「待って、ちょっと待ってください」
テッド・マハール『ポートランド・オレゴニアン』
アカデミーの各賞はようするにお遊びにすぎない。騒々しい商業ベースの賞で、他よりすこしばかりできのいい映画に何か最後の言葉を贈って田舎者をだまし、それを信じ込ませるものだ・・・芸術的表現は無視、老衰して愚かしく、忘却に値し、滅びゆく恐竜のような唸り声を上げる映画世代を反映したものだ・・・「2001年」は明らかに新しすぎ、時代に先行しすぎているので、常識の枠内におさまりきれないのだ。
ジョン・ヒンターバーガー『シアトル・タイムズ』
「2001年」はおそらくエイゼンシュテインの実験映画の時代、つまりメディアとしての映画の地平を広げようとしていた時代以来、映画といえる唯一の映画である。この意味で、これは今年唯一の重要で意義深い映画である。
〔セルゲイ・ミハイロビィチ・エイゼンシュテイン:1898〜1948、ソ連を代表する映画監督。プトフキンとともに「モンタージュ理論」を唱え、不朽の名作「戦艦ポチョムキン」を撮る。「ストライキ」「十月」「アレクサンドル・ネフスキー」「イワン雷帝」など〕
1968年度アカデミー賞:
特殊視覚効果賞:「2001年宇宙の旅」スタンリー・キューブリック
イギリス映画アカデミー賞:
最優秀撮影賞:ジェフリー・アンスワース。最優秀美術監督賞:トニー・マスターズ、ハリー・ラング、アーニー・アーチャー。最優秀録音賞:ウィンストン・ライダー。
イタリア近代映画産業会は、最優秀西洋映画作品賞として「2001年宇宙の旅」にドナテルロの「黄金のダビデ像」を贈る。
第2回リオ・デジャネイロ国際映画祭、1969年春、最優秀賞:「2001年宇宙の旅」。アーサー・C・クラークに黒いモノリスが贈呈された。
「2001年宇宙の旅」
1968年度最優秀作品賞
ドナテルロのダビデ賞(イタリアのオスカー)
スペイン映画批評家協会
アントワープ映画批評家協会
カンザス・シティ映画批評家協会
『クリティクス』BBC放送、アレックス・ウォーカーとディリス・パウェル
『ニューズ・デイ』ジョセフ・ゲルミス
『クリティカル・ピープル』WBAI−FM、アル・リーズ、ニューヨーク
『フィルム・ブリテン』ジャック・アノ
『サンフランシスコ・イグザミナー』スタンリー・アイケルバウム
『フィルムズ・アンド・フィルミング』ロンドン
『ポスト・インテリジェンサー』シアトル、ジョン・ブーアヒーズ
『オレゴニアン』ポートランド、テッド・マハール
『スター』ワシントンDC、ハリー・マッカーサー
『シンシナティ・エンクアイアラー』E.B.ラクリフィ
WBZ−TV、ボストン、パット・コリンズ
『フォートワース・スター』ペリー・スチュアート
『カトリック・センティネル』ジェームズ・W・アーノルド
『ヒューストン・ポスト』ネイサン・フェイン
『ウィンストン・サレム・ジャーナル&センティネル』ジム・シャーツァー
『ステーツス・アイテム』ニュー・オーリンズ、ジェームズ・A・ペリー
『ヒューストン・クロニクル』ジェフ・ミラー
『デンバー・レジスター』トム・オフィサー
『ブリテン』オーストラリア、シドニー、バーバリー・ティベイ
『トロント・スター』マーチン・ネルマン
『シアトル・タイムズ』ジョン・ヒンターバーガー&ジョン・ハートル
『ロサンゼルス・フリー・プレス』読者投票
『ボー・プリ』
『レコード・ニューズ』テキサス州キングスビル・ビショップ、ジャック・トラッセル
『スタンフォード・デイリー』カリフォルニア州スタンフォード、トッド・マッカーシー
全米カトリック・オフィス
映画賞
1968年度
最優秀教育映画賞
「2001年宇宙の旅」
人類への想像――人類の起源、宇宙との創造的な出会い、そして未来への測り知れない可能性への想像――の限りをつくし、観客の目と耳と直観的反応を、その独自で刺激的な人間の体験に惹きつけたことにより。
『サンデー・レビュー』は、1969年12月「2001年宇宙の旅」を「この10年間でもっとも優れた映画・・・今後すくなくとも 100年間、本格的文章に強い影響をあたえ続ける役割を担うという大きな挑戦を、躍動的な映像に込めた比類ない傑作」であることを宣言する。