太鼓のシンポジウムレポート

と き:平成13年1月27日(土)9時30分〜17時
    平成13年1月28日(日)9時〜17時

ところ:東京学芸大学 芸術ホール

内 容:日本の音・音楽の学びについて
    「日本の太鼓のワークショップとシンポジウム」

1.緒言
 東京に行くと、浅草に足を向ける癖がついている。で、うろうろ歩き回って、仲見世あたりや浅草寺近辺、そして表通りの岡田屋さんや、宮本卯之助商店をのぞいていくことになっている。今回の東京勤務も、まず休日の初日にしたのはそのコースだった。今回滞在が長いし、何かいい催し物でもないかなあと思いながらであったので、卯之助商店にあった今回のシンポジウムの案内は、すぐに目に止まった。
 本来は、教員対象の催し物ではあったが、試しに応募してみると、参加OKの返事。
嬉々として会場へ向かう当日は、何と今年(今世紀)最大の寒波到来による、猛吹雪の中。しかも私の滞在先からは電車とバスを数回乗り換えて片道2時間の道程であったことを付け加えておく。

2.項目
 第1日目
 1)ワークショップ(講師:荒馬座座員)
 2)太鼓の製造工程と取り扱い方についてー実演付きー(宮本卯之助商店)
 3)民族歌舞団「荒馬座」公演
 第2日目
 1)シンポジウム「日本の音・音楽の教材化に向けて」
   ・提言者 
     八木正一(音楽教育学・授業構成論)
     貝塚理子(荒馬座・企画制作部長)
     塚田 靖(打楽器奏者・埼玉打楽器合奏団ザ・サークル90主幹)
     茂手木潔子(音楽学・日本人の聴取特性研究)     
   ・司会
     澤崎真彦(音楽教育学・東京学芸大学教授)
   ・インタビュアー・資料提供
     石塚真子(音楽教育学・東京学芸大学D3)
 2)ワークショップ(講師:荒馬座座員)


3.内容
第1日目
1)ワークショップ
・ストレッチ・・・下半身・上半身まんべんなく。普段我々が行っているのとほぼ同じ。要チェック:アキレス腱のばしで、後ろに体重をのせるやり方。(足首の柔軟に効果ありそう。)
・基礎打ち・・・・一本打ち・連打(最後はいつもうち下ろし〜ヨーッどん。)
         掛け声印象的・リアクション大でわかりやすい。
・リズム練習・・・すべて口唱歌による・一人対全員で2小節ずつかけあい・本当にある曲のリズムを使って練習
         例)さんとこどっこい(ぶちあわせ)
           てけてんてんてけてけてんどこどんどん・・・(水口囃子)
           どんどんどんや どどんがどんや
           すっどんすっどんすっどんどん(かがやけ囃子)
・それ以外に、各人に即興でリズムと極めのポーズを考えさせ数小節ずつ連続してつなげる。すると「ほら、曲ができた。」
 若い座員が多い。しかもその内の一人に、山本ちひろさんという人がいて、彼女は愛知の「北の太鼓塾」出身。知る人ぞ知る、あのヒゲの山本さんの娘さんだそうな。不思議な縁に、休憩中盛り上がる。縁と言えば、この荒馬座は、我らの師、太田寛先生ゆかりのチームである。ストレッチにしても、基礎練習にしても
 教え方や考え方が不思議なほど違和感がないのは、やはりルーツとして共通部分があるからなのだろう。鼓太朗太鼓教室生諸君、安心して練習したまえ。
 それにしてもこの若い座員の、講師としてのサポート体制の見事なこと。中央で全体進行する人がいて、その人がしゃべっている間は、物音一つ立てさせないし、太鼓の移動や生徒ひとりひとりへの指示については実にスムーズに動く。その上遅れてきた人にはマンツーマンでついて(それでも全体進行は絶対邪魔しない)リズム練習に至っては掛け声や仕掛けもにぎやかで、実に楽しい雰囲気で練習できる。
 さらに「ハイッ」と言えばすぐに的確な地打ちを始める担当の人もいて。うらやましいと言ったら語弊があるが、とにかく気持ちのいいワークショップだった。内容については、初めてばちを握る人もいる中で、じっくりかみしめるように太鼓に向かって、懐かしい時間を過ごした。

2)太鼓の製造工程と取り扱い方
 宮本卯之助商店専務による全体説明。そして、職人達による皮張りの実演。見ている限りでは、非常に簡単そうで、見ている間に両面とも張り終えてしまった。乾燥に時間がかかるし、皮も胴も手に入れるのは困難だが、是非自分の手で太鼓を作ってみたいという衝動に駆られた時間だった。
 太鼓の種類や、材質・値段等については、ほぼ知ってる内容だったので省略するが、添付資料に牛のひらきという感じの図があって、どの辺をどんな太鼓に使うかという説明が載っていたのが面白かった。また、昔は農耕牛の皮を使っていたので 良かったが、今は食肉用に急に太らせた牛なので、余計な脂が多すぎるし、あまり丈夫でないので、苦労しているそうだ。
 赤牛の雌がいいようだが、やはり手に入りやすい「黒毛和牛」がメインらしい。

   (皮張りに使用する道具)
    円盤型の台数個・角材約1M6本・ジャッキ6基(くさびと木づち)
    麻締ロープ・竹筒大8本・竹筒小と鉄棒8組・鋲約250個
    木片と木づち・金槌・上から叩きあげる大ばち(マレット風)
    これに胴体と金輪と皮があれば、できる。(と、思う。)
 太鼓資料館の館長も来ていて、入館ご招待券を2枚もらいました。

3)荒馬座公演
水口囃子・・・・これについては、何も言うまい。以前に何かで書いたことがあるような気がするが、水口囃子は、どこもいじりたくない気持ちが強いため、アレンジされた水口囃子については、違う曲を見たということにしよう。ほぼ横一列に宮太鼓と〆、後ろに笛と鉦(いわゆる普通の鉦)が立つ。左手をはね上げる「てんつく」。笛が止まっての鉦玉(しかも客席に飛び込んで)。最後はなつかしの「はーっててててててん てんつくてんつくてんてん!」・・・ちょっとつらかった。
獅子舞い・・・・これはなかなか芸達者な若者の、小気味の良い獅子舞いだった。お囃子のベースも江戸囃子だが、例のちひろちゃんが、〆太鼓と宮太鼓の両方を受け持っていた。基礎技術は十分あることがわかった。ただ打ち方は、おそらく我流であろう。私の理解している、江戸囃子の打法ではない。  
若駒踊り・・・・今回の演目の中では、ピカイチだった。もとにしているのはあるのだろうが、基本的に荒馬座創作ということだ。華やかな着物に灰色のたつけ袴、オレンジの鉢巻。手には馬の頭の飾りがついた1メートルほどの棒に、長いたすきがくくられている。5人の娘さん達が、これはもう見事なほどに軽やかに舞う。「ほーっ」という掛け声とともにたなびくたすきをあざやかに操り、身のこなしもさすが「プロ」かな。
 確かお囃子は「どんててってどんててってどんててってどんてどんて」だった。
ソーラン節・・・「見ている皆さんも一緒にやりましょう。」何をするのかと思えば、お囃子をするのだった。「どーんこどんどんどんそーれ」をお客にやらせて、それに合わせて踊る。北原さんという、体型が太田先生似で、もっと柔和にしたような感じの男性が、非常にいい味を出していた。構成や踊りのパターンは、当たり前かも知れないが、わらび座のそれと類似していた。
ぶちあわせ・・・「基本的には、荒馬座オリジナルです。」と、何度も言っていた。どういう思いがあるのかすべてはわからないが、取り組み方にはたぶんこだわりがあるのだろう。斜め台をふたつ置き、〆太鼓の地打ちが左右に一人ずつ。3人一組で1ソロ2ソロ、3ソロとやって3・2・1・1ふんすい、波乗りとぶちあわせを知っている人なら誰にでもわかる単純な構成である。二つの太鼓は全く同じことをし、3人で三角を作ってきれいに移動。見せ場は3・2・1・1での飛び込み。
 ある意味、単純美とも言える。「働く人々を励ます」「元気を分け与える」というのが、活動根拠であるので、これはこのままで良いのかも知れない。 

第2日目
1)シンポジウム「日本の音・音楽の教材化にむけて」
 まずはパネリストからそれぞれ15分程度の発言。さらにその後若干の質疑応答と、最後にそれぞれが総括してまとめた。以下内容をパネリストごとに抜粋する。
(八木)
・教材を間違わなければ、伝統音楽は楽しいはず。
・方法的原理・まずは体験、関わり認識を。
・右脳は体験を通してのみ蓄積される。機能は実践においてのみ復元される=伝統の継承。
・脳の3つの領域(脳幹・大脳皮質・大脳へんい系)のうち、大脳へんい系が伝統芸能には重要。(最初に一度だけ読み込む能力。)
・マクロ的視野からの教材としての伝統芸能の意義。
・CDなど高周波をカットした音に対し、脳幹の血流停止などの機能障害が懸念されている。操作されていない音が必要。
・ポストモダリズムー効率性から豊かさへー楽譜による大勢への伝達ではなく、口唱歌等による一体一での伝承を目指す。
・アイディンティティの確立という考え方には否定的。(経験的に実証されていない。)
・日本も、世界も同じ音楽だという意識・認識が先。(日本の音楽が、特別という事では無い。)
・日本文化は、「横の文化」であり、これからの人間関係や人間のあり方を示す大事な要素となる。
(貝塚)
・自分達流の伝統芸能の認識とアレンジを肯定。
・八丈太鼓の実演・・・男2人打ちで、女性が唄専門。唄はいい声量。太鼓に関しては前半まあまあ。後半シャバタキがさらに正面向きあいの大太鼓風に。どっかで見たと思ったら、確か私も第2回公演でやっ       た。地は平たくどどどど。
・前半のリズムに関しては太田八丈ほぼそのまま。
・唄1番は「太鼓叩いて人様寄せて」2番が「太鼓叩いて心を寄せて語り合いたい夢がある」そしてテンポアップして「太鼓とどろけ」
・伝える人の生き方・心・体・いろんなものを一緒に伝える。
・地元への思い・歴史への無視には気をつけるように。
・「思いを込めて打つ」「心ひとつに囃す」が最重要課題。
・間・気を合わせるということが教材として効果的。
・「いい芸能が人を育てる」逆もまた然り。
(塚田)
・西洋音楽の中の打楽器と、軍隊との結びつき
・「メサイア」で初めて楽器として仲間入りをする。その過程として、音の表情・可能性だけを取り出し、様々なアクを除いた。
・ティンパニだけは貴族社会の中で別の歴史を辿った。
・西洋音楽では楽譜への忠実さが重要ではあるが、芸術性の追求という段階ではやはり五線譜に表せない「間の意識」が必要。
・同じリズムでも「ティアタタ」「テュルタタ」など、西洋でも「口伝」に近い方法をとる。
・チャイコフスキーなどは楽譜にびっしりと、音符に表せない表現の仕方を言葉で記入している。
・聾唖者でも感じ取れる打楽器の響きは、教材として素晴らしい可能性を秘めている。
(茂手木)
・邦楽・和楽器という呼び方への批判ーこれは単なる日本の音楽・日本の打楽器であり、特別なものではない。
・常に変化することへの認識ー口伝という方法
・日本人の音への指向性の変化・太鼓については余韻の残らないような強く張られた皮(浅野太鼓に代表される)へ、横笛なども平均律に近いもの(朗童に代表される)へと変わっている。
・組太鼓や、西洋楽器との合奏も容易になり、より舞台上を意識した音を求めるようになっている。
・日本の楽器の、多様性・西洋では倍音を選んで和音を作り出すが、日本は様々な音を自由に出し、その中から出来上がる倍音を楽しむ、という方法。いわゆる「感(感性)」で音を選び出している。
・音色へのこだわりという点では特に多様で、400種類以上、小分けすると2000以上になるという。
・それは、音色をズレさせる(一致させない)やり方で、そこから生まれるものに独創性を見出し、個性豊かな技が生まれる。
・特に確立した発声法が無いのも、そういった理由がある。
・リズムにも「ユレ」を求め、定期的な小節を持たない場合が多い。
・そこには許容=非協和の協和というべき関係が成り立つ。
・多様な音色・素材・ありとあらゆるピッチが存在するため、日本は打楽器の宝庫、「打楽器の島」と呼ばれる。
・さらに日本の打楽器の音色は聞き易く、耳に優しい。
・コミュニティーのために伝統音楽をするのではなく、伝統音楽をすることによりコミュニティーが生まれることを望む。
・いかに長くやっているかが、「うまい太鼓と味のある太鼓」へのポイント。
・日本の音楽は繰り返しばかりでつまらないという認識から、「繰り返しが面白い」というふうにもっていく(水戸黄門を参考にせよ。)。
・日本人は、静寂に対して鈍感ーガチャガチャした中(カオス)から、多様な音の創造がなされる。
2)ワークショップ
・ストレッチ・・・少しヴァリエーションを変えて。また、休憩時間にはストレッチをしながら休憩という方法をとる。
・リズム練習・・・登城〜戻し。荒馬座の若手もやるが、ちひろちゃんが一番上手そうだ。
          盆踊りリズム。どんどんどんかっかどどんがどんからかっか  

・体験コーナー・・様々な台にのせてそれぞれの打ち方で連打。
           八丈台・三宅台・秩父台・斜め台・剣舞型それと〆太鼓。
  これはさすがに遠慮して、できるだけ遠巻きに見学した。体験してみたいという人たちが順番で各台の横で待っている状態で、それぞれの指導のしかたを見ていた。三宅の重心は両足の真ん中、という以外は違和感のある打ち方はなかった。ちょっと感動したのは、同じ三宅で、ばちは親指と人差し指で支える、ということ。両手を広げ、手のひらさえ伸ばした形で大きく構えて太鼓に向かう太田先生の姿を思い出した。
 やっぱりしんどいんだろう、そのうち三宅台の前の人数がまばらになってきたので、よしよしと、トレーニングのつもりで連打。これが何十分と続くと、きつかった。ということは、練習になった。
 打った時のこぶしが太鼓の面に近すぎる、ということと、斜め台の時、もっと大きく動かして、ということを、注意された。なるほど。

4.考察
 みんな、普段あまり頭を使わないで太鼓をしているんじゃないかと思う。理屈抜きで楽しいからやっているんだ、という人も多いと思う。私は頭でいろいろ考える方なので、「理屈っぽい」「気持ちから入っていない」という否定的な意見も大いにあると思う。だけれども、私にとって好奇心を満足させ、好きだという気持ちを昇華させるには、「なぜ楽しいのか」「なぜ(楽しいものが)存在するのか」「どうすればより楽しいか」様々なことを考えざるを得ないのだ。
 そういう意味で、今回のシンポジウムは、ひとつの大きな財産となった。もちろん、なるほど、という意見や、おいおい、という意見もあったが、全体を通して、より私の太鼓人生が充実するための大切なマテリアルとなることには間違いのないことである。
 茂手木先生がおっしゃられた言葉に、「何でこんな研究やってるのかと言えば、好きだからやってるんです。」というのがあった。巡り巡って、結果は同じ「楽しいからやる」で、いいんじゃないかと思う。
 結論で言えば、日本の音・音楽の教材化に向けて、和太鼓を取り入れること自体には賛成だが、例えば八丈の太鼓とか、三宅の太鼓を使うのには、否定的な立場をとりたい。私は教師ではないし、音楽家でもない。どちらかと言えば、民間の民俗芸能愛好者として、これらの芸能がスポイルされることなく教材化されるのは極めて困難であると感じずにはいられない。
 楽器としての和太鼓。音楽としての和太鼓は、リズムモチーフを、例えば能や歌舞伎、あるいは既に広域化してひろく伝わりつつあるタイプのものにしてほしい。
秩父の「テケレッケ」が正確に学べるとは思えない。地域限定の太鼓が教材として扱われるとき、その時代背景や地域背景、必然的に生まれたそのリズムや打つ姿勢・動きや衣装にいたるまで、すべて含めて実践されるなら、それは「音楽教育」ではなく、教育課程に「民俗教育」とした形で取り入れられるべきだと思うのだ。
 とにかく、四国においては聞くことのできない話をたくさん聞くことができ、充実した時間を過ごすことができた。和太鼓の、様々な可能性を見出すきっかけになると思う。願わくば、四国においては自らが発信源となって、和太鼓を中心としたあらゆるネットワークの充実と発展につなげていきたい。
 今回の様々な出会いに、感謝致します。              以上

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