<佐渡紀行>2005年

8月18日(木)
 朝、7時出発。のはずが少し遅れて7時15分出発。この遅れが後々響いてくるとは、この時点では知る由もない。ともあれ、河野家に加え今回特別参加の由佳ちゃんとともに、高松市内の早朝営業うどん店で朝食後、高松ICから東向きへ。これから高松、神戸淡路鳴門、山陽、中国、名神、北陸と自動車道をひた走ることになる。ETC装備してて良かった。
 通り過ぎる各県への突入予定時刻を設定していたのだが、最初の15分の遅れがどうしても取り戻せない。仕方なく午前の部の休憩を1回飛ばし。さらに予定では北陸自動車道に入る頃にSAで昼食を、と思っていたのが、京都から米原辺りにかけて思わぬ渋滞発生。1時間以上の遅れに、焦りの色を隠せない。「もし直江津からのフェリーに間に合わなんだら、さらに新潟まで走った上、深夜の便で佐渡に上陸し、さらにまた1時間車で走らないかんね。ここから先順調なら何とかギリギリかも知れんけど、こうなると朝の15分は痛かったね。」誰が15分遅れの原因か?それはともかく、ここからの追撃はすさまじかった。明ちゃん→こうのさんの運転リレーで平均時速130km、最高140km超ですっ飛ばし、なんと予定どおりの到着時間に直江津港に入るという快挙?を成し遂げたのである。ま、当然昼ご飯は車の中で運転しながらになったのだが。16:10発の小木港行きフェリーに乗って一息ついて、甲板から眺めた日本海に沈む夕日。この美しさは、先ほどまでの焦燥感をすっかり忘れてしまうほどだった。

sado2005-1.jpg(まもなく、佐渡〜)

 18:40、小木港着。先に佐渡入りしているメラニー達と一旦再会した後、まずは長旅の疲れを癒すために温泉へ。ここまでは良かったが風呂上がり、さて夕食を、と辺りを見渡しても、何もない。「8時過ぎると、どっこも無いね。」と温泉のおばちゃんに冷たくあしらわれて、仕方なく最寄りのコンビニまで弁当を買いに、最寄り?片道30分。佐渡島の端っこから真ん中辺りまで走りましたがな。
 何とか宿泊予定の素浜キャンプ場に着くものの、今度は予約のキャビンにびっくり。草ぼうぼうの暗い坂道を上がり、蜘蛛の巣を払って何とかたどり着いたが、キャビンとは何か、を真剣に考えたくなる作りのもの。窓は立て付けが悪く開かない、入口には隙間があり虫入り放題、狭くて薄暗くて天井は低くて閉塞感でいっぱいの、「キャビン」。辺りの茂みではイタチが顔をひょっこり出していた。風も通らず蚊取り線香の煙が充満する寝苦しい一夜、なぜこんなところでこんな目に遭っているのかと枕を濡らしている(大げさ)妻の寝姿に、明日からの生活に一抹の不安を覚えながら、初日を終える。

8月19日(金)
 「キャビン」を引き払い、本日フリンジ参加予定の木崎神社まで。夜のコンサートの整理券を取りつつ、担当者と打合せて、10:30いよいよ1回目のフリンジ本番。天気は快晴、というか蒸し暑い。やる方もだが見る方も大変だったのではないかと思う。平日の午前中というのもあるのか、観客は若干少なめ。香川の和太鼓チームの人たちや、昔講習会で出会った人の姿が見える。演目は「道行」「八木節」「八丈太鼓」「宇和島さんさ」「満天」。本番直前、明ちゃんと由佳ちゃんは手を取り合ってガタガタ震えていたにもかかわらず、始まってしまえば内容はまずまずの出来。会場スタッフだった鼓童の研修生の人たちがわざわざ寄って来て「良かったです!」と言ってくれたのがうれしかった。EU(国籍不明)の人がラッキーコインを渡してくれながら「Can I get your CD?」と聞いてきたので「Sorry, We didn't make yet!」と答えましたがな。
 昼食はちかくのフリーマーケット会場で。フリーマーケットと言っても、どこの国の?と思うような、無国籍テントが立ち並んでいる。舞台衣装のまま歩き回っても、何の違和感もない不思議な空間が、小木の港の広場に展開されている。

sado2005-2.jpg(「ポイ」と呼ばれる大道芸道具で遊ぶ初ちゃん。)

この場でスーツ姿でいれば、返って注目度満点だろう。タイのカレーやベトナムのやきそば、モンゴルのパンとか、明ちゃんやメラニーなどは何やら怪しげなものに挑戦していたが、私は悩んだ揚げ句、佐渡ラーメンを食べる。もちろん、昼間から生ビールは常識だ。
 午後2時半から2回目のフリンジ。暑さはさらにひどくなっているものの、次々と行われている種々のパフォーマンスに観客も増え、興奮度が高まっている。音楽に合わせて踊り狂っている人たちもいる。そんな中で、ほのぼのとした「満天」のステージは受け入れられるのだろうか。とか考えたりもしたが、意外にも当然にも、大喝采の中で観客とも一体となれたような、気持ちいいステージが経験できた。欲目も少し加えれば、今日のフリンジ団体の中で一番拍手が多かったのではなかろうか。(見てないのもあるので本当はわからない)おかげで、残りの佐渡島滞在中、色んな人から声をかけられたり、知らない人にプレゼントをもらったりして過ごすことになった。当然、そうした対象の多くは初ちゃん珠ちゃんに向けられたものではあるが。

sado2005-3.jpg(知る人ぞ知る「エイゴリアン」のマイケルもいて、フリンジ参加していた)
 さて、出番も終えホッとしたのもつかの間、大量の「洗濯物」を抱え、コインランドリーを探すも、「ここら辺は、そんなもんはないですね。」と、昨日とは違う温泉のおばちゃんにやはり冷たくあしらわれて、折しも夜の宿泊先への不安も相まって明ちゃんのテンションが上昇してくる(この場合の上昇は、怒り具合)。そこへある筋から朗報「素浜のキャンプ場には洗濯機がある!」「キャビン」には懲りたものの、せっかく購入した5人用テントを使用せずでは寂しい限り。さっそく素浜へ向かう。はしゃぐ子ども達と一緒に真新しいテントを張り、200円入れて洗濯機を稼働。先ほどまで舞台で活躍した各種「太鼓台」が、「物干し台」に早変わり。取りあえず住み家を確保してホッ。
 ちっちゃなスーパーでおにぎりとパンを買い、夜のコンサート会場へ。早めに整理券を取得していたので、舞台下手の一番前に陣取ることが出来た。しかし会場までの坂道は、きつい。「気分が悪くなった方、救護班まで〜」とスタッフ。そこまでして、見る価値のあるものが、舞台では展開されていくわけだ。さすがとしか言えない、鼓童の舞台。今回は渡辺の薫さんの演出ということだが、懐古的なイメージを感じた。三宅、千里馬という定番の曲が光る。また、大舞台で久々の藤本さんの大太鼓&屋台囃子(玉入れ付き)千絵子さんの八丈、さらにアンコールには「彩」古き良き鼓童を再認識した、いい舞台だった。初っぱな鬼剣舞から始まるのも最高。しかもこの鬼達の中に、かつての太鼓仲間、「ぞうくん」がいる。そして一番良かったのは「火群」この曲は見ていて本当に楽しい。好みの問題もあるが、型にはまった曲&プレイヤーが多い印象を持つ鼓童の中で、ハートフルで無邪気に楽しめる貴重な曲だ。特にこの曲は「ぞうくん」が光っている。明ちゃんが「ぞうく〜ん」と叫ぶその目の前で、実に楽しそうに太鼓を打っている姿は、感動的だった。
 興奮冷めやらぬ中、車で10分、仮の我が家へ。思えば昨夜の「キャビン」は、今夜からのテント生活のための布石だったのかも知れない。「なんてテントは気持ちがいいんだろう」という明ちゃんの言葉が身にしみる。まわりには同じ環境の人々が大勢いるが、何故かその8割近くは外国人。すぐ近くのビーチでは怪しげな太鼓やギターの音も聞こえ、唯一の海の家には、遅くまで人々がたむろし、語り合っていた。(95%までが英語)私も、メラニー&ヘレン(メラニーの幼なじみ・ニュージーランド)とともに混じってたのだが、知り合いになったアメリカ人とかカナダ人とか、要するに英語を母国語とする人たちの中での会話は、ほぼ聞き役に徹するしかない。5割、油断すれば2割くらいしか聞き取れない中で時々話が振られて答えに詰まる。その場で唯一日本語がわかるメラニーに助けを求めようとも、割と素っ気ないというか、容赦がなく滅多に助けてくれない。(酎ハイ片手にニヤニヤという感じ。酔っているぞ、メラニー!)1時頃、就寝。

8月20日(土)
 さすがに8時が過ぎるとテントの中も蒸し暑くなってくる。子ども達は早々に這い出して、水着に着替えて海に飛び込む瞬間を今か今かと待っている。午前中は予定がないので、目の前の海を全く無視して過ごすのもかわいそうだと、海水浴を許可したのである。朝食も食べ「よし」の合図とともに、3人娘(由佳ちゃん長女)は一目散に波打ち際へ。しかしながらさすがは日本海、瀬戸内海とは違う波の勢いの強さに、ちょっと腰が引けたまま。それでも浜中に聞こえるような笑い声で、夢中で楽しんでいた。私としては泳ぐつもりもなく起きたままの格好で様子を見に行くも、思ったより水温が冷たくないのと、この強い引き波が面白くてついつい服のままドボン。図らずもこの夏2度目の海水浴。ずぶ濡れで腰まで浸かり、心地よい海風を受ける。実に爽快。足元を、波にさらわれた由佳ちゃんがもがきながら通り過ぎていく。あ、波打ち際の初ちゃんのお尻に頭が激突・・・。
 昼からはフリーマーケットでお買い物と、鼓童有志や千絵子さんのフリンジ見学。メインは阿弥陀院で行われた特別フリンジ、「花の口上」プロデュースバーイぞうくん。ぞうくん大太鼓一人打ち、ぞうくん鬼太鼓一人舞、ぞうくん三宅ソロ、ぞうくん鬼剣舞一人舞、ぞうくんがいっぱいの舞台で、なかなかのもの。

sado2005-4.jpg(鬼太鼓?らしきものを踊るぞうくん。)

手伝ってくれていたメンバーも個性的で面白いのが集まっている。ある意味、現在の鼓童メイン部隊ではない人たちが多いが、この舞台で表現された柔らかさ、滑稽さ、さらには不完全さ、そこから生まれる人の感情として大切な部分というものは、千絵子さん、藤本さん世代のプレイヤーに通じる、「個」の存在を感じさせる。メイン部隊となっている若手メンバーにもっと持って欲しい部分、鼓童という組織には絶対必要な部分であると私は感じる。彼らの存在感が鼓童の中で一際大きく輝いていってくれることを、切に願う。
 さて、今宵のメインステージは、ケルト音楽、カルロス・ヌニェス。よく知らないし、今日は前の方に並ばなくてもいいや、と思っていたら案の定並ばなくてもほぼ最前列。しかしながら振り返れば、予想以上にすごいアーティストだったと言える。間のMCも英語だし、おそらく会場のほとんどの人が初めて聞く曲ばかりであったにも関わらず、バグパイプを始めとする民族楽器のすばらしい音色、演奏者の情熱がそのまま伝わってくるノリの良さ、途中雨がぱらついたにも関わらず、後半はスタンディングオベーション。と言うか踊り狂い。初ちゃん珠ちゃんも最初眠たそうにしていたのに、たまらず立ち上がって踊り出してからは絶好調。大人に混ざっての彼女たちのオリジナルダンスはこれはまた見事で(親バカ限りでは無いと思う)そこに小さな人の輪が生まれ、彼女たちを囲んで盛り上がる空間が出来た。舞台からは鼓童メンバーも飛び出し観客席になだれ込んで手をつないで大団円。汗だくの夜。
 この日の夜のビーチには由佳ちゃんも加わり、キョロキョロしながら英会話に耳を傾け、ところどころ会話に入り込むなどのチャレンジを試みていた。小学校3年生の時から知っているし、大きくなったなあ、と半分親心。

sado2005-5.jpg(メラニー・ヘレン、友達になったカナダ人夫婦と一緒に記念撮影)

8月21日(日)
 さて最終日、これは整理券が欲しいところだが私も明ちゃんもワークショップに参加しなければならない。ということで、手弁当を持たせた娘達(由佳・初音・珠伎)に整理券取得を託して、私は「春日の鬼太鼓」明ちゃんは「フラ・カヒコ」のワークショップへ。「小学校低学年レベル」という基本動作を習うわけだが、なかなか楽しい。5年前に佐渡に来て、当時鼓童の準メンバーだった子に「岩首の鬼太鼓」を教わったが、基本的な身体の使い方は同じみたいで分かりやすかった。あまり嬉しげに前には出ず、とりあえず控えめに楽しんだ。途中金子さんが様子を見に来て声をかけてくれた。今回彼は裏方に徹しているみたいで、舞台には全然出てこなかったし、秋の愛媛公演にも来れないみたい。残念。
 昼からも明ちゃんは続けてフラのワークショップに参加、と言うことで、それ以外は鼓童村の見学に行くことに。メラニー達と、初日に知り合ったカナダ人の夫婦2人も連れて行くことになり、太鼓を載せて5人乗り仕様になっている車に、合計8人が乗り込んだ。交通違反かな?でも割と佐渡にいる間、道交法無視いっぱいしたかも。さておき、懐かしい鼓童の稽古場。「5年前、この辺で初ちゃんがお漏らししたんだよ」とか言いながら、ひと通り見て回り、そこに座っていた山口さんと少し話。向こうでメラニーと由佳ちゃんが屋台囃子用の太鼓で「勝鬨」を叩いていた。
 一旦フリーマーケット会場に戻りお土産物を買った後、たらい舟にも乗って記念撮影、ワークショップを終えた明ちゃんを拾ってキャンプ場へ。空模様が怪しくなってきたので洗濯物を片付け、テントの入口も閉めてからコンサート会場へ向かう。途中レインコート(別名大きめのビニール袋)を購入して、午前中子ども達だけで立派に役割を果たして手に入れた整理券を持って入場。昨日一昨日と近くに大声で叫ぶ変な人がいたので、今日はそれを避けて上手の前列へ。するとそこは書道家・柿沼さんのテリトリーで、「墨が降ってくるかも知れません」とのこと。それも面白いか、とは思っていたがそこまで暴れることもなく、また心配していた雨も多少降ったくらいだったが、コンサートが終わる頃にはやっぱりびしょぬれ。原因は圧倒的に自分の汗によるもの。もちろん最後は総立ちで、観客も段々前へ前へと寄っていき、明ちゃんの目の前には2m級の外人が立ちはだかりちょっとフラストレーション。初ちゃんはメラニーが抱き上げ最前列にねじ入った。珠ちゃんは私が肩車して、そのまま踊ることに。肩の上でも珠ちゃんがリズムに合わせてピョコンピョコンと跳ねている感触がとても楽しかった。最後はやはり「彩」。祭りの最後を飾る、文句なしの曲であると、今更ながらに感じた。
 達成感と、祭りの終わる寂しさと、複雑な思いで会場を後にする。急な下り坂に、ここ数日間の疲れで、膝がガクガク。脳裏には何故か「くゆらげ」で舞う千絵子さんの姿が浮かぶ。今回のビジュアル大賞とも言うべき、幻想の世界は、それを目の当たりにした時、「すごい。これはすごい。本当にすごい。」としか言葉が出なかった。心の中に、本当に色んなものを詰め込んだような日々だった。
 帰り道のフリーマーケット会場では、雰囲気を名残惜しむかのように、騒いでいる人たちがいる。初ちゃん珠ちゃんの強い要望により、ファイヤーダンスをしばらく見学。回りを取り囲む人々といい、本当にどこの国だろうという感じ。いや、国なんか関係ない、という意思さえ感じられる。テント生活最後の夜、子ども達は寝静まり、最後の洗濯をしながら、夫婦2人でしばし語らい。いい経験ができたねえ、また来たいねえ、テント生活もいいもんだねえ、という話。

8月22日(月)
 雨音で目が覚める。一時、嵐のような勢いで降り、海岸からの波音は、津波が来るのかと思えるほど。やがてテントの下に雨水が溜まり、ウォーターベッド状態に。これもまたひんやりして気持ちいい。雨が上がった隙にテントをたたんで帰り支度をし、港に向かう。既に大勢の帰り客でターミナルはごった返し。その中で何とエスター&ケンさんに再会。昨日から来ていたそうだ。相変わらず仲良さそうに手をつないで歩いていた。
 10:20小木港発。鼓童有志が送り太鼓をしてくれるも、フェリー甲板からはもう既にその姿を見れるスペースがない。せめてお前達だけでも、と両肩に初珠コンビを乗せて、音のみを楽しむ。

sado2005-6.jpg(無理矢理撮った送り太鼓。)

船の出航と同時にまたどしゃ降り。派手な幕引きとなった。船の中でも顔見知りにたくさん会い、楽しかったねと語り合いながら、寝不足解消のため少しだけ仮眠。
 直江津の町でラーメンを食べる。思えば佐渡滞在中、食事と言えばほとんどおにぎりとパン(それと私はビール)のみで、久々に温かいものを食べたような気分。腹ごしらえの後は、一路四国へ。行きとはルートを変えて、上信越、長野、中央、名神、中国、山陽、神戸淡路鳴門、高松という自動車道リレー。途中多賀SAで入浴&夕食。明ちゃんと私で交代しながら運転するもさすがに疲れと眠気が隠せない。(子ども達はもうこれでもかと言わんばかりに爆睡。)ガソリンも減ってきていたが、24時間営業のSAを通り過ぎたところでそれに気づき、鳴門でいったん下りて給油。家にたどり着いたのは夜の12時を回った頃という状況でした。片付けて床についたのが2時過ぎ。翌日仕事か、しんどいなあと思いつつグッスリ。(したと思ったら、朝のラジオ体操に出かける初ちゃん珠ちゃんに、6時過ぎに起こされました。)

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