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96年9月23日 秋季霊祭のお話
死・葬儀・御霊の祭り
教 会 長
○神様のみ心にかなった氏子
○悔いのない人生を
○必ず平等に迎える死
○ターミナル・ケア
○「魂のケア」で気をつけたい七か条
○死を目前にして
○葬 儀
○御霊の祭り
○神様のみ心にかなった氏子
皆様と共に秋の霊祭を仕えさせていただきまして、御霊様もお喜びくだされておるものと存じます。
今日の月例祭の祭詞に、
「人間は天地の神様の分け御霊である。体がぬくいのは日天四様のおかげ、体に骨筋があるのは金乃神様のおかげである。また口の内に水が回ってろれつが回るのは、月乃神様のおかげである。それでいて、天地の神様のみ心にかなった氏子がない。天地の神様のみ心にかなった氏子は、身代と人間と無病とがそろい、それが三代続いて家柄家筋となっていく。これが天地の神様のみ心にかなうということである。それを氏子が知らずにいるのがかわいそうであると神様が仰せられる」
との、金光教祖の教えを書かせてもらっています。
ここで、日天四様とは、「お日様、太陽の恵み」で、金乃神様とは、「大地をつかさどり、生きとし生けるものを守っている働き」で、月乃神様(月天四様)とは、「月経、出産、また水など引力に関わるお月様の働き」で、三つの神様としてお祭りされていました。そして、この三つの内容を含めて、天地金乃神様とお唱えされるようになりました。
天地の神様の分け霊をいただいておりながら、そのみ心にかなった氏子がないとおっしゃっています。身代と人間と無病とがそろい、三代続くというのは、なかなか大変なことです。財産があっても徳(生きる知恵)がなかったり、徳があっても病気がちであったり、健康であっても財産がなかったりします。本当に、そのようなおかげを蒙っていくのは難しいことだと、教祖様も分かっておられたわけです。言葉通り、三代続くことだけが目的ではありません。そのようなおかげを蒙っていくためには、人間として神様のおかげを知らなければいけないということを教えておられるのです。
○
昔は十年一昔といいましたが、今は二、三年経ったら、電気製品なんか、すっかり変わるほど、技術の進歩も早くて、そのスピードについていけないところがあります。しかし、この天地の働きは変わらなく、私どもの生命が続く限り存在します。私どもではかることのできない大きなものです。その大きな天地の生命に深く思いをいたし、御礼を申し上げることを忘れないようにしたいと存じます。
○悔いのない人生を
霊祭の祭詞の中では、分け霊をいただいている人間として、霊をまつるということを中心に、教えをいただいています。
そして、この教会の歴代の教会長の御霊様を偲ばせていただきました。皆様方も、一人ひとりの御霊様をお唱えされて、新たにいただかれたものがあることと存じます。
祭詞の最後に、「今日ここで自分の生命が終わっても、悔いはございません」と唱えました。一人ひとり、そのように言えるような、生き方を歩ませていただきたいと思います。これが、霊祭を仕える意味あいであろうと思います。
いつ、私どもも交通事故に遭うとか、不事の災難に出合うとか、可能性がないとは言えません。そのときに、「生命が終わってもけっこうですと、いえるかどうか」と、父が霊祭には申しておりました。あわてふためくことなく、事態に対応させていただきたいものだと思うのです。
○必ず平等に迎える死
今年になって、この広前で四人の方の葬儀を仕えました。三人の方は、八十三歳、八十六歳、九十歳という長命で、ご自宅で最後まで過ごされました。
ご家族のご協力もあって、様々な条件にも恵まれたからです。そのようなおかげを蒙られたことは、それぞれの祈りがあってのことだと思います。
○
去る十二日、一人暮らしの女性の方が四十六歳で亡くなられました。この方は名前も教会の先生に光子と付けていただき、小さいときから、お母さんと教会に参拝されていました。教会からしばらく遠のいた時期もありましたが、姫路に住むようになって、大祭や何か事があるときには、この教会に参拝されていました。
昨年の暮れに体調がわるいので、診断してもらったところ、肺ガンで、足にも転移していて、後、半年の生命だと告知されたのです。この方は、入院もされましたが、結局、ガンを治すという積極的な治療を受けられませんでした。痛みをとる、最小限の治療を受けていました。
この六月、マリア病院にホスピス病棟ができて入院されました。本人の希望で、職場の人には、入院していることを言わないでほしいとのことでした。それで、家族や限られた友だちの見舞いを受けていました。教会からは真理子先生が、自宅にいるときから見舞いにいき、病院にも何度か行かせてもらっていました。私も一度だけ、病院にお見舞いに行かせてもらいました。そのとき、「自分で体が弱っていくのがわかります」と、言われました。真理子先生と一緒に拝詞集を開いて、お唱えさせてもらい、ただ手を合わせて帰りました。
○
そのような姿を見るだけでも辛いですね。本人も辛いけど、周りの人も同じなんです。一人が病気になると家族も心が病んでしまうのです。薬は何が聞くとか、治療の方法はどうかとか、病気の対症療法に心が奪われます。おかげを受けて良くしてもらおうという心に、なかなかならないのです。心も同時に病まないようにしなければなりませんし、家の中に一人でも、しっかりと見守っていく人がいるのです。
肉体が衰えて機能が失われていく悲しみがあります。自分で年をとっていることを認めたくないところがあります。目が見えにくくなったり、耳が聞こえにくくなったり、足が痛くて歩けなくなったりします。そのときに、それは長生きしてきたおかげで、その体験ができるわけです。積極的に見たり聞いたり動き回ったりしなくてもよいのだと思えるようなおかげを蒙っていかなければいけません。
すべて、見たり聞いたりすることができないと生きられないということではありません。黙って見守っていくことも大切なことだと思うのです。長生きしてきたおかげで、痛みもあるわけで、そのお礼を申し上げることを生きる中心にしていくのが、この道の信心です。
自分が死んだら、残された家族や仕事は、どうなっていくのか気になります。自分の死を悲しむ人がいないかも知れない。自分としてこの世の中に、何を成し遂げてきたのだろうか。痛みがあると、苦しいから早く楽にしてくれというかも知れない。死を迎えるということが、自分の目前に迫ってくれば、そのようないろいろなことを考えるものです。
死は、そのような問題に対しての答えを迫ってくるわけです。
○ターミナル・ケア
淀川キリスト教病院の柏木哲夫先生は、四百人ほどの患者さんを看取ってこられた体験を「良き生と良き死ーホスピス・ケア実践の経験から」という本に書かれています。
そのなかで、「ドラマか何かで最期のことばを言いながら、首がガクッとなって息を引き取る場面がよくありますが、実際はそんなことは起こりません。患者さんはもっと静かに、いつ息を引き取ったのかわからないような状態で、スーッと亡くなっていきます。亡くなるまでの過程には、いろいろな苦しみがありますが、亡くなられる前のほんのしばらくの間は、すべての人が非常に安らかになります。たとえガンの末期でも、死ぬ瞬間というのはみなさん安らかです。
私はその姿を拝見しまして、「死ぬ」ということがそれほど恐ろしくなくなりました」と書かれています。
死を看取るということはそんな感じなのでしょうね。
それで、「ターミナル・ケア」の「ターミナル」という言葉は、ラテン語から来ていて、「境目」という意味だそうです。「ターミナル・ケアとは、この世の生活と新しい世界への境目をケアすることであり、それがホスピスの働きなのです」と、言われています。
○「魂のケア」で気をつけたい七か条
柏木先生がターミナルの患者さんに接するときに、気をつけておきたい点は次の七つだと言われています。それを紹介をしながら説明します。
まず第一は、「患者さんの罪意識に注目する」ということです。
「『自分がこのような状態になったのは体を粗末に扱ったためではないか』、『何か悪い習慣を重ねてきたためではないか』、極端な人は『前世に何か非常に悪いことをした結果ではないか』と、罪意識をどこかに持っている可能性が非常に高いのです」
自分の思うようにならない事態になると、他人から「あなたの過去に問題がある。これをお祭りすれば良くなる」と自信をもって言われると、ぐらぐらと心が傾いて、何百万円、何千万円の壷を買ってしまう方がいます。ところが、よくならないとサギだといって訴えるわけです。皆様方はそうはならないと思いますが、人間は弱いところがあります。もし、言われて、ぐらぐらと来ても、「ちょっと待てよ」と、一呼吸おいてから答える必要があります。強い人間だと思っていると、相手に付け入るスキを与えます。自分たちもそういう弱さを持っていると自覚している方が良いと思います。
○
二番目は、「患者さんのニードに仕える」ということです。
患者さんの要望に応えていくことは、大切なことです。
金光教祖は、「これまでの人はみな、痛い時には毒養生をし、または、その身の嫌いな物を食べ、とかく根を劣らすばかりなり。それより、ご信心申して合薬を用いよ。合薬とは、その身の平生好きな物を食べよ。体に丈夫がつかねば、治らぬ」と、教えられています。患者さんが喜ぶことは、身体の薬になるのです。
○
三番目は、「患者さんの感情に敏感になる」ということです。
「患者さんは、気休めとか、うそとかに対して非常に敏感になります。教会の、特にやさしい婦人会の方が来られて、『きょうはちょっと顔色がいいですね。少しずつよくなっているようですね』。これはうそです。気休めです。これは非常に表面的なコミュニケーションにしかすぎません。一番の慰めは、つらそうな時に「きょうはつらそうですね」と言ってあげることです。
もう一つの大うそは『治ったら教会に来てくださいね。また一緒に賛美しましょうね』。患者さん自身、自分が再び教会には戻れないということをよく知っています。このようなうそはつくべきではないと思います」
自分の体調がよくないときには、病状が進んでいるのではないか。死は近いのではないかと、疑心暗鬼になっています。うそをつくことが必要なときもあるでしょう。そのときには、本当に、その人が助かることを願って、うそをつかないといけません。なぐさめやごまかしであってはいけないということです。本当に自分のことを思って見舞いに来てくれているのかと感情が敏感になっていることを忘れてはならないのです。
○
四番目は、「訪問時間は短く、訪問回数は頻繁に」ということです。
見舞いに行って、一時間も話をすれば、患者さんは疲れてしまいます。そのような見舞いをしてはいけないということです。しかし、相手が本当に望む場合には、時間をとらないといけません。
○
五番目は、「非言語的なコミュニケーションをもっともっと大切にする」ということです。
やさしく手を握ってあげるとか、体に触れることも大切なことです。「つらそうですね」と気持ちをこめて、言葉をかけるとどれほど慰めになるかわからないと言われます。
○
六番目は、「受け身の踏み込み」ということです。
例えば、見舞いに行きますと、「どうしてそんな病気にかかったのだろうか。後、どうなるのだろうか」と、患者さんに聞きたくなります。ずけずけと質問していくのは、患者さんの心に踏み込んでいくことになります。あくまでも、患者さんが主で、自分は従になるという意味から、受け身でいなければなりません。そのなかで、言うべきことがあれば、患者さんの心に踏み込んでいくことも大切だと言われています。
厚生省のある調査によると、「あなたがガンになった時に知らせてほしいと思いますか」という質間の回答で、五十三%の人が「知らせてほしい」と答え、二十%の人が「知らせてほしくない」と答えたそうです。人によって、考えも違います。言い方とか、いつ言うのか、非常に難しいのです。一方的な押しつけにならないように心がけていなければなりません。
○
最後の七番目は、「人間の聴く能力、聴覚というものは息を引き取る直前まで残る」ことです。
お医者さんは、呼吸が止まったとか、心臓が止まったとか、瞳孔が開いたとか、筋肉が弛んだとか、そのような現象を見て死と判断されます。死も進行形なのです。息を引き取る最後まで、反応する力を人間は持っているということです。
昔の先生は、大祓詞(おおはらいのことば)を唱えてもらいながら、亡くなっていかれたそうです。私も祖父と祖母の時には、ご祈念をさせてもらいましたが、ただ、死を待つのでなく、お願いをさせてもらうことは大切なことだと思うわけです。
○死を目前にして
金光教祖は、「死んだからといって、神のおかげを受けないではいられまい。死に際にもお願いせよ」と、教えられています。自分が最後を迎えると悟ったときには、「安らかにお引きとりさせてください。御霊として立ち行くよう、よろしくお願いします」と、祈らせてもらいたいと思います。また、家族、とくに子や孫たちには、「御霊として、しっかり見守っているから安心するように」。さらに、「御霊様を祭って家族が仲良く生活をしていくように」ということを申し添えていただきたいと思います。
死ねば何か自分の実態がなくなってしまうわけではありません。御霊様として生き続けるのです。
さらに、「神のおかげで生まれてきた人間であるから、死ぬのも神のおかげでなくて死ねるものか。そうであるから、生まれたのがめでたいなら、死んで神になるのは、なおのことめでたいではないか。死ぬのがつらいと言うのは、まだ、死ぬのをいとわないだけの安心ができていないからである。信心して、早く安心のおかげを受けておかなければならない。神のお計らいでは、いついくかも知れないのに、その際のうろたえ信心では間に合わない。平生から、まさかの折にうろたえないだけの信心をしておかなければならない」と、教えられています。
いつも死は生と隣り合わせにいます。今まで、自分の力で生きていると考えている人は、「生かされて生きている。ありがたいことだ」との思いは少ないことでしょう。自分の生命は自分のもので自由になるように思っています。そういう人は、「ガンでどうにもならない」と聞かされるとうろたえてしまうそうです。そして、その人をケアするのはとても大変だと言われます。
○
柏木先生は「生の延長上に死があるのではなくて、私たちひとりひとりは死を背負って生きているんだということを、ケアする私たち自身もそういう気持ちを持って生きていかなければならないだろうと思うのです」と、言われています。
そして、「生きてきたように死んでいく」と、言われます。
「多くの方々の死に接していて思うことは、人は本当に『生きてきたように死んでいく』ということです。言い換えると、『人は生きてきたようにしか死ねない』ということです。しっかりと生きてきた方は、しっかりと亡くなっていき、少し変な表現ですが、ベタベタと生きてきた人は、ベタベタと亡くなっていかれます。人々に感謝して生きてきた人は、私たちに感謝をして亡くなられ、人々に依存をして生きてきた方は、私たち医者や看護婦に依存をして死んでいかれます。
今までの生き方が、その人の死に方にみごとに反映されます。それは恐ろしいほどです」
しかし、例外があるそうです。
「それは、死の床に臨んで信仰を持たれる場合です。今まで不平不満ばかり言っていた人が、死の床に臨んで信仰を持たれて、百八十度の転換をされて、本当に感謝をしながら、やさしい気持ちになって死んでいかれるのを見る時に、信仰の大切さ、神様のカの偉大さを現実として感じます」
○
信仰は体験しないとわからない世界ですが、本当に心の底から感謝の念がわいてくるのです。
アメリカの調査ですが、とてもしっかりした信仰を持っている人と、変な表現ですが、生半可な信仰を持っている人と、信仰を持っていない人、この三者が死を目前にしたときどうなるか、調べたそうです。
「その結果、一番あたふたしたのは、生半可な信仰を持っているグループで、しっかりした信仰を持っている人たち、それから信仰を持っていない人たちは、案外不安なしに死を迎えるということです」
困ったときにお願いして、自分の都合のよいことを求める信心をしていると、じたばた苦しむのかもわかりません。それも、自分の最後です。私はそれでもよいのではないかと思っています。これが、いいとかわるいとかはありません。死に接して悔やまないようにしたいと思います。そして人の最期に接するときには、心より「ありがとうございました」と、御礼を申し上げることが大事なことだと思っています。
○葬 儀
次に葬儀についてお話しします。金光教では、亡くなられた方を御霊様としてお祭りします。そのために、終祭で霊璽(れいじ=人の霊の代りとして祭るもの)を奉遷します。
金光教祖は 、
「此方死なば、屍(しかばね=死体)は苞(つと=わらなどで包んだもの)にして川に流すとなりと土に埋めるとなりと、勝手にせよ。
人の死にたる体は空なり、不浄なり。
しかし、親を川に流したと言うては、世間もかれこれ言うであろう。菰(こも=むしろ)に巻いてでも土に埋めておけば、事は足る。
御霊のまつりは大切にせよ」
と、教えられています。
葬儀よりも霊様のお祭りを大切にせよと、いわれているのです。
葬儀は世間の人との別れという部分もあります。そして、故人の子や孫の社会的な地位を現す場でもあります。花をハデに飾ったり、弔電の多さなど、故人を本当に惜しんでいるのでしょうか。単なるセレモニーになっているところがあります。私は教祖の時代にも、そのような風潮があったように思うのです。
教会で葬儀を仕える場合は、棺をご神前にすえます。故人の最後の参拝であり、そして霊様としてお祭りするための儀式を仕えます。告別式は故人と世間とのお別れの儀式です。亡くなられた故人を中心にして葬儀を仕えさせていただくわけです。
しかし、葬儀で会社関係とか世間との関わりを大事にしなければならない場合もあるでしょう。その場合は、ご自宅か葬儀会館を借りるなどして、葬儀を仕えたいと思います。
教会に葬儀を頼まれる場合は、事前に相談してください。
それで、先日、四十六歳で亡くなられた方の葬儀を教会で仕えました。故人の遺志により、身内だけでということで、十三人が参列されました。従って、受付もありません。式の進行も、眞理子先生にしてもらいました。
この方のご一生を振り返りつつ、人間として生きる意味を問うことをさせていただいたように思います。ある意味で、印象に残る葬儀を仕えさせていただくことができました。
ところで、この方の葬儀を依頼されたときには、正直にいって困ったな、できればやりたくないなと思いました。この方との関係も薄いし、しかも、ガンで四十六歳の若さで亡くなられるわけです。それでも、逃げてはいけないと思い直して、お受けすることにしました。
ある日、内田守昌先生の本を開きました。すると、先生の息子さんが難産で脳内出血したため七日で、亡くなられたお話と十日祭の祭詞が目にとまりました。
父の葬儀を仕えてくださった、三矢田先生が十日祭を仕えられています。その祭詞に、このように書かれているのです。
「あなたは、わずか七日のおいのちをもって、わが教祖さまが、七十年のご一生をもって、私どもにお示し下さいました無条件の生き方、何事も神の差し向けとうけ切っての生き方、生かされて生きる人間の真実の生き方を、さらに、その真実の生き方を生きぬいていくいのちの働きを、まざまざと私どもの心中深くやきつけて下さいました。そうして、ご両親をはじめ私どもが、これからの人生を生きるについて、もとづくべき根源と力とを与えて下さいました。
このことにおいて、あなたの人生は、すでに全(まっと)うされた、と申さずにおれぬものがあります。
尊いことであります」
「そうだ、そうだ」と思いました。この祭詞を手がかりに考えることができました。
私どもは、生命の長い短いとか、何をしたか、どんな人間であったのか、評価しようとします。しかし、亡くなったことを通して、私どもに生命そのものの大切さを教えてくださっているのです。死ということを通して、自分の生命を見つめさせてもらうことができます。そのことを考えるだけでも、その人の生命の存在があるわけです。
水子供養をされますが、その人にとっては、小さな生命を胎内に抱えていたわけです。その生命は育つこともなく、流されています。そのことを一生、自分の中に抱えて生きていかなければならないのです。
しかし、体調がわるくなったり、思うようにいかなかったりすると、多額のお金を払って供養する人もいます。たたりではないかと、心が惑わされるからでしょう。ですから、その水子も尊い霊様として祭らせていただくことは大切なことなのです。
また、葬儀を仕えさせていただくことによって、その人が生きてきた中身を知ることができます。その生命の尊さを改めていただかせてもらう場であると、強く感じるわけです。一人ひとりの葬儀を仕えさせていただくことで、その中身を深く味わうことができるような葬儀を共に仕えさせていただきたいと願っています。
○御霊の祭り
最後に、私どもは御霊様に見守られています。そのことを、分からせていただくことが大切なことです。自分の生命は、ご先祖様方の生命をいただいて今があるのです。ご先祖様に喜んでもらう生き方をさせてもらうことが、大切なことだと思います。
都会のマンションで生活されている人には神棚とか仏壇がない家が増えています。家の中心に、すえるものがありません。テレビが中心になって、家族がすぐ向き合ってしまいます。
さらに、病院で亡くなる場合が多いので、実際の死とつきあわない家族が増えています。小さい子どもさんも、今まで遊んでくれていた人が、今日は冷たくなっている。いつもと家の中が違うという死とふれあうことが少なくなってきています。ある意味で、自分の生活から死を遠ざけているようなところがあります。
家の中に、神様や御霊様をお祭りすることで、人間とは違う神様、御霊様がその家におられるようになります。家の中心に天地書附を祭り、その下に、御霊様をまつります。家族の様々なことを報告する場ができます。そのことで、家族がまとまっていくと思うのです。
霊祭の祭詞でも申し上げましたように、「今日ここで自分の生命が終わっても、悔いはございません」との甲斐ある生き方をすすめ、霊神様たちの御光が一層に輝いてまいるような確かな道を歩ませてくださいと、強く思う次第でございます。
御霊様に喜んでいただけるような生き方を進めてまいり、子孫繁盛家繁盛のおかげを蒙ってまいりたいと存じます。
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