いうちに早く食べるように言いました、大姑はお碗の縁に口をつけますと、熱いお粥が唇にあたり、また手がふるえてお粥をこぼしました。この時、すかさずお嫁さんは口を開いて「お婆さま、お婆さま、気をつけて、このお椀は何十年も洗わずに使っている宝物です、我慢して落さないでください、もし壊したらお義母さんが年取ってからあたしがそれに御飯を盛れなくなりますから」と言いました、そばで聞いていた義母は急いで大姑のお碗を綺麗なものに取り替えました。そしてそれからは食べるたびに姑のお椀を洗うようになりました。義母は自分が年を取ってからお嫁さんに同じようにされたくなかったからです。   

 これは中国民間文学集成遼寧巻李占春故事選のなかの一編を私なりの語りにしたものだが、日本の昔話〈姥捨山〉老爺をモッコに乗せたまま山へ捨てて帰ろうとする父親にその息子が「やがて俺がおとっつあんを山へ捨てに来る時にまた使うからモッコは持って帰る」と言うのと同じ筋立てではなかろうか。           

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