<沖縄紀行>2002年
今回の旅は、本当の意味での旅行に近かったと思うのですが・・・一応、主要観光地はひと通りまわったし、琉球料理も毎日堪能したし(ま、ラーメンとかカレーという時もあったが)、ホテルもなかなかきれいで広い部屋とベッドで快適な宿泊だったし。
その上で主目的だったエイサーと三線の修得も、思った以上に成果があったし(欲を言えばもっと追求したかったが、体力知力に限界あり)、地元の人との交流も出来たし(ただし向こうとしてはまだまだ気を使って遠慮気味だったそうだ)。
若太陽事務局長、外間則光さんには何から何まで、お世話になりました。特に、これほど泡盛が飲めるとは思っていませんでした!?。次回は、毎日おつきあいできる様、鍛えてまいります。
3月20日(水)
松山空港〜那覇空港〜首里城〜沖縄都ホテル泊
ホテルの琉球舞踊ディナーショー(カチャーシ飛び入り参加)。若太陽の事務局長、外間則光さん(以下、身体がおっきいので大さんと呼ぶ)に会って、事務所や練習場を見学。まもなく浅野太鼓のアンテナショップや、研修宿泊施設も兼ねるようになるそうだ。
さらにリーダーも加わって、長間孝雄さんというプロミュージシャンの経営するスナックへ。マスター自ら三線を持って唄う。観客も唄う。囃す。踊る。太鼓を打つ。三板(サンバ)も打つ。大さんは水のように泡盛を飲んでいく。賑やかで沖縄音楽にどっぷりつかった楽しい夜だった。深夜2時頃ホテルに戻る。
3月21日(木)
残波岬〜琉球体験王国「むら咲むら」〜エイサー練習及び見学
むら咲むらに、三線の体験コースがあったが、時間無く練習会場へ。
下里さんという、若太陽の下部グループから若太陽に上がったばかりの青年(19才)が、指導担当で4時間ほどつきあってくれた。園田(ソンダ)という沖縄市内の集落に伝わっているエイサーを1番〜7番まで。
夜は大さんお勧めの居酒屋さんで琉球料理を堪能。本当においしかった。その後また練習場に戻り、ここの子どもチームの練習を見学。創作エイサーと呼ばれる、近代楽曲に合わせたエイサーを披露してくれた。これもなかなかカッコいい。
3月22日(金)
玉泉洞王国村〜琉球ガラス工房〜新城工作所〜若太陽事務所
玉泉洞のエイサー広場で、スーパーエイサー「真南風(まふぇかじ)」のショーを見学。これはド迫力のまさしくスーパーエイサー。アクロバティックで、若さと熱気のあふれるステージで、つい2回連続でショー見学。ついでに明ちゃん初ちゃんは白ヘビを首にまいてご機嫌。
夜は大さんに案内してもらって、新城工作所へ。ここでは、家具のほかに太鼓やパーランクー・三線やバチなどを販売している。結局、エイサー用特大大太鼓(1.4〜5尺)ひとつと、パーランクーをふたつ購入。ホームページもあるので帰って要チェック。
その後は若太陽の事務所でビデオ鑑賞。清次郎さんや愛ちゃん、浄さんなども映っていて、不思議な感じがした。リーダーの息子さんから、衣装についての指導を受ける。あの独特な頭の巻き物は、「マンサージ」というものだそうだ。
3月23日(土)
万座毛〜海中道路〜エイサー練習〜三線指導〜スナックBigTime
木曜日に習った園田エイサーの1番から3番までの手を集中的におさらい。下里青年に、銘刈青年も加わった。通常読める人が少ないと思いますが、「めかり」です。
芸大の博士課程でありながら三線指導者である、新城亘先生に、三線の手ほどきを受ける。基本の弾き方から、練習曲、最後には譜面(工工四;クンクンシーと読む)を見ながら安里屋ユンタ・芭蕉布と。2時間の予定が、調子に乗ってビール片手にさらに2時間ほど、弾いたり講義を受けたりしながら、そのまま流れで打上げに突入。
もう1人の外間さん(大さんに対して、小さんと呼ばれている)とともに色々と太鼓談議で話し込み、気がつけば明け方4時になっていました・・・
3月24日(日)
那覇空港〜松山空港
(諸費用)
旅費宿泊費約17万円(4泊5日朝食付き・初は航空費のみ)/食費約3万円/ビールやお菓子等約3千円/レンタカー等交通費約2万4千円/観光地入場料等約8千円/太鼓三線指導料・購入費約7万5千円/お土産代約1万円/ということで、合計約32万円の出費に・・・・オソロシヤ・・・
「琉球の文化にひたる 人情にひたる 泡盛にもひたる」